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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六三話 マジック・レジスト

 エノハとスズネと別れた一行は、ハイ・エア・マーガレットを目指したが、すぐにモンスターに行く手を阻まれることになった。

 シャリールやエニラもおり、リリエラも一度対峙したことがある。それがギャスターグ本人であることを見間違う訳もなかった。

「この期に及んで、まだ人を滅ぼせば世界が存続すると思っているのですか」

 シャリールは、立ち塞がったギャスターグに、腸が煮えくりかえるような気分がした。

 コチョウの宣言は、ギャスターグにも聞こえていた筈だ。人という種よりも、コチョウという個人の方が危険で致命的だと、理解できないのかと憤ったのだった。生き残る為に攻撃するのなら、コチョウを優先して倒すべきだと思えた。

「あれを倒すことが不可能なのは、俺にも理解できる。世界の破滅は、もう避けられん」

 ギャスターグの目は据わっていた。生きるために戦っているのではない者の目だ。避けられない死だと諦め、どうにもならない憤りを他者にぶつけ、少しでも溜飲を下げようとする、狂気が宿っていた。

「自暴自棄になってるね」

 と、フェリーチェルもギャスターグの意志を読み解いた。

 ギャスターグは一人で、周囲にはモンスターの姿はなかった。ここは空の上で、伏兵を潜ませておくには、雲は遥か眼下に遠すぎた。若しくは、自分一人でも、この一行を壊滅させられると考えているのかもしれない。事実、シャリールをはじめとする、一行のモンスター達は、ギャスターグを前に恐れ、平静ではいられない表情を見せていた。

「でも、私達の力では、束になっても敵いません」

 シャリールも言葉に出してそう認めるが、

「ならば我々が排除しましょう」

 アーケインスケープのメイジ達は、平然とギャスターグとの対決姿勢を明らかにした。ギャスターグが強いモンスターであることは間違いないが、高位の魔術師である彼等にとってみれば、討伐できない相手ではなかった。

 エノハやスズネが別行動をとっている現状、最大戦力はハワードだが、彼にはクァダラという、モンスターとの交渉役を守るという重要な役目があり、先頭を切ってギャスターグと戦う危険を冒す訳にはいかなかった。

 そういった事情を鑑みると、メイジ達が一行の主要な戦力であることは事実だった。

「お願いできる?」

 時間をかけている余裕もない。フェリーチェルも戦力の出し惜しみをしている場合ではないと判断した。ギャスターグが説得に応じるとも思えなかった。

「お任せを」

 三人のメイジは散開し、ギャスターグを包囲した。常にだれかが死角をとるような位置取りを保つつもりなのだ。だが、ギャスターグは彼等の意図に気付いている様子でありながら、平然と取り囲まれるに任せていた。不気味な余裕を見せる様子に、シャリール達が息を飲んでいるのが、フェリーチェルにも分かった。

 メイジ達の間に会話はない。完全にアイコンタクトだけで攻撃のタイミングを合わせてみせた。彼等は二つの呪文を同時に操った。一つは雷撃の呪文であり、もう一つは、魔法反射の呪文だった。互いの術が躱された場合、反射させて自分達の身を守りつつ、再度攻撃に利用しようというのだ。

 同時に異なる二つの呪文を操るのは、当然ながら高等技術であり、そこいらの魔術師にできることではない。それができるのは即ち高度に魔術に習熟していることを意味していて、放つ雷撃に込められた魔力効率も高く、高威力をもたせることができることも意味していた。

 当然そのくらいのことはギャスターグも知っている筈だった。にもかかわらず、彼はまったく動じた様子もなく、平然と浮かんでいた。回避の素振りも見せず、三方から迫る雷撃を、不敵な笑みを見せたまま待ち構えた。

 ギャスターグが余裕を見せた理由は、すぐに判明した。雷撃は彼の身を撃つ直前で消滅し、雷撃が外れることもなかったために、魔法反射の呪文も役には立たなかった。

「残念だが」

 と、ギャスターグが告げる。己がこの戦闘に負けることはないという絶対の自信が、彼の表情を、平静の保たれたものにしていた。

「魔術師に俺は倒せない」

 ギャスターグは不敵な笑みを浮かべたまま、周囲のメイジ達を小馬鹿にするように、片手をひらひらと泳がせた。彼は魔族に属するモンスターで、ほとんど完璧に近い魔術への耐性を有していた。無効化能力といっても差し支えないものだ。

