第一八話 脅迫
飛び去ろうとするコチョウを、当然のようにフェリーチェルは呼び止めた。しかし、コチョウは止まることも、振り返ることもなく、視界を広くとる為に舞い上がっていく。フェリーチェルは、コチョウがそういうひとだったと思い出したかのように、涙が滲む目をそのままに、慌てて追いかけてきた。
「まず何処へ行くつもり?」
フェリーチェルは、そういう聞き方をした。助けてくれ、と言われたところで、コチョウは、嫌だ、と答えていたことだろう。それが分かっているから、勝手についてくる、という選択をしたのだ。
「アイアンリバーがどっちか、私には分からん。近くの村か街を探す」
コチョウとしては、行動が読まれているのが面白くない。不機嫌な声でぶっきらぼうに答えた。
とはいえ、ついてくるつもりであれば勝手にしろ、というスタンスでいることには変わりなかった。閉所ではない筈の場所で、本気で飛んだコチョウにフェリーチェルが追い付ける筈がない。フェリーチェルが追いつけたというあたりで、コチョウが拒絶はしてはいないことを証明していた。
「言っとくが、私は私のやりたいことしか考えてない」
勿論それはコチョウが丁寧に助けるつもりがあるという意味でもない。そこまで面倒を背負い込むつもりはさらさらなかった。とはいえ、これ以上フェリーチェルに関われば、最後まで面倒を見る羽目になることを想像できていない訳でもなかった。そうなったらそうなったで、手間をかけずにさっさと終わらせるだけだ。その為に、手段を選ばなければいい。
森は大きく焼け、その向こうに、森林火災に巻き込まれたのだろう焼けた牧場が見えた。牧場の被害は大きくはないが、本来、森の焼け残った一角があったのだろう場所に接している牧場がまだ広がっている。焼け残った一角があったのだろう、という言い方をしたのは、そのあたりの森の木は綺麗に伐採され、牧場に近い方から、切り株が掘り起こされた跡が残っているからだった。
「何があったのか分かった気がする」
コチョウは苦虫を噛み潰したような顔をした。彼女が理解した状況が事実だとするならば、牧場の持ち主たちは、フェリーチェルが尋ねても真実を語らないだろうと考えたのだった。
牧場があるということは、近くに集落か街がある筈だ。コチョウは牧場に向かった。ついて来ようとするフェリーチェルには、
「お前は何処かに隠れていろ。お前がいると、いろいろ話がややこしくなる」
そう言って、ついてこないように言い含めた。
牧場の上を飛ぶと、羊の世話をしている者達の姿が見えた。人間ではない。どうやら半猫人、所謂フェリダンの村だと分かった。外見は二足歩行で、顔の造りは人間に近いが、胴体には豹に近い体毛や尾が生え、何より特徴的なのは、耳の生え方も豹そのものだということだった。
村は牧場の中にすぐに見つかった。コチョウは村に降りていき、手頃な村人を捕まえて話を聞いた。
「ちょっとすまん。道に迷って困っている。ここは何という村か教えてもらえるか?」
一応、コチョウもある程度角を立てない話し方ができない訳でもない。なるべく穏便を装い、村の道を歩いている者を呼び止めた。道は石畳では舗装されておらず、建ち並ぶ小屋のような家屋は、壁は木造で、屋根は木の板に藁を積んだものだった。フェリダンは自然の素材を使用した素朴な住居を好む。珍しい景色ではないのだろうと、コチョウの目にも映った。
村人は男のようだった。フェリダンは外見では歳が分かりにくい、少なくとも子供や老人ではなかった。彼はコチョウがフェアリーであることを若干怪しんだようだが、彼女の問いには答えた。
「ここは“猫の髭”だ」
それもフェリダン特有の地名の付け方だった。とはいえ、コチョウにはその地名に心当たりはない。さらに彼女は尋ねた。
「私はアイアンリバーから来たのだが、モンスターを追っているうちに遠くまで来すぎてしまった。アイアンリバーはどっちか分かるか?」
「ああ。そういうことか。ならば、南に行けば川に出る。その川に沿って西に向かえば着く。ところで、追っていたモンスターはどうなった?」
