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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第四八話 エンゲージメント

 パペットレイス用の拠点列車ベースは、通常の車両と比べても、極めて無機質的な材質の壁に包まれている。出動時には、車両腹部のほとんどがハッチとして開閉できる構造になっている為だ。

「またここで待機することになるなんてね」

 リリエラにとっては、戻ることがないと思っていた筈の、古巣マーガレットラインの待機デッキ内で、落ち着かない時間を過ごしていた。かつては見慣れた室内だった場所は、今は仮居のような居心地の悪さだった。

 本来であれば、リリエラのような新米、或いは、末端人員といったパペットレイスは、半ばすし詰めに近い共同デッキで出動、出撃の合図を待つものだが、今の彼女は、専用の、所謂上等パペットレイス人員の為の個別デッキが与えられていた。

 個室、ではない。近くにハワードの姿もあり、それ以外にも、すっかりリリエラの乗り物に近くなっているシャリールの姿もあった。リリエラが他のパペットレイス達と区別されているのも、シャリールに乗って空から攻撃を掛けられる飛行戦力だということが大きかった。対アイアンリバーを睨んだ時、魔法戦力や冒険者の遠隔戦闘能力のせいで、絶対の優位性は確保できないが、一定の戦力を引き付けられることは見込め、アンからも活躍が期待されていた。

「マーガレットフリートは嫌いか?」

 ハワードも別のモンスターの傍にいる。彼の傍らに控えているのは、翼をもつ馬、ペガサスだ。シャリールのコロニーの一員で、ハワードを乗せることに同意していた。

「あなたこそ、アン女王の傍で護衛していなくていいのですか?」

 リリエラはハワードの問いに答えず、代わりに質問に質問で返した。彼の問いに答えるつもりはないという意志表示だった。

「アンはアイアンリバーとの交戦の末に死ぬつもりでいる。だが、俺にはそれを許さなかった。決戦の結果は問題でなく、今後の方が心配だそうだ。その対処に、俺の力が絶対に必要らしい。なんとも居心地の悪い話だよ」

 そんなリリエラの態度を、ハワードは気にもとめなかった。成り行きを見守るだけだと言いたげな、何処か諦観した様子だった。リリエラから見て、少なくとも、居心地が悪そうにしているようには見えなかった。

「そろそろでしょうか?」

 実のところ、リリエラは、アンが率いているマーガレットフリートの部隊に組み込まれた訳ではない。彼女の今回の最大の役目は、マーガレットフリートをアイアンリバーに勝たせる為の戦力ではなかった。

「待機指示が出た時点で、アイアンリバーを見つけたということだ。直だろう」

 ハワードもそうだ。二人の役目は、この戦いの中で命を落とすかもしれない、翼をもつモンスターを、一体でも多く生き残らせることだ。

 マーガレットフリートにとっても、アイアンリバーにとっても、空へ自分達を連れて行ってくれるだろうモンスター達は、戦いのその先の未来に挑む為に必要な存在になると、アンは言っていた。それ故に、人の間の争いで犠牲にしてはいけないのだと。

「む」

 ハワードが、短く声をあげた。その意味は、聞かずともリリエラにも分かった。

 車両の横腹にあたるハッチが開き始める。出撃の合図だ。作戦では、大量のデザートラインでアイアンリバーを取り囲むことになっている。略奪旅団のあらくれ達やマーガレットフリートが保有するパペットレイスの軍で包囲攻撃を掛けつつ、武装車両の砲でアイアンリバーの中央車両一点集中砲火を行い、アイアンリバー中枢のみの撃破を狙うのだ。

 ハッチが開く。リリエラの前の視界が開けた。遠く霞むように、アイアンリバーの車列が、無防備ともいえる姿を晒していた。しかし、ただ走行しているだけの集団に見えるその状況のアイアンリバーを襲撃し、被害を与えることに成功したデザートライン旅団はこれまでにひとつもない。あからさまに技術レベルの異なるあの都市は、それ自体が、鉄壁の要塞のようなものだ。

「アンは勝てるかしら」

 自分達の女王が、死ぬつもりで挑んでいるということは、リリエラも知っている。同時に、勝つつもりでいることも。リリエラは答えのない独り言を呟くと、シャリールの背にあがった。

