第六四話 スーパーバイザー
ギャスターグを撃退した一行は、ハイ・エア・マーガレットの陸地が眼前というところまで迫っていた。
エノハとスズネも合流し、コチョウの警告とは裏腹に、ハワードも造反の意図を示すことはなかった。むしろ協力的で、フェリーチェルの指示に異論を唱えることもなかった。
モンスターが飛んで来る。ハイ・エア・マーガレットを根城にしているコロニーの者達だ。彼等は攻撃的という訳ではなかったが、一行の接近を歓迎しているという訳でもなかった。
フェリーチェル達には聞き取れない、何らかの言語のような鳴き声を、モンスター達が発する。甲高く、その声は響いた。
モンスター達は武装した半鳥人で、槍をもち、声はフェリーチェル達ではなく、シャリールに向かって発された。人の接近は彼等にとって想定していることではなく、何処かのモンスターの集団がやって来たのだと認識していたようだった。
半鳥人達は、周囲を飛ぶメイジ達や、リリエラ、ハワードといった面々に気付くと、面食らったように顔を見合わせた。彼等はそれでも、主導権はモンスターにあると考えた。
再び、シャリールに向かって、半鳥人達が鳴き声を発したが、それはシャリールにも言葉として解釈できるものではなかった。
「ピークロワです」
こういう時の為に、戦闘が得意でないながらも、クァダラに同行してもらっているのだ。彼は自ら一行に向けて解説すると、身を乗り出して半鳥人達に似た声を上げ始めた。
彼等の言葉で、状況と一行の目的を説明しているのだ。半鳥人たちも、クァダラにしか言葉が通じないことを理解し、彼と問答を続けるために、ハワード達が乗るペガサスの前に移動しなおした。
「うーん」
彼等との会話を続けたのち、クァダラが神妙な表情を見せる。クァダラの視線は、自然にフェリーチェルに向いた。シャリールもそこにいるからかもしれない。
「状況はよろしくないようです」
彼は半鳥人達から聞き出せた情報を、一行、特にフェリーチェルに向かってすぐに伝えた。
「間違いなくコチョウは、このハイ・エア・マーガレットにいるそうです。場所は、どうやらハイ・エア中央管理センターと呼ばれていた施設のようです。以前から出入りしていたようですね。コロニーのモンスター達は、立ち入ったことはないそうですが、時折不気味な音が聞こえてくると不安がっています。多分、センターが稼働状態にあるのでしょう」
クァダラのそんな説明に、誰よりも早く反応したのは、
「ああ、間違いない」
ハワードだった。当然、彼は今もそのハイ・エア中央管理センターの権限をもったままなのだから、知らされるまでもなく知っていることだった。
「私は、人間であった頃は、このハイ・エアの一部を預かる領主の地位にあったのでね」
彼はここに来て、はじめて自分の立場を明かした。それは、リリエラにとっては知っている話だったが、フェリーチェル達にとっては初耳の情報だった。彼はかねてより、パペットレイスになるより前の、人間であった頃の話は口外せず、マーガレットフリートでも、限られた者しか把握していない素性だった。彼の教えを受けられたのは、女王になる者か、それに直接従うことになると目される、一部の子供達だけだった。
「私の領地には、ハイ・エア中央管理センターは含まれないが、すべての領主が中央管理センターに関する権限を持っていたのでね。そうやって、一部の不穏な勢力のせいでハイ・エア・マーガレットの安全が脅かされることがないよう、監視し合っていたという訳だ。勿論、本来であれば最高管理者権限は、国家に属するもので、一地区の領主に任されるものではない。私がそれを有しているのは、この地を捨て、地上に降りることに決めた、時の王の命により、私は最後までハイ・エアに残り、民が地上への退出を済ませたことを確認する任を仰せつかったからだ。その際に、ハイ・エア中央管理センターの最高管理者権限も国から譲渡された状態になっているのだ」
ひととおりハワードの説明が終わり、彼が周囲を見回す。フェリーチェル達は既にある程度情報を得ていたのか、驚いた様子も見せなかった。クァダラが半鳥人達にも分かるように通訳したらしく、反応を見せたのは彼等だった。手にした槍の穂先を、ハワードに向けた。警戒の態度が強まったことが、分かる。
「この地はもう彼等の場所だ。今更領有権を主張するつもりはないと、彼等に伝えてほしい。ただ、我々はこの地にある施設に用があるだけだ。用事が済めばすぐに立ち去るから、許されるならば、平和的に通してほしいと」