村人は、コチョウの話に半分安堵し、半分不安を覚えたようだった。おそらく森のフェアリーの生き残りでないことに安堵し、コチョウが追っていたモンスターが周囲を彷徨っていることを危惧したのだろうと、コチョウは想像した。
「片付けた。もういない」
コチョウは適当にそう答えておいた。そして、本題に入る。
「そういえば、モンスターを追っていて、伐採された森を見かけた。周辺に焼け跡があったが、森を開いたのは火事の対策か?」
「詳しくは知らんな。村の自警団にでも聞いてみてくれ。もっとも、俺があんたなら、そんなことは関わらずに村を去るがね。あんたはフェアリーだから、そうすべきだ」
村人は、言葉を選びながら半ば警告めいた答えを返した。確かにコチョウが一人であれば、そうしたいところではあった。全くの同感だった。
「そうか。助かった」
言葉だけの、気持ちのこもらない礼を言い、コチョウは村人の傍を離れた。いっそのこと、自警団の連中とやらが、森のフェアリー達について、べらべらと軽口でも叩いてくれれば楽なのだが。コチョウは面倒には思ったが、おそらく見張り番でもしているだろう自警団らしきフェリダンを探した。
猫の髭、と呼ばれる集落には、村を守る柵や壁はなかった。その代わりに、村の中心近くに、見張り塔らしき櫓がある。その下には他の家屋よりも大きな建物があり、珍しく石壁だということから、コチョウにもそれが自警団のたまり場だと判断がついた。
コチョウはすぐには櫓や建物には立ち入らず、そこにいる者達の様子を窺った。建物の方は外れで、真面目に鍛錬しているらしい音や声しか聞くことはできなかった。櫓の方は四人のフェリダンがいて、それぞれの方角を見張っていた。
残念ながら見張り達の間に会話はない。コチョウは仕方なく、森の方角を見張っている見張りを、少し脅かしてみることにした。
「おい」
と、見張りの目の前に、いきなり飛び出して、声をかける。
「な……フェアリーだ!」
見張りは剣を抜いて叫び、他の方角を見張っていたフェリダン達も、腰の剣を抜いて集まって来た。皆レザーアーマーを纏っていて、片刃の曲刀であるシミターを手にしていた。見張りはすべて男のようだった。
「何をそんなに驚いている。フェアリーに襲われる覚えでも何かあるのか?」
悠然と、コチョウはその中央に飛び込んだ。彼女の態度に、見張り達は、困惑の表情を浮かべた。
「森のフェアリーの生き残りではないのか?」
と、見張りが質問で返す。
「森のフェアリーだと何か都合が悪いのか?」
コチョウも、それをさらに質問で返してやった。
「言え。森のフェアリー共をどうした」
「知らないのなら、別に問題はない。何でもない。お前には関係ない。行っていい」
と、一番近くの見張りが答えた。コチョウは他の三人を見回し、冷淡に笑った。
「関係があるかないかは私が決める。お前達が勝手に決めていいと言った覚えはない」
そして、答えたフェリダンの首を、刎ね飛ばした。
「答えろ。でなければ用はない。全員殺す」
仲間の一人が倒れたのを見て。
「て、てき」
仲間を呼ぼうと、さらに見張りの一人が叫びかけ、
「馬鹿か」
コチョウにそいつも首を刎ねられた。そいつの首は櫓の外に飛び、落ちていった。おそらくすぐに騒ぎになることだろう。
「仲間を呼びたきゃ呼べ。その前に喋れなくしてやる」
コチョウはまた、冷ややかに笑った。あまりに邪悪に見えたのだろう。残りの二人のうちの片方が、剣を振り上げてコチョウに斬りかかった。無論、そんな我を忘れた斬撃がコチョウに通じる訳もない。そいつも、返り討ちにあい、首と胴体を切り離された屍を晒しただけだった。
「残りはお前だけか。喋るか死ぬか。今すぐ選べ」
コチョウは、必要がないことが明らかなのにも関わらず、わざわざチャクラムを抜いて生き残りの首筋に突き付けた。生き残ったフェリダンは何度も頷き、
「分かった。話す。知ってることを全部話す。だから助けてくれ」
どうやっても勝てないことを悟った目で、命乞い混じりに、答えた。そして、森のフェアリーの王国との間に、何があったのかを、語った。




