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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第五九話 エルヴァン・サイン

 立ち往生しているデザートライン群の間をすり抜けるように走って来た列車は、僅かな土煙だけを上げて静かに停車した。

 ゴーファス達が乗っていた車両ともまた違った黒一色の車体のデザートラインだ。ゴーファスのものは、例えていうなら夜の黒だったが、その列車は、影の黒だった。

「どうして連絡を絶って、協力要請にも応えてくれなかったのかなと不思議に思ったものだけど、考えてみれば、あの人達のデザートラインは、私達のと全く別物だったんだよね。それを隠しておきたかったんだと思う。それで、今回の件からは距離を置いてたんだ」

 レイモンドを促しながら、フェリーチェルはもう一度中央帝宮の乗降ドアに戻った。今度はドアを開け、外に出る。既に数人の忍者が近くで待機していた。地面に膝をついた姿は、まるで置物のようだ。

「来てくれてありがとう。助かるよ」

 フェリーチェルが声を掛けると、

「コチョウどのより、こちらにつくよう指示がありましたゆえ」

 駆けつけた理由を、忍者は単刀直入に明かした。そんなところだろう、と、フェリーチェルも理解はしていた。

 そもそも、忍者衆はコチョウの配下だ。筋で言えば、フェリーチェル達と敵対するのが道理だ。しかし、今のコチョウに手駒は必要なく、おそらく、フェリーチェル達だけの力では、コチョウのもとに辿り着くのも困難だろう。コチョウは不可能な要求を他者に押し付けることを嫌う。自分の配下を補強として敵側に送ることも、珍しいことではない。

「ああ、うん」

 そのあたりの感性は、知ってはいるものの、フェリーチェルには理解に苦しむ部分だ。思わずため息を盛大に漏らして、かぶりを振った。

「それで、あなた達の通信は生きているんだよね?」

 だが、それも僅かな間だけの話で、フェリーチェルはすぐにレイモンド達が抱えた問題を解決する機能を、忍者の里が有していることを確認する為の問いを投げた。

「お任せください」

 味方であれば、忍者達は本当に頼もしい。言葉は少なく、抑揚もない答えだが、それ故に、彼等にとってそれが当然のことのような頼もしさを感じさせた。そしてそれは、間違いなく、彼等にとって当たり前のことだからなのだ。

「うん、ありがとう」

 フェリーチェルは自然に頷くが、

「いや、それ以前に、なぜ彼等のデザートラインは走行可能なのですか?」

 レイモンドからすれば、まったく当然のことではなかった。魔力流がなければデザートラインは動かない。それが設計の根本で、風がなければ帆船は進まないのと同種の理屈だった。レイモンドにとって、忍者の里が走って来たという事実は、あり得ない筈の現実だった。

「何でって、忍者の里は、全部からくり式だもの。魔法的な設備は一個もないよ?」

 知らなかったの、と言いたげに、フェリーチェルがレイモンドを見上げる。忍者の里は内燃機関式で、魔力流に頼っていない。燃料は忍者達だけが知っている、極秘の配分で調合された液体だということだった。その仕組みも、コチョウと忍者達しか、知らない。

「では、それを広めれば」

 と、レイモンドは人々の暮らしにフィードバックすることを模索すべきと考えたようだったが、

「無理じゃないかな」

 とだけ、フェリーチェルは否定しただけだった。それを捕捉するように、忍者達の一人も告げる。

「すべての人々が技術の恩恵を享受するには世界に残存する燃料が足りませぬ」

 と。荒廃した世界では、資源不足の問題は、そんな話でも無関係にはいかないものだった。

「なるほど、それで極秘と」

 レイモンドは納得しかけ、そんな彼をフェリーチェルはまた笑った。

「許可されていない限り、忍者の里の情報を外に漏らすと死罪だよ」

 それが掟だからだ。どんなつまらないことでも、忍者の里に類する情報は、すべて秘匿されなければならない。そうすることで、彼等は影であり続けられているのだ。

「それがこの人達の決まりなんだ」

 それから、フェリーチェルは忍者達に視線をもどし、

「燃料が足りないって話は、聞かなかったことにしとくね」

 そう、笑いかけた。それがお互いの為だと、フェリーチェルは知っていた。

「フェリーチェルどのやレイモンドどのには、明かして良いと許可を受けております」

 忍者は声色を変えず、答えた。

「状況はさほど変わらぬと。切羽詰まった状況には変わりないと、理解いただきたく」

「うん、そうか。そうだよね。ありがとう」

 もう一度忍者達に礼を言って、フェリーチェルは声色に玲瓏にして堅固な意志を乗せた。

「聞いての通り。忍者の里を借りて、解析班のメイジ達をすぐに映らせて。時間は無駄にできない。調査班の担当選出と並行して進めてね。出発まであと……三〇分しかない」

 それでフェリーチェルは会話を打ち切らせた。あと三〇分しかないのは彼女自身も同じだ。まだ護衛の冒険者達の選定が済んでいない。今すぐにとりかからないと、時間までに間に合わないことは想像するまでもなかった。

