第四九話 インヒューメイン・タスク
アンに同調して攻撃に参加しているデザートラインのすべてが武装車両と言う訳ではない。中には、居住機能や商業機能、農地機能しか持ち合わせていないものも数多く混ざっていた。
「……もしかして」
リリエラは、アイアンリバーを包囲したデザートラインの車列のうち、やけに非武装車両が固まっている場所があることに気付いた。
「手段を選ばないつもり?」
と、言いたくもなる。
非武装車両は軽量で、相対的に武装車両よりも速度が出しやすいことは確かだ。だからといって、そういった車両に、アイアンリバーの前方を塞がせることが、人道的に正しい筈がなかった。
アンが、アイアンリバーのその武装のことを知っていることについては、驚きは感じなかった。アイアンリバーが形成させているバタリングラムのようなフィールドはどう見ても魔術的兵装で、だとしたら、アイアンリバーを出てアンに与した、元アーケインスケープのメイジ達から、事前に情報を得ていても、それは当然のことだろうと思えた。
それに対抗する手段を事前に準備していたとしても実際におかしな話ではないが、武装を待たない車両をアイアンリバーの前方に集中させるようなやり方は、あまりにも人名を軽視していると言えた。
「思い切った手段に出たな」
それが是とするかどうかは、ハワードは意見を述べなかった。ただ、彼は驚きだけを口にし、成り行きを静観した。
「思い切りすぎじゃない?」
と、不満をあらわしはしたが、リリエラが独りで辞めさせられるようなものでもない。彼女にも、見守る以外、できることはなかった。
状況は刻一刻と変わっていく。
アイアンリバーの前方に陣取った、非武装車両が速度を落とす。そして同時に、その車列は、高々と車両の屋根に旗を掲げた。
白色。降参と投降を示す白旗だ。それは後方、アイアンリバーに向けて掲げられたサインだった。車列は徐々に速度を落とし、結果、アイアンリバーの行く手を遮る格好になる。周囲を戦闘車両に囲まれているアイアンリバーには、避けて通るという選択肢はなかった。
「女帝フェリーチェルの人格の弱点をついたか」
と、ハワードが呟いた。
フェリーチェルは、降参した相手を踏み越えて粉砕するようなことはできない。たとえそれが罠だと分かっていても、非武装のデザートラインであれば猶更だった。
それが分かっているように、前方の車列は、緩やかに速度を落としていく。アイアンリバーのデザートラインが、速度を合わせられないような急減速は行っていかなかった。
その車列が静かに停車するのに合わせ、アイアンリバーのすべての車両が止まった。当然、周囲を取り囲んだ、アン率いる大連合の武装列車も、アイアンリバーへの包囲を崩さず、止まった。
当然、アイアンリバーも無防備に止まるような無策ではなかった。大連合の車両からパペットレイス部隊が出撃するより速く、アイアンリバーの周囲に正規軍や冒険者達が姿を見せた。その勢いには高い士気が溢れており、魔術的な転送ゲートを用いて一気に溢れ出てくる様は、散弾の弾丸が立て続けに撃ちだされているようでもあった。
「早いな。練度が高い」
それに対して、アンの大連合の強みは、純粋な数だ。如何な百戦錬磨の猛者であろうとも、万の兵力には抗いきれず、また周囲を完全に包囲されている時点で、突破されれば後がない。後退して休息をとるということは許されないのだ。無限の体力の持ち主でなければ、生き延びることさえ困難な戦場だった。
そして、白兵が善戦しようとも、本拠であるデザートラインが先に陥落しては意味がない。周囲を取り囲んだ大量の砲が、アイアンリバーに対し、ほぼ四方から槍を突き付けているかのように、砲眼で睨みつけていた。
「っと、眺めている場合じゃないわね」
リリエラは、掌で軽くシャリールの背を撫でると、
「お願いね」
とだけ、声をかけた。
「はい。それなりに、ですよね」
シャリールがいたずらな声をあげる。彼女達は、ハワードも含めて、表向きは空からの支援と敵の攪乱が役目だ。ぼんやりと傍観している訳にはいかなかった。全力で戦う必要はないとアンからは釘をさされているが、さりとて、戦う振りくらいはしておいてほしいとも頼まれていた。
