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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第五八話 ネゴシエーション・チーム

 フェリーチェルが浮遊大陸への突撃調査隊を急ピッチで編成している最中、大連合の方からも動きがあった。

 降参と投降のサインである白旗を掲げ、五人の人物がアイアンリバーのすぐ傍までやって来たのだ。すべてのデザートラインが沈沈黙しているこの場で、アイアンリバーのデザートラインからは、少なくとも照明の光が漏れ出ているのを見て、とてもかなわない相手であったことを、今更ながらに悟った者達だった。

 大連合でも、すべての集団がアイアンリバーに保護を求めようという結論に至った訳でもない。大連合の中で、小競り合いが発生しているのは、アイアンリバーからも確認できた。こんな時になっても、人は争いを辞められないものらしい。いや、こんな時だからこそ、かもしれなかった。

「私達には時間がない。アイアンリバーで保護してあげたいけれど、私達も、そう何日ももたないのは同じなんだ」

 フェリーチェルはその交渉団に会った。だが、良い返事を出来た訳でもなかった。困窮するのが分かっているのは、彼等だけではなかった。

「私達が生き延びるには、浮遊大陸に向かい、世界の崩壊に繋がる、システムの不調を取り除かなければならない。私達は、そのつもりの調査隊を、これからすぐに空に向かわせるつもりだ」

 と、彼女は大連合の交渉団の面々に、隠し立てすることなく、現状を説明した。それが必要な状況にあることは、薄々交渉団の者達も理解しているようだった。

「攻撃を仕掛けておいて、今更何を、と言われても仕方がないとは承知していますが」

 交渉団の代表と思しき人物が、フェリーチェルに告げる。中年女性で、黒髪が長い人物だった。

「私達にも協力させてください。この難局で争うつもりは、もうありません」

「うん、戦争をしている場合じゃない。それは本当だ」

 フェリーチェルも頷いた。人形がぐにゃりとひしゃげるように頭を動かす仕草は、子供向けの操り人形のように滑稽だったが、交渉団の中に、真剣な表情を崩す者はいなかった。

 その様子をひとしきり眺めてから、フェリーチェルは言葉を続ける。努めて静かに。

「でもね、あなた達をアイアンリバーが受け入れるかっていうと、話はちょっと違うかな。アイアンリバーの市民は、あなた達から集中砲火を受けたっていう記憶を忘れることはないからね。実際に着弾することはなかったとはいえ、皆は一瞬でも恐怖と不安を抱いてしまった。人の心を変えることは、そう簡単じゃない。あなた達の受け入れの表明をすることは、アイアンリバー内の混乱と不和も引き起こす。私は私を信じてくれた市民の為に、あなた達の協力という名の庇護の要求に応えることはできない。例えそれで、あなた達の同胞の多くが死に至るんだとしても」

 そこまで話すと、フェリーチェルは言葉を切った。言葉を探して迷っているように、視線を下げ、黙り込む。そして、ゆっくりと視線を上げた。

「周りで人が死ぬのを、黙って見殺しに出来る程、私達は図太くない」

 と。声音は、揺れた。明らかに、拒絶は罪だと感じているのだった。

「連合は既に指揮系統も、協力体制も崩壊し、内乱状態に近いです」

 交渉団のリーダーの女性は、そう答えた。

「旗印のアン女王は行方をくらませ、それについてマーガレットフリートからも、何の釈明もない。私達の交渉は大連合の相違ではありません。一部が大連合を離脱し、アイアンリバーに投降しようというものになります」

「ずるいやり方だね」

 と、フェリーチェルは笑った。成程、今までの状況であれば、アイアンリバーは彼女達の投降を受け入れただろう。言わば戦意喪失による集団脱走だ。戻れば処罰は免れず、また、アイアンリバーは投降兵を撃つ程卑劣に落ちた集団ではないつもりでいる。一定の配慮はしてきたし、それを誇りのひとつとして考えられても来た。

「それでも、私からトップダウンで受け入れを宣言することはできない。あなた達一人一人が、アイアンリバーの市民に対して受け入れてもらえるかを確かめて。アイアンリバーの市民達がその人物を受け入れたなら、私もそれを黙認するよ。アイアンリバーの政府としては、正式には是とも非とも見解をもたないことにする。それが精一杯の、敵に対する配慮なんだと思ってほしいな」

