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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第四六話 ハードシップ

 三日が経った。

 広域探知機能を手に入れたアンは、アイボリーローズを率いて矢継ぎ早に周辺の旅団、略奪集団や村を襲って回った。コチョウがいなくなったことで、これまでのような手段は使えなくなっていたが、九編制からなる武装集団に砲を向けられて、反抗しようという気を起こす相手は少なかった。そもそも周辺の略奪旅団は規模が小さいものしか見つからなかった為だ。比較的規模が大きい集団は、コチョウが既に潰してしまっていたからなのだが、そのことは、アンも知る由はなかった。

 アイボリーローズの規模は、三日間で一二編制にまで増えていた。一編制、また一編成と、車列に加えた結果、まるで烏合の衆に、車両の形状や色彩はバラバラになった。傍目には、間違いなくならず者達の大集団を作って暴走行為に及んでいるようにしか見えない。

 だが、中には、それだけの威圧感をもった集団に抵抗しようとする気骨をもった旅団もありはする。そういった手合いに初めて対峙したアンは、一三対二という、圧倒的戦力差をもちながら、交渉に難航していた。相手は武装集団ではなく、村だった。

「傘下に加わり、食糧の生産を担うことに合意すれば、危害は加えん。じゃが、断るのであれば、暴力をもって制圧し、現在あるだけの物資だけでも回収させてもらうことになる。命は惜しかろう?」

 通信デバイスをテーブルに置き、アンは説得を続ける。できれば、破壊行為はしたくなかった。砲を向けさせてはいるが、正直、脅しにすぎない。

『後者で良い。悪党共に食糧を提供し続けて生き永らえるのであれば、全滅の方がマシだ』

 答えは芳しくなかった。アンは向こうに対してもミス・メリルを名乗り、向こうは自分達を、クリークステップと名乗った。双方ともに旅団のデザートラインは停車していて、クリープステップは僅かながらもパペットレイス戦力で、二編成の車両の両腹を守らせていた。徹底抗戦の構えだ。

 こうなっては、争う他ない。いつかはこのような事態になると、アンも覚悟はしていたつもりだった。できれば暴力に訴えずに済ませられれば良いとは思っていたものの、相手が脅しに屈しない以上、部下に弱腰な姿勢を晒す訳にもいかなかった。

「どうやら多勢に無勢ということが、向こうには分かっておらんようじゃ。このまま平行線であれば、力でねじ伏せる他ないじゃろう。ボルゴ、その時はおぬしが襲撃の指揮をとれ。私より場慣れしておろう。こんなところで時間を食いたくないのじゃ。頼めるか?」

 旅団内通信を用いて、もともとボルゴ達のものである列車にいる彼に連絡を取る。

『合点です』

 意気込んだボルゴの答えが返って来た。ボルゴ達にとっては、これまで散々やってきたことを、今回も繰り返すだけだ。楽な仕事と踏んだのだろう。

「うむ。まだ出るでないぞ。その時は私からまた連絡するからの。最終通告をせねばな」

 とだけは、アンも釘をさしておいた。もとが略奪集団だけに、先走られれば、止めることは難しい。

「聞いての通りじゃ。最終確認をするぞ。おぬし達、命を粗末にするつもりなんじゃな?」

 そして、クリークステップにも再度警告を伝える。反応が変わることに期待したからではなく、ボルゴに告げた通り、攻撃を宣言する為のものだった。その分、相手へ伝える声色としては、幾分、硬さが増した。

『くどい。何度脅されようと、こちらの返答は変わらん』

 当然の如く、クリークステップの返答も強硬だった。だが、アンが期待したよりも随分好転しそうな状況の変化は、起きた。脅しながらであれ、根気強く相手を説得しようと、アンが時間をかけた意味はあったのだった。

『双方、短気を起こさず、ちょっと待ちなさい』

 という、第三者の、余計なお節介とも言っていい横槍が入ったのだ。その声は、アイボリーローズとクリークステップの間の通信に、突然割り込んできた。アンには、聞き覚えのある声だ。

『ボス、スフィンクスです』

 部下から、アンに報告が入った。元フォートリオンの探知班の人間からだ。

「映像を回せるかの?」

 アンもそう聞いてみたが、

『そんな装置があるなら見てみたいもんです』

 という反応しか返ってこなかった。ないのでは仕方がない。アイアンリバーにはあったことを知っていたから、アンも試しに聞いただけで、アイボリーローズにあるとは、最初から思っていなかった。やはり、アイアンリバーとの間の、技術格差は激しい。

「仕方ない」

 アンの部屋には、窓がある。いつもは頑丈な防護シャッターが閉められているが、開けるとガラス張りになっており、車外が見える。それを一つ開き、アンは外を見た。

 やや離れた場所に、クリークステップのデザートラインが、見える。並走している為、二編成のうちの片方だけしか見ることはできなかった。

 それを一瞥し、アンは上空に視線を動かした。確かに、モンスターがいた。図鑑で見たことがある。確かに、スフィンクスだった。

「もう少し高度を下げてくれ。モンスターしか見えんのじゃ」

 通信機の前から離れた為、アンは少しだけ声を張り上げた。その声は届いたらしく、スフィンクスはゆっくりと降りてきた。

『リリエラ』

 スフィンクスの背に乗った人物が見えると、クリークステップ側から、通信越しにそんな呟きが聞こえた。

『ええ、そう。ええと、ミス・メリルで良かったかしら。クリークステップは、小さな村だけれど、脅しに屈することはないわ。彼等には私も恩があるの。私の顔に免じて、彼等をこのバカ騒ぎに巻き込むのはやめて。そのまま行かせてあげてほしいの』

 友人にそう言われては、無碍にできないという、甘いながらも良い訳がたつ。アンも、無意味に振り上げることになった拳を穏便におろせそうだと、内心、安堵した。

「しかし、ただでという訳にはいかんぞ。私達にも面子というものがあるからの。そうじゃな、交換条件として、あぬしと、おぬしが連れているモンスターが私の傘下に入るというのであれば、免じてやらんでもないわい」

 本心、それが交換条件にならないことは、アンにも分かっていた。もとよりそのつもりで、リリエラは駆けつけてくれたのだろうと、推測が付いていた。

『それでいいわ。村長も、それでいいでしょう? アイボリーローズに関わるのは辞めて、そのまま走り去って。できるだけ遠くへ』

 リリエラも、しれっとした口調で乗ってきた。クリークステップには恩があると言うあたり、リリエラが彼等と旧知であるのは幸いだと、アンにも感じた。そのまま逃げ去ってくれれば、今回の件はひとまず収拾できる。

『それは構わんが、どういうことだ? リリエラもこの連中を知っているのか?』

 クリークステップ側は、争いにならないのであればそれでいいという態度に出たが、同時に、状況が分からないと言いたげな反応も示した。

『ええ。リーダーのミス・メリルは、私の友人なの。だから、あなた達も、私に免じて、彼等の無法に思う所はあるかもしれないけれど、ひとまず村を守ることを優先して、そのまま去ってほしいの。この近辺に残れば、また別の争いに巻き込まれるおそれがあるから』

 リリエラは、ある程度状況を把握していた。アンには驚きではあったが、彼女がクリークステップに、立ち去るよう説得してくれるというのであれば、口を挟まずに任せておくことにした。話を混ぜ返して、面倒な状態にすることもない。

『分かった。そうしよう。近く、大きな争いがあるということか。納得した』

 リリエラが村長と呼ぶ、クリークステップのリーダーも、頑固な側面はありそうだったが、それなりの理解力の持ち主でもありそうだった。

 クリークステップは、展開していたパペットレイス達を収容すると、デザートラインを走らせ始めた。

『行っちまいますぜ。いいんですか?』

 アイボリーローズの内部通信でボルゴがやや不服そうな声を上げたが、

『当面の狙いはあくまでマーガレットフリートじゃ。戦力の増強は続けんといかんが、こんなところで怪我人を出している場合でもないのじゃ。不満じゃろうが、今は堪えてくれ』

 アンは、なるべく戦力を減らすような戦いはしたくない、と弁明しておいた。ボルゴが納得したのかは分からなかