第一九話 虐殺
村人に洗いざらい話をさせ終えたコチョウは、すぐに猫の髭を出て伐採された森のあたりに潜んでいるフェリーチェルの元へと戻った。フェリーチェルは切り倒されたひと際大きな切り株に座り、泣きはらした顔をしていた。おそらく、その樹齢一〇〇〇年はあったのだろう木がフェアリー達の王城で、即ち、フェリーチェルが生まれ育った城だったのだろう。
「やはり近くの村の連中の仕業だった」
コチョウもその切り株に座り込むと、聞いてきた話を勝手に始めた。
「猫の髭っていう、フェリダンの村の連中だ。連中の村でも、森の火災で家畜の羊が大量に死んだらしい。焼け残った森がまた焼けたら牧畜が成り立たなくなるとかで、先に森を開くことにしたんだと。連中はもともと、ここにフェアリーの王国があることを知らなかったらしい」
「うん……」
聞いているのか、いないのか。どちらかともとれる生返事を、フェリーチェルは返した。ずっと俯いていて、コチョウの顔を見てもいなかった。コチョウは、気にしなかった。
「そこに現れたのが、フェアリー共だ。抗議に出たんだろうな。当然、焼け残った森を伐採なんかされたらフェアリーは生きていかれないからな。だが、フェアリー共も森が燃え、蓄えも底をついてたんだろう。そりゃあみすぼらしい格好だったらしい。毛皮を巻いただけみたいな服を着てたって話だ。モンスター同然に見えたってよ。それで、フェリダンの連中は、会話をするより先に応戦に出た。まあ、仕方ないだろう。フェアリーの都合なんて、連中が知る筈もない。ろくな備えもないフェアリーは瞬く間に制圧されたって話だ。だが、連中はそれじゃ安心できなかった。連中曰く“蛮族妖精の巣”を壊滅させるまでは安心できなかった。その結果がこれって訳だ。って訳で、ここにはフェアリーはもういない。全滅だ。何とも分かりやすい話だった」
コチョウは話し終えると、切り株の上で立ち上がり、
「あとは知らん。好きにしろ」
切り株を蹴って羽搏いた。
「彼等に後ろめたさとか、後悔とかはなさそうだった?」
背を向けるコチョウに、フェリーチェルの声が掛かった。コチョウが振り返ると、フェリーチェルは幽霊のように青ざめた体を揺らして立ち上がっていた。
「連中は、フェアリーの巣を全部切り倒して、その作業に携わった連中だけは、ようやく相手が蛮族じゃなかったらしいと気付きはしたようだぞ。もっとも、村ではどうもタブーにされてるみたいだな。ほとんどの村人はその真実を知らず、今でも蛮族のはぐれフェアリー共だったことになってるってさ」
コチョウはそう語り、
「そうそう、最終的には、なんでも普通にしっかりした衣装のフェアリーの一団が見つかったらしいが、そいつらのことも見なかったってことにする為に始末されたってよ。抵抗はしなかったらしい」
最後に、それだけ締めくくった。つまり、フェリーチェルの家族である、このフェアリーの国の王族は、真実を隠蔽する為の犠牲になったということだ。彼等は王国の滅亡を悟り、その責任を取ったのかもしれない。
「最初から王族連中が交渉に出てれば違う結果だったろうにな。互いに馬鹿だった訳だ」
「なんでそうしなかったのかな。本当、馬鹿だね」
フェリーチェルも力なく笑った。彼女だったら周囲に止められてもそうしていたと言いたげだった。
「お父様も、お母様も、大臣達も、良い人達だった。でも、ちょっと周りに流されやすいところがあって、皆の心配する声に、自分達が交渉に出るって、押し通せなかったんだと思う。それで国が滅んでれば世話ないよ。でも、こんなの……ないよ」
フェリーチェルは、両手で顔を覆った。
「お父様も、お母様も、国の皆も、私の、とっても大事なひとたちだったんだ。とっても好きで、また皆でのんびり笑って暮らせる日が来るように、再建のお金を稼ぎたかったんだ。たくさんの人たちが賛同してくれて、皆思い思いにお金を稼ぐ為に森を出て行って。必ず帰るからって。森に残った皆も必ずそれまで国を守るって約束してくれて。何でそれがこんなことになっちゃうの? 私達は、それまで森から出たことなんてなかった。周辺の村に迷惑をかけるなんてことは、一度もなかった。それなのに何で、私達がモンスター扱いされなきゃいけなかったの? それなのになんでそれをした人たちが、のうのうと普通に暮らしてるの? こんなのあんまりだ。分かってる。そのひと達は悪くない。自分達の生活を守っただけだ。でも。憎いと思うのは、いけないこと? 悔しいと思うのは、駄目なこと?」
フェリーチェルは絞り出すように、涙混じりの声で告げた。それを聞いたコチョウの反応はどういうものだったか。
「面倒な奴だ」
無論、同情心など全くある筈もなかった。心底、どうでもいいという顔をして、フェリーチェルを振り返った。
「向こうだってフェアリーの事情など知ったことじゃなかった。何でお前が向こうの事情など気にしてやる必要がある」
言いたいことを言うと、それでも動かないフェリーチェルを見て、コチョウは、苛立って頭を掻きむしった。まさしく彼女からすれば耐えがたく鬱陶しい状況で、むしゃくしゃし始めていた。
「ええい、分かった。私が手本を見せてやる」
どの道、見張りを殺した死体もすでに発見されているだろう。生き残りの見張りから犯人がフェアリーであることも伝わっている筈だ。コチョウはアイアンリバーから来たとは言ったが、森のフェアリー達と無関係だとは明言していない。むしろ森のことの顛末を尋問した位だったから、フェアリーが逆襲の為に寄こしたと考える奴がいる方が自然だ。黙っていても、フェアリーの残党がいる可能性を考えて、そのうちに猫の髭の住人が森の捜索に乗り出してくるだろう。そうなれば、ここにいれば、衝突は避けられない。去るか、逆にこちらから攻めてしまうか。コチョウにとって単純な選択はどちらかしかなかった。こそこそ逃げるのは性に合わない。あとくされなく焼いた方が、気分も晴れるというものだ。
「え。あ」
フェリーチェルは困った顔をしたが、静止の言葉は掛けなかった。そして、コチョウが次の言葉を待たずに飛んでいくのを、追いもしなかった。そのまま残していけば、捜索に出てきた猫の髭の連中に殺されるだろう。分かっていたが、コチョウにしてみれば、それもどうでも良かった。
コチョウは、伐採された森のすぐそばの牧場で飼われている羊の群れをまず発見し、宣戦布告とばかりに纏めて超能力で引き裂いた。羊から奪える経験などあると思えない。一頭一頭丁寧に殺すつもりにもなれなかった。牧場主も混じっていて、一緒に五体を引き裂かれて血を撒き散らしながら死んだ気もしたが、問題にもしなかった。その程度では、コチョウの、むしゃくしゃした気分はまだ晴れなかった。そして、手当たり次第に牧場を襲いながら、コチョウは飛んだ。自警団はすぐには現れなかった。展開が遅い。まったくもってたるんでいるというしかなかった。もっとも、コチョウの虐殺が、あまりに早すぎていたというのは、確かだった。
結局、自警団が弓矢でコチョウを狙い始めたのは、既にコチョウの侵入進路上の牧場の羊があらかた死骸になり、建物まであと一つの囲いを残すところまで、コチョウが迫っている頃になってようやくのことだった。武装はただの弓で、ただの矢だった。
その抵抗は、コチョウに、自分のバイタリティーが、そんなものを無視できるレベルまで強化されていることを確認させただけだった。アンフィスバエナから得た経験から強靭なバイタリティーを手に入れたコチョウは、フェアリーそのものの外見をしながら、矢には貫かれず、僅かに刺さった鏃の傷をもものともせず、素手で掴んで引き抜いて捨てた。傷はすぐに塞がった。アンフィスバエナからバイタリティーを得たことで、ガーグから奪い取ったリジェネレーションも、また効果を現わしたのだった。フェリダン達の数は多かったが、抵抗はまるで児戯のようで、一方的に圧倒的多数を、悠然と嬲れる愉悦にコチョウの精神は高揚した。
「恨め。自分達の無力を」
コチョウはファイアブレスを吐いた。それは一面を覆い尽くす業火だった。まるで吹き降ろす嵐のように迫る炎の渦に巻かれ、自警団たちは弓を捨てて逃げ惑った。しかしコチョウは速く、知恵があり、そして、容赦がなかった。コチョウは火を吹きながら、大きく自警団の周囲を一周し、燃え盛る焼け野の中に閉じ込めた。
あっという間に自警団のフェリダン達は炎に囲まれ、逃げ場を失った。そこが牧草だらけの牧場だということも、彼等にとっての不運であった。牧草に着火した火は、またたく間に燃え盛る一面の火災になった。
そして、自警団を失った村に、コチョウに抗う術は、もうなかった。彼女が家屋に火を放ち、櫓を破壊するのを、村人たちはただ、絶望と恐怖の表情で、見つめるばかりだった。




