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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第六一話 ブレーク・スルー

 人を乗せているシャリール達は速くは飛べない。すぐにギャスターグ一党に見つかり、追いかけられることになった。

 当初の予定通り、アーケインスケープのメイジ達や、一部の冒険者達がモンスターの群れに向かっていく。彼等はあわよくばモンスターの一掃も目指しているが、優先順位はフェリーチェル達がギャスターグ一党を振り切り、浮遊大陸に辿り着くのを援護することだった。デザートラインが固まって停車している大地を見下ろす空で、この時代では珍しい、人とモンスターが入り乱れる乱戦が展開された。

 ギャスターグ一党は、フェリーチェルが予想した通り、肉食性爆妖を使用しなかった。案の定といったところだ。先だって景気よくばら撒いた結果、ストックが枯渇していたのだ。

「ギャスターグがいません」

 調査隊を先導するように戦闘を飛ぶシャリールは、振り返らずに言う。一瞥しただけで状況は把握していた。

 大量のモンスターの暗雲の中に、ギャスターグの姿がないことに一瞬で気付いたのだ。ということは、この襲撃にすべての戦力を投入したという訳でもないだろう。

「陽動か、足止めかといったところでしょうか。先回りしている可能性が高いです。私達も、一戦交える覚悟が必要かもしれません」

 シャリールの言葉に、調査隊の面々の間に、緊張した空気が張り詰めた。

 しかし、その推測に狼狽えている時でもない。飛行速度の速いモンスター達が、アイアンリバーの援護部隊をすり抜けて追いついてきた。フェリーチェルは積極的な交戦を許可せず、

「突っ切ることだけ考えて。攻撃は牽制程度でいい。倒すことは考えないで」

 兎に角消耗を避けるよう、メンバーに指示を飛ばした。

「しかし、このままでは追い詰められます」

 シャリールが、逃げるだけではだめだと訂正する。その通りで、数匹のモンスターが、調査隊を追い抜いて行く手を遮った。大きくはないが、無視できそうにない、猛禽類型のモンスター達だった。

「いえ、たぶん、大丈夫よ」

 フェリーチェルを抱えてシャリールに乗っているリリエラが口を挟む。彼女は地上に視線を向け、それから、前方を塞いだ鳥達に移した。

 片手をフェリーチェルから離し、コートの裏に隠した小瓶をふたつ取り出す。リリエラがそれを握りしめると、軽い炸裂音とともに、行く手を遮るモンスター達を吹き飛ばした。倒した訳ではなかったが、道は開けた。

 大きくづらついたモンスター達の間をすり抜け、調査隊は追撃することなく、上空へと逃れていく。体勢を整え直した鳥達が、再び調査隊の背後から追いついて来た。

「間に合った」

 しかし、リリエラもそれ以上、鳥類に対してケミカルマンシーを使う素振りは見せなかった。代わりに、もう大丈夫だということを、調査隊の全員に短い言葉で知らせた。

「あ、なるほど」

 その言葉の意味に、いち早く気付いたのはエノハだった。数人の、無機物ボディをもったパペットレイスが飛んできているのが見えたのだ。飛行可能なパペットレイスも、数は少ないが存在していたらしい。

 アイアンリバーにパペットレイスはいない。大連合に加わっていた者達だ。フェリーチェルは、協力体制には消極的容認しか示さず、今回の調査隊派遣には、大連合の戦力は数として数えていなかった。それ故に、独自に支援することを決めたのだろう。

「先へ」

 とだけ、彼等は調査隊に告げた。共に空を目指すつもりはないようだった。そこまでの上昇能力を持ち合わせていないのかもしれなかった。

 パペットレイス達は、ギャスターグ一党のモンスター達に襲い掛かり、自分達が十分な空中戦闘能力を持ち合わせていることを示した。彼等の飛行速度はモンスターを上回っており、小回りこそ及ばないものの、放電、射撃機能などを搭載している者、空中での近接戦闘に特化した者など、それぞれの持ち味を生かし、連携を絶やさずにモンスターを確実に追い詰めていった。

 とはいえ、ギャスターグ一党の勢力は遠目には黒雲にも見紛う程の規模だ。乱戦をすり抜け、調査隊をなおも追いかける連中はいる。速度は最初に追いつかれた猛禽類型のモンスター程ではないものの、矢を撃ち、魔法弾を飛ばして、シャリール達達が直線的に飛行するのを妨害し続けた。