 どれ程高度な呪文を使用できたとしても、魔術自体を無効化されるのでは意味を成さない。魔法が通じない相手というのは、メイジ達にとって天敵以外の何物でもなかった。

「気に食わんな」

 ギャスターグの表情が豹変し、目元が険しくなった。普通であれば、己の宣言で、魔法を主体とする敵は絶望してきた筈だった。だが、魔法が通じなければただの脆弱な人間でしかない筈のメイジ達は冷静さを失なわず、むしろ、問題ではないかのように戦闘を続行する姿勢を崩さなかったのだ。ギャスターグにしてもれば、完全にあてが外れた状況だった。

「貴様等が馬鹿なのか。それとも無謀なのか」

 絶対の有利は崩れない筈だ。ギャスターグは、メイジ達の様子を、虚勢と解釈した。魔法が有効な手段でなくなった魔術師に、自分が敗れることなど、あり得ないことだ。それ程の優位性が、存在した。

 自分の右腕が千切れ飛び、切断されたのだと気付くまでは。

 メイジ達の冷静さは虚勢ではなかった。そう見えたのはギャスターグの油断で、まさかメイジが肉弾戦を満足に行える訳がないと思い込んでいた驕りでもあった。

 そして、メイジ達はその一瞬の隙を見逃さなかった。死角にいた一人が、一気に距離を詰めると、短刀を振り抜いてギャスターグの腕を斬り飛ばしたのだった。

「アロン、レーユ」

 そのメイジに短く名を呼ばれると、

「はっ」

「やっ」

 短い気を吐き、同様に短刀を抜いてギャスターグに斬りかかった。アロンと呼ばれた男の短刀が正面から右腹を、レーユと呼ばれた女が振るった刃が左肩を裂いた。あり得ない状況に呆然としたギャスターグは、それらの攻撃を避けることも忘れていた。

「ぐ、何故だ」

 魔術師の細腕で振るわれた刃が、自分を深く傷つけることなど、ある筈がなかった。肉体の鍛錬よりも魔術と知識の研鑽に励むのが魔術師であり、それ以外のことに割く時間は、魔術師との大成を阻害するものだということは、ギャスターグも常識として知っていた。それ故に、魔術の有効性を奪われた魔術師は、成す術がないものなのだ。

 血が流れている。自分の血だ。失われた右腕の付け根が燃えるように痛む。そもそも、そのこと自体があってはならないことだった。

「何故だ」

 腹の底から、恨みがましい声がこみあげた。

「なぜだああああっ」

 そして、ギャスターグは吠えた。あり得ない。何が起きた。短刀は魔術師達が護身用に持ち歩くことが多いのは分かっている。所持していること自体には、何もおかしいところはない。だが、あくまで護身用なのだ。魔族などの高等モンスターを前にして、有効な選択肢に入ることなど、現実的にあった試しはなかった。

「我々は」

 再び、メイジ達が動く。その動作は熟練の戦士程ではないのだろうが、ギャスターグに防がれないだけの巧妙さと素早さを備えていた。

「くそっ」

 左腕で払いのけようとしたギャスターグだったが、誰一人の一撃も防ぐことはできなかった。彼等の攻撃は予想以上の鋭さをもって、もう油断している訳でもなかったギャスターグの身体に、深い傷の筋を刻み付けた。

「魔術の粋を研鑽するものだ。アーケインスケープ、と覚えておくと良い」

 そう語る魔術師の名を、ギャスターグは知らない。その男の名は、まだ耳にしていなかった。そして、彼の言葉に、ギャスターグが言い返す余裕は、最早なかった。

 再び短刀が閃く。アロン、レーユの二人の手に握られたものだ。背後から腰の両側を裂かれ、ギャスターグは大きく仰け反った。

「ミディック」

 と、ようやく男の名を、レーユが呼んだ。しかし、その声がギャスターグに聞こえたかのかは、怪しい限りだった。

 仰け反ったギャスターグが晒した腹を真一文字にミディックは斬り裂いた。短刀は陽光を照り返し、虹色の輝きを刃に漲らせていた。

「魔術師の弱点も、誰よりも熟知している。呪文が役に立たない時の対策くらいしてある」

 ミディックは、ギャスターグが最初にそうしたように、不敵に笑ってみせた。

「探索は、出掛けると決まった時からもう始まっているのさ。仕込みを疎かにはしない」

 それが、と。

「それが本物の魔術師さ。身体能力強化だよ」

 ミディックの言葉に、ギャスターグは答えなかった。既に、息絶えていたからだった。


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