「行きましょう。周囲に警戒を」

 リリエラの声に、

「はい。ここがきっと、一度目の正念場です」

 シャリールも、同意の声を上げ、翼を広げ、車両を飛び立った。そのあとに、ペガサスにまたがったハワードも続く。

「来ると思う?」

 と、リリエラが聞いた相手は、ハワードではなかった。

 上空にあがると、走行中のアイアンリバーと、手筈通りアイアンリバーを包囲する、味方の車列が立ちぼらせている土煙が見えた。味方側の戦力は、優に七五編制を超えていた。実に、アイアンリバーに対して、ほとんど五倍近い戦力だ。

 とはいえ、そのほとんどはアイボリーローズでもなく、マーガレットフリートでもない。複数のデザートライン旅団から形成される、大連合軍を、アンは掻き集めたのだった。

 その行動の為に、アンは、アイボリーローズの戦力でマーガレットフリートを制圧してから、アイアンリバーに挑むまで、さらに三〇日間の時間を費やした。人類が未来に種を繋ぐ為の技術はアイアンリバーのみにあり、彼等がそれを世界に広めようとしないのであれば、倒して奪うしかないのだと訴えたのだ。

 結果、アンが呼びかけたデザートラインのうち、呼応して今日の決戦に駆けつけた戦力は、範囲内にいた約八割に達した。まさしく、決戦が行われようとしていた。

「奴等は必ず来ます」

 と、シャリールが答えた。リリエラとシャリールが警戒しているのは、アイアンリバーの戦力ではなかった。フェリーチェルか、アンか。どちらかには生き延びてもらわなければならないのだ。理想は双方が生き残ることだが、戦となった以上、どちらかが責任をとらねばならない。どちらかが命をもってその責を全うするのは避けられないと、リリエラも諦めていた。だが、相打ちだけは避けなければならない。

 リリエラとシャリールが警戒しているのは、ギャスターグの一党が、性懲りもなく襲撃を掛けてくることだった。直接攻撃してくるだけであれば、ギャスターグ一党の頭数は、アイアンリバー、マーガレットフリート、どちらか一方の戦力で撃退できる程度の規模でしかない。しかし、懸念されるのは、連中が肉食性爆妖をばら撒くことだ。おそらく現実のことになるだろうと、リリエラ達は予期していた。

「ほう」

 シャリールの横にペガサスを並ばせ、ハワードが驚きの混じる声を上げる。彼が見ているものと同じものをリリエラも見ており、彼女の方は言葉を発することも忘れた。

 二人が見たのは、アイアンリバーの周囲に展開された、巨大なドーム状の半透明のフィールドだった。魔術的な障壁であることは見れば明らかで、アイアンリバーのすべての車両を包み込むほどの巨大なものだった。

「これが、無敗の理由か」

 ハワードの言葉は称賛に変わった。だが、アイアンリバーは包囲されている。どれ程強固な障壁をもとうと、脱出不能の袋の鼠では、いずれ限界が来る筈だ。リリエラには、アイアンリバーがこの程度な訳がない、と思えた。

「え」

 その通りではあった。

 しかし、それはリリエラが予想していたよりも遥かに恐ろしい光景で、彼女も短く唖然とした声を上げるしかなかった。

 車列全体をひとつの船と見立てたように、アイアンリバーの先端部から、フィールドが展開され、放出される。それは防御のためのフィールドでなく、進路を塞ぐ障害物や、無理矢理進路を塞ごうとする敵を排除する為のバタリングラム、或いは、ブレードだった。あれに巻き込まれたら、アイアンリバーの進路上に展開している、味方は粉砕されるに違いない。

「何、あれ」

「なるほど、あれでは正面から挑むのも、進路を妨害するのも、無意味だな」

 ハワードはむしろ感心したようだった。妨害に対して、極めて威嚇的で、明確な回答を持っているアイアンリバーを、称賛した。

「ただの略奪集団であれば、怖気づいて逃げ出すのも無理はない。勝負にすらならないだろう。道を開けろ、さもなくば死ぬぞ、と誰でも読み取れる完璧な意思表示だ」

「あんなものが、存在するの?」

 リリエラにはそれが信じられなかった。確かに古いおとぎ話のような書物では、魔法は不思議で強大なものとたびたび書かれている。しかし、あんな風に、ほとんど物理的な殺人技術として、大掛かりに展開されたものとしては、書かれていなかった。

「魔法としてはアナイアレーションと呼ばれた消滅呪文の応用だろう。だが、あの大きさはどうだ。あそこまで大規模な設置魔法としては、見たことがない。どうやって魔力を保持しているのか、おそるべき技術だ」

 ハワードの話では、荒唐無稽なものではないらしい。魔術とは恐ろしいものだ、初めて、リリエラはそう感じた。


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