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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第五二話 ハングド・ローズ

 連合を組んだすべての組織のデザートラインが沈黙した報せは、アンの玉座にすぐに届いた。彼女はその報告に動揺した様子も驚いた様子も見せず、

「そうか。うむ」

 と頷くと、今日の護衛として傍に控えさせていたエリスを伴い、部屋を出た。

 そして彼女は一旦自室に寄り、マーガレットフリートの女王らしい衣装から、質素な白の平民服に着替えてから、列車の外へと出た。周囲には連合のパペットレイス達が数多く展開していたが、状況の異変は察知しているらしく、この後に及んでアイアンリバーの冒険者達とことを構えようというものもいないようだった。

 人の海をかき分けるように、アンは進む。略奪集団の幾らかには、リーダー自ら最前線で血を浴びることを好むやつばらもいる。そういった集団を、アンは、アイアンリバー包囲網の一ヶ所に集めておいたつもりだった。全員の顔と名前を憶えている訳ではないが、同じ場所にボルゴも配置しておいたらから、彼を探せばその周囲に血の気の多い手合いは見つかる筈だった。

 ボルゴはすぐに見つかった。その周囲に、これからどうするのかと算段するつもりだったらしい、略奪旅団のリーダー達も既に集まっているようだった。

「祭りは仕舞いじゃ。戦っても、得られるものは最早ないぞ?」

 彼等にアンが声を掛ける。それは彼等への見返りをちらつかせた者として、裏切りの言葉だということは知っていた。そして、こんななることもあるだろうと、アンは最初から覚悟していた。

「すべてのデザートラインは死んだ。二度と動くことはないじゃろう。これまでのような、破壊し、奪い、走り去る暮らしは最早成り立たぬのじゃ。生き延びるために、皆がもう一度、世界を見なければならぬ。デザートライン内を安全と過信する日を続けていれば、人という種は、やがて滅ぶじゃろうと分かっておった。じゃからのう、デザートラインは守りの場でなく、世界に歩み出す為の拠点とするか、すべて動かぬ箱に変える必要があると、思っておった。後者が成ったという訳じゃ」

 アンの望みの最初のことは叶った。だがそれは、アンの勝利を意味することではなかった。

「こういう状況になった以上、私では世界を滅びから回避させることはできまい。私が活動していくにはデザートラインが必要じゃ。じゃから、この争いは私の負けじゃ。このような結果になって、おぬしらにはすまんと思う。その責は私にある。じゃから、私の身はおぬしらに預ける。実入りどころかすべてを失うことになったおぬしらに出来る詫びは、このくらいしかないからのう。煮るなり焼くなり、好きにしてくれんか。この通りじゃ」

 アンが頭を下げる。その頭には女王の冠はなく、纏った衣装にも、地位を明かすような装飾具の類は一切なかった。

「どういうことだ?」

 突然の降参宣言に、ボルゴ達あらくれ者の男達は顔を見合わせて困惑するばかりだった。なんとか代表するように、ボルゴがアンの謝罪の真意を尋ねた。彼等は異変の瞬間外にいた為、まだ、自分達のデザートラインが半永久的に動かなくなったことを、知らなかった。

「敵味方すべてのデザートラインが沈黙したことは、気付いておるじゃろう?」

 アンの問いかけに、

「そうなのか?」

 周囲の者達に、あわててボルゴは確認した。戦場に際して、前だけしか見えなくなる性格だ。

「そうじゃ。世界的にかどうなのかまでは私にも分からんが、この場のデザートラインは、少なくとももう動かんじゃろう。動力源となる、自然界に流れる魔力流を止められたんじゃ。ほれ、私達が初めておぬしらのデザートラインに乗り込んだ時と一緒じゃよ」

 アンにも、ボルゴがこれだけ大掛かりな戦場で、前のめりになるのも仕方がないことのように感じられた。そういう気性は嫌いではない。それだけに、自分の真意がそこにはなかったことを申し訳なく思う気持ちが強かった。

「人々がデザートラインに閉じこもっていれば安全と錯覚する暮らしは終わったのじゃ。人は、惰眠の中で緩慢に滅びに向かうことをやめ、もう一度、滅びゆく世界に対決を挑まねば滅んでしまう。私は、人々に、そのことに無理やりにでも目を向けさせたかった。手段を選んでおる猶予など、なかったんじゃ。その為の技術を私達は持たん。それがあるのは唯一アイアンリバーの中じゃ。じゃから、私はアイアンリバーが欲しかった。じゃが、デザートラインが動かなくなってしまっては、私では時間が足りん。私が技術を学ぶ時間をかけていては、人々が全滅してしまうからのう。こうなっては技術を最初から理解している、アイアンリバーの民そのものに、未来を預ける他ない。この挑戦は、私の負けじゃ」