アンには、ギャスターグ一党の話も、シャリールから提供してある。リリエラやシャリール、ハワードの最重要な使命は生き残ることだが、その次に重要な任務が、ギャスターグの襲撃に備え、両陣営を肉食性爆妖から護ることだった。
実際、ギャスターグと肉食性爆妖の脅威については、フェリーチェルにも、アンから情報提供が行われている。その階段は、秘密裏にこの決戦の前日に行われており、決戦についても、どちらかが全滅するまで続けることはないという約束も結ばれていた。
「どこを攻めますか?」
シャリールに聞かれ、リリエラも我に返った。
しばし思案するが、リリエラには、戦略的に戦場を俯瞰する才能などない。ハワードに視線を送り、知恵を借りるくらいしか、考えが浮かばなかった。
「あの障壁を突破したいな」
ハワードは、敢えて敵陣の頭上を飛ぶことを提案した。そんなことをすれば集中的に狙われることになるが、うまくアイアンリバーのデザートラインを盾に使えば、狙いを散らすことはできるだろうと、リリエラにも思えた。
「私達が通り抜けるくらいの穴なら、一時的に開けられます」
それこそ、ケミカルマンシーの得意としている分野だ。リリエラは上着の裏から小瓶を二つ、片手で取り出すと、
「行きます」
と、ハワードに頷いてみせた。
ハワードは反応を返さなかったが、ペガサスの向きを僅かに修正し、障壁に真っ直ぐに向かせた。いつでもいい、という態度だった。
リリエラが小瓶を振る。目視では何も起きたようには見えないが、空気の流れが渦を巻いたことが、障壁に穴が開いたことの証明だった。
先にリリエラが、続いてハワードが障壁を抜ける。地上では、障壁を挟んで大連合のパペットレイス達と、アイアンリバーの冒険者達が睨みあいを続けていた。
リリエラ達の背後の砲では、魔導装置が目覚めた時に聞こえる独特な稼働音が鳴りはじめていた。大連合のデザートラインが、障壁を破る為の砲撃体勢に入ったのだ。その音はやがて、後方だけでなく、アイアンリバーを取り囲んだ大合唱に変わっていった。アンが飽和攻撃を命じるのは当然のことだ。それ以外に、大連合が障壁を破る方法はなかった。
「始まったか」
リリエラとハワードが、眼下の冒険者達を挑発する為に掠めて飛ぼうとした丁度その時、自分達のすぐ傍に、小さな気配があらわれ、聞き覚えのある声が聞こえた。
「来たのね」
その到来に、最早陽動は無意味だと悟る。リリエラも、ハワードも、冒険者達から距離をとり、障壁ぎりぎりの上空に退避した。
「この量の砲弾が炸裂したら、世界はお仕舞い?」
リリエラは、シャリールに問うた。しかし、答えは小さな影から返って来た。コチョウだ。
「当然、もたない」
当たり前のことのように、彼女は抑揚もなく告げた。しかし、攻撃を辞めさせるつもりもないらしい。コチョウは平然と、砲撃を待った。
「どうするの?」
何か考えがあるのだろう。リリエラにはそう思えた。何の意味もなく、コチョウがふらりと現れるとは思えず、無策のまま静観する訳がないという謎めいた信頼感があった。
「纏めて虚無に送る。こいつはやりすぎだ。あいつは、敢えてやりすぎてるんだろうがな」
コチョウは周囲のデザートラインと、アイアンリバーを順番に見下ろした。
「ちまちま潰してきたが、潮時かね」
それを、コチョウの目に訴える為だ。コチョウ自身が、そんな風に読み取ったような笑みを浮かべた。
「だが、いい塩梅だ。これ程集められることは期待していなかったが、悪くない働きだ」
コチョウは、遠く、大量のデザートラインに紛れて判別が難しいマーガレットフリートの政府専用車を、正確に把握して眺めた。あいつ、と呼んだのは、アンのことだった。
「どういうことだ?」
ハワードにもコチョウの言葉の意味は分からなかったようだった。当然、ハワードにも理解できない話が、リリエラに理解できる筈もなかった。
「そんなことより、来るぞ。命が惜しい奴から退避させるよう、すぐ動けるようにしとけ」
コチョウは質問に答えなかった。
代わりに、警告を発した。
障壁が喪われるのを待っている者達がいる。大連合以外にも。その気配が迫っていた。