 忍者達に護衛を依頼することは考えなかった。彼等の探索実力は折り紙付きで、戦闘能力も申し分ないとは言える。だがそれはあくまで隠密術に根差しているもので、要人を極秘裏に逃がすような場面では役に立つものの、自分から危険に乗り込んでいく人物の盾になる能力ではなかった。斥候は必要だが、今回の場合、その役目は、自分達を乗せて飛んでくれるモンスター達に委ねれば良い役目だった。むしろ翼の数が限られている現状、余剰な選出は避けるべきだった。

 フェリーチェルはその場にレイモンドを残し、彼の案内は忍者達に託した。言葉で頼まなくとも、忍者達は最初からそのつもりだろうことも分かっていた。視線を合わせて頷いておくだけで良かった。それで十分だ。

 列車に戻ったフェリーチェルを待っている人物がいた。その人物がドアを開けてくれたから、フェリーチェルが無視することもなかった。

「あ、大丈夫なの?」

 とだけ、フェリーチェルが問いかける。

「みんな分かってるから心配もしてなかったでしょ。今更、わたしがあの程度の炎で死ぬわけないって」

 答えたのは、エノハだった。朱雀の炎で焼かれた筈の彼女は、火傷どころか、衣服の焦げ目すら残っていなかった。

「ちょっとヒヤッとしたけどね。とはいえ、相手は四神だったからね。舐めてたら危なかったかも。ありがとうね」

 背後を一瞥して、エノハが笑う。彼女の背後には、これまで他社の前には姿を晒させていなかった式神が控えている。その式神は女性の姿をしていて、これまでエノハが呼んできた式神達とは異なり、式札を用いて呼ばれているものではなく、エノハの思念能力のみで呼ばれている存在だった。

 エノハはその式神を、式姫、と呼んだ。本来名前はないらしい。何故ならどこかから呼び寄せた鬼神の類ではなく、エノハの力の結晶のような存在である為だという。それ故に、四神をはじめとする式神達とは一線を画する、エノハの成長に合わせて成長する式神なのだという。曽於の実力は、現時点でも、四神の一、朱雀の炎を鎮め、退ける程だった。

「四神は頼りになったけど、いつもわたしの意図と別の思惑してて信用できなかったから、念の為に、新しい式神と契約しておいて正解だった。まさか殺しにくるとは思わなかったからショックだったけど」

 エノハはボロボロになった式札四枚を懐から取り出し、それにふっと息を吹きかけた。吐息は微かだったが、四枚の式札は突風に煽られたように粉微塵に分解され、空気に溶けて消えていった。

「四神はまとめてお師匠にやられた。ま、自業自得だよ。人の話を聞かないのが悪い」

「うーん、それで? 今回も私達側ってことでいいの?」

 以前、フェリーチェルはコチョウと対決したことがある。その際は結局惨敗と言っていい程の結果にしかならなかったが、その時も、エノハはフェリーチェルに協力した。スズネやエノハは、コチョウを師匠と仰いでいるが、考え方はフェリーチェルに近い。

「お師匠には、わたしとかスズネの協力は必要ないし、世界を滅ぼされても、困るしね」

 と、笑う程度には、コチョウとは意見を異にしているのだ。エノハの言葉に、

「ありがとう。四神がいないから、あなた達もモンスターに乗せてもらわなきゃだよね?」

 礼を言いつつ、フェリーチェルは頭数として、スズネとエノハの二人でモンスターが一杯になるのかを確かめた。

「あ、うん。そうだね。冒険者は雇わない方がいいと思うから、そうする」

 一瞬否定しそうな顔をしてから、エノハは意見を変えたように言った。本当なら、式姫が飛べるのかもしれなかった。

「土壇場で我欲を優先させられても困るでしょ?」

 ただ、エノハの意見は、もっともだった。


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