「当たらないように気を付けて」

 フェリーチェルは周囲を気遣うが、声には苦々しい憂いが込められていた。避けてばかりでは、なかなか速やかに上昇を図るということもできない。シャリール達の飛行速度は上がらなかった。

「このままだと乱戦に巻き込まれる」

 リリエラは再び小瓶を取り出し、連続で幾つかの火の粉を生み出した。彼女が手にした小瓶は液体だったが、水滴がばら撒かれるようなことはなかった。

 リリエラが発生させた発火現象は、一瞬で消える程儚いもので、モンスターに対して殺傷能力を持たなかったが、飛来するモンスターをたじろがせる程度の効果はあった。強風が吹く上空では、実際の処、炎の術は効果が薄い。安定させることが難しいからだ。その微かな発火現象を起こせるだけでも、ケミカルマンシーの特異性をメイジ達に知らしめる効果があったようだった。

「魔術だが、普通の魔法ではない……こんな時でなければ研究したい力だ。惜しいなあ」

 メイジの一人がそんなことを呟いた。青年だ。モンスターの追撃の層は厚いが、一行にも余裕がまだあった。応戦に舵を切れば、蹴散らせる程度のモンスターが多い。数が多いだけだった。

「デザートラインもこの、ケミカルマンシーの応用技術で動いていたんだけれど」

 根本は魔力流の利用だったが、その効率を上げていたのはケミカルマンシーとアルケミーの複合技術だ。そして現状、忍者の里だけが動いている理由も、動力源として魔力流を利用していない、純粋なケミカル動力システムを用いているからだと、リリエラには理解できていた。

「忍者の里のシステムを解析させてもらうといいわ。まあ、帰れたら、になるけれどね」

 そんな軽口紛れの言葉も、リリエラの本心だった。おそらくほとんどのメンバーが生きて帰れない探索になるだろう。

「そうだな。それがいいかもしれない」

 メイジも答えた。皆、それは理解しているのだ。コチョウに勝つ方法を知っている者など、いない。

「もう少し」

 リリエラのケミカルマンシーの効果は高かった。彼女は次々に小瓶を取り出し続け、それが丁度十を数えたところまで続いた。衝撃や焔でモンスターの追撃を遮り、最後の一匹が追跡を諦めたところで、彼女は手を止めた。大した術は用いていない。消耗は大きくはなかった。

 シャリールを先頭に飛ぶ隊列に崩れも、脱落もなかった。一行は弾丸のように纏まって乱戦を振り切り、周囲に蒼穹だけが広がっていることを確認したところで、ようやく一息ついた気分に包まれた。

 気付けば、白雲も眼下に浮いていて、一番低い浮遊島が、同じ高度に緑を戴いているのが見えた。眼下には乱戦の黒雲が蟠っていて、モンスターだけでなく、冒険者達やメイジ達、パペットレイス達も血煙の中に臥しているのだろうという想像を掻きたてられた。

「まだ安心するには早いみたいですよ」

 誰からともなくため息を漏らす一行の中で、エノハはまだ緊張感を解いていなかった。まだ次がある、と言いたげな目でスズネを振り返り、頷く。スズネは言葉では返さなかったが、こくん、と同意の頷きを返した。

「皆さんはこのままハイ・エア・マーガレットを目指してください」

 エノハが告げ、彼女とスズネが乗ったグリフォンを、一行の隊列を離脱させ、急上昇させはじめる。皆がそれを見上げると、エノハ達の遥か向こう側に、数体の翼をもつ爬虫類の姿が見えた。

「あれはスズネ達が引き受けます」

 スズネも言葉を続けた。一行の最高戦力を考えた時、ハワードか、スズネかエノハか、といったところだ。メイジ達やリリエラが弱いという訳ではないが、相手が複数の竜となると、危険が勝った。

「分かった。お願い」

 フェリーチェルは二人に任せる判断をした。実際、引き留めたいという不安はあったものの、このまま竜に捕捉されたと考えると、一行の大半が墜落の憂き目にあうことも覚悟しなければならなくなると、確信した。

「無理はしないでね」

 フェリーチェルは、スズネ達が本気で戦った場合、どこまでの力を持ち合わせているのかまでは、正確には知らない。勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。信頼はしていたが、二人が無事に切り抜ける確証はなかった。

「分かってる。お師匠に馬鹿にされたくないし」

 エノハは笑った。

 スズネは、表情を変えず、悠然としていた。


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