彼の言葉に、フェリーチェルも、シャリールも異論を挟まなかった。道中現生のモンスター達相手に消耗している場合ではないし、何より、時間が惜しいのも共通認識だ。
クァダラは、その話を半鳥人達に直ちに伝えた。半鳥人達も納得したらしく、槍を引いて、言葉ではなくボディーランゲージで、頷いてみせた。
「通っていいそうです。ただし、彼等のように会話になるモンスターばかりではないと。彼等の同族ですら、油断は禁物だとのことです。安全は保証しかねるが、それで良ければ彼等自身はひとまず黙認するそうです」
クァダラが半鳥人の態度を捕捉すると、
「妥当な判断だね。危険がなくなった訳でないのは違いないだろうし。感謝すると伝えて」
フェリーチェルが代表して、同意の言葉を伝えるよう、クァダラに頼んだ。当然、クァダラ自身がそれを拒否することもない。彼がさえずりのようなビークロアで半鳥人達に通訳すると、彼等は羽音を響かせて引き返して行った。特に一行を監視するつもりもないらしい。そうしてくれたのは、フェリーチェル達にも幸いに感じられた。コチョウと戦いになることを考えると、彼等を巻き込むのは忍びない。
半鳥人が去るのを見送り、フェリーチェル達はマーガレット・ハイ・エアの、高空に浮かぶ大地に降り立った。彼女達が着陸したのは、マーガレット・ハイ・エアの縁に近い、森の中に開けた広場だった。直接センターを目指すこともできたが、敵対意識を抱えたモンスターを刺激するかもしれない危険性を避ける為に、できるだけ徒歩での移動で向かうことを選択したのだった。
「ハイ・エア中央管理センターは、その名の通り、マーガレット・ハイ・エアの中央にある施設だ。かつての王城がその北にあり、私の領地は王城とは反対の、南側の一帯だった。今私達がいるのは、マーガレット・ハイ・エアの南東の外れだ。森を抜けて中央管理センターへ向かうことは可能だが、直接そこへ向かうのは、一旦、待ってほしい。管理センターはコチョウに掌握されているとみていい。歩いて入るのは危険かもしれない。私の城には、直接管理センターに転移する魔導装置がある。それが今も使用できるか試してみたい」
ハワードの申し出に、一行は軽い動揺を見せた。寄り道をして、長くコチョウを野放しにしておくことが危険な試みだというのは、皆が理解している筈だ。それだけに、ハワードの真意を図りかねたのだった。
「寄り道は、フェリーチェル様に、人柱となる決心をつけていただく為でしょうか」
そんな皆に、頭上から声が掛かった。エノハとスズネが追い付いてきたのだ。声を上げたのは、スズネの方だった。彼女達はすぐにモンスターを着地させ、浮遊大陸の地面に、自分達の足で立った。
「それは誰から聞いた。コマチか」
ハワードの問いに、
「うん、お師匠が言ってた。あなたを殺せってさ」
答えたのはエノハだった。言い方を選ばず、明快な表現で告げる。その言葉に、ハワードが腹を立てた様子はなく、うっすらと笑みすら浮かべて頷いてみせた。
「なるほど、そう来たか。まったく、何処まで知っているのか。何処までも恐ろしい人だ」
軽口のようでもあったが、言葉尻に本心であることが透けて見えた。ハワードがコチョウに一定の敬意を持っているのは確かで、それ以上の他意は見せなかった。
「確かに私は世界の救い方を知っている。だが、決めるのは私ではない。私はとうに人間を辞めた身で、今では、言わば道具に過ぎない。求められればアドバイスはするが、それを強要する立場にはない。無論、アン女王の遺志には敬意を持っているし、彼女の願いは果たされてほしいとは感じる。私にも心はある。それでも、私はパペットレイスであり、生きた人間ではないのだから、無理矢理にでも私が世界を救わなければならない時は、君達がそう望んだ時だけだ。とは言え、この考え方は私個人のもので、リリエラにも同じであれと強要するつもりもない。彼女が私と別の意志を見せたとして、それは彼女の自由だ」
ハワードはフェリーチェルに視線を向け、語った。彼の言葉の端々から、フェリーチェルであればその話題から逃げはしないだろうという期待が込められていた。
「よく分からないけれど、私が人柱になれば世界は存続するってこと? その程度の軽さしかないの? 世界って」
だが、フェリーチェルには、腑に落ちない、といった感想しかなかった。
彼女には、自分の命ひとつだけで保たれるものだという実感が得られなかった。