 無論、それはアンの勝手な理想で、その為に手に入れたのがボルゴ達略奪旅団であるのなら、彼等の日常とも言える、物資の略奪という欲望を御する必要があった。それが満たされると思えば彼等はアンの口車に乗ったのだし、それが果たされないばかりか、自分達の根城であるデザートラインまで使い物にならなくなる結果は、到底我慢のいくものではないだろう。それも、アンには分かっていた。

「そんな大層な話はどうでもいい。俺達のデザートラインが、もう動かねえってことか?」

 ボルゴは当然驚きのあと、怒りの表情を滲ませたし、その周囲にいる男達も同じ反応を見せた。とんだ婆を引かされたのだ。その憤懣は自然な反応といえた。

「うむ。そうじゃ。私のせいじゃ。怒るのも無理なかろう。気の済むようにせい。私はその為におぬし達に会いに来たのじゃからの」

 その怒りが暴走へと繋がらないように、敵意を自分に向けさせるのが最後の仕事だと、アンは信じた。彼女はそれが必要な役目と信じ、それで命を落とすことになったとしてもかまわないつもりもできていた。

「……分かった。考えがあるんだろ? 理由もな。そのくらいは聞いといてやる」

 だが、ボルゴは、一旦、自分の怒りを飲み込む態度を見せた。長い付き合いだったとは言えないが、アンの性急な生き方が、何の理由もないものではないことだけは、理解できていた。

「そうか、聞いてくれるか。うむ、それだけで私は十分じゃ。では話そう。ちと長い話になるかもしれん。辛抱して聞いてくれると助かるぞ」

 アンは頷き、アンの行動の理由と目的を、残しておこうと決めた。ボルゴ達がそれを聞いて、遺志を継いでくれるとは期待していない。彼等には、そんな大志は抱けないだろう。それをアンは蔑むつもりもなかった。

「コラプスドエニーは、死に瀕しておる。このままデザートラインに固執し、日々の暮らしを守ることだけを続けていては、近いうちに、皆、死に絶えるのじゃ。むしろ、デザートラインで砲を撃ちあい、争うことで、世界の死期を早めておると聞く。世界はデザートラインを根城にする人々の暮らしを、もう許容できんのじゃよ。そして、世界は死に向かっておる原因は浮遊大陸にあるという。私達は、自らの命を永らえさせたいのであれば、地べたをはいずり回る生活だけに目を向けるのをやめ、空を目指さねばならぬのじゃよ。じゃが、私達には、モンスターだらけの浮遊大陸で生き抜き、探索できるような技術は現存しておらん。それがあるとすれば唯一、アイアンリバーにじゃろうと、私は考えた。無論、フェリーチェル女帝にも、その願望はあろう。じゃが、かの女帝には守るものが多すぎた。デザートライン内の民を導くので多忙を極め、空の探索の優先順位を下げざるを得なかったのじゃろう。それも理解できることじゃ。フェリーチェル女帝はお優しい方じゃからの。じゃが、それではいかんのじゃ。じゃからの。私が女帝からアイアンリバーを奪うことができた暁には、私は民に苦労を強いても、空を目指すことを最優先にするつもりじゃった。そして私が負けるにしても、空を目指さねば民が危険だとかの女帝に思わせる状況で出来れば、それで良いと考えておった。私は、前者には負けたが、後者は成せたと思う。私はそれで十分じゃ。とはいえ、おぬしらの願望は満たせんかった。私だけが満足すればそれで良いというものでもなかろう。おぬし達からはすべてを奪い去ってしまった訳じゃからな。その咎から逃げつつもりはない」

 話し終わると、アンは傍に控えたエリスに、もういい、と手振りで伝えた。彼女はもう女王のつもりでもなく、ここにはもう旅団も存在しないと考えていた。デザートラインという安全な移動拠点を失った人々がいるだけだ。

「そうか」

 と、答えたボルゴの声には、怒りはなかった。頷いた顔にも、ある種の納得の感情を見せていた。だが、彼は荒くれ達を束ねてきた首領で、この場でアンを取り囲んで男達は皆そうだった。立場があり、何よりも部下達に示しをつけなければ、自分の立場が崩れ去るおそれすらある者達だった。

 デザートライン全損の損害は、理解した、の一言で済ませられる範疇を超えていた。彼等には、報復を何もせずに手打ちにするという選択肢は、なかった。

「吊るせ」

 部下にボルゴが命じる。

 アンも、それでいい、と無言で目を閉じた。


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