 フェリーチェルは敢えて、交渉団を敵、とその立場だけを明確に示した。アイアンリバーの政府としては、やはり交渉団は大連合のものであり、その一部としてでも、友人として扱うつもりはないと表現したかったのだ。それは当然のことで、彼女達のデザートラインがマーガレットフリートであろうとなかろうと、他の集団と一緒になって、一度はアイアンリバーに対して砲弾を撃った筈なのだ。市民を攻撃した相手に、そのことを不問とすることはできなかった。

「これからアイアンリバーも混乱期に入る筈だ。あなた達の処と同じで。そんな今だからこそ、攻撃の事実がある人達を、簡単に公式に信用し、向かい入れることはできないよ。市民に協力の意志を強要することはできない。あなた達のうちの誰かを、個人的に受け入れようとする人がアイアンリバーにいたとしたら、その気持ちを否定することはしないよ」

 集団としての要求は拒否し、個人単位での流入については容認する。フェリーチェルが応えられる、最大限の譲歩だった。おそらく多くの市民が大連合の、投降する市民を受け入れることだろう。フェリーチェルは、アイアンリバーの市民の優しさを、信じた。

「さあ帰って。私達は忙しい。これ以上、あなた達に、私から答えられる返事はないよ」

 そして、時間がないことも、事実だった。フェリーチェルは応対を打ち切り、交渉団を追い出した。部屋からではなく、列車からだ。

 交渉団が去って行くのを見送らず、フェリーチェルはすぐに手動で列車のドアを閉めると、すぐにとって返して冒険者達のうち、遺跡探索が得意な者を募りに走った。箱庭世界にあったとき、アイアンリバーの周辺には遺跡が点在していた。それらを探索するのは冒険者達宇にとっては修業のようなもので、探せば得意な者達は幾らでもいる筈だった。

 中央帝宮の車両には冒険者はいない。冒険者を募るなら市民が暮らす市街車両に行かなければならないが、外を移動するよりも、車両間移動用の転送ポータルを利用した方が早い。ポータルはアーケインスケープのメイジ達が敷設した魔法であり、デザートラインの動力は利用していない。列車が動かない現在でも、幸いなことに、車両間の移動には支障がなかった。

 フェリーチェルが一番近い転送ポータルへと向かっている最中、向かい側からレイモンドが歩いてやってきた。難しい顔をしており、何か問題が見つかったことを、表情だけで読み取れるようだった。

「フェリーチェル様」

 どうやらたまたますれ違ったという訳ではなく、レイモンドはフェリーチェルを探していたようだ。足を止めた彼は、

「アーケインスケープの通信魔法は、浮遊大陸まで届かないことが判明しました」

 と、その問題を切り出した。

「ええと?」

 だが、フェリーチェルには、それがどんな種類の問題を引き起こすのか、瞬時に想起することができなかった。

「こちら側に待機班を置き、解析を任せたかったのです。調査時間を短縮するのであれば、大掛かりなマジックデバイスに頼るしかありません」

 レイモンドの説明に、

「ああ」

 と、フェリーチェルもやっと頷いた。

 そういったものをアーケインスケープが所持していることは、フェリーチェルも理解している周知の事実ではあった。勿論空へは持って行けないし、地上と空で情報を交換できない限り、利用できることはないだろう。

「ああ、それね。たぶん、何とかなると思う。そろそろ助っ人が来るんじゃないかな」

 通信の問題は、フェリーチェルも考えていなかった訳ではない。ただ、問題がないと自分だけで納得していて、皆にその説明を忘れていたのだ。

「正直、こういう事態になるまで私も理解できていなかったんだけど、デザートラインが動かなくなって、やっと合点がいったことがあってね」

「はい?」

 フェリーチェルは笑い声を上げ、対照的に、レイモンドは首を傾げた。

 そして、彼の目の色が驚愕に変わるまで、それ程時間は要さなかった。

 遠くから、警笛の音が届いてきた。けたたましいサイレンのように、車内にいるフェリーチェルやレイモンドにも、確かにその甲高い音が聞こえた。もっとも、フェリーチェルも、レイモンドも、その音色自体、耳にしたのは初めてだった。

「デザートラインが……」

 アーケインスケープのメイジの一人が、転げるように走ってきて、レイモンドに報告した。

「走行してくるデザートラインがあります!」

 彼等の結論では、あり得ない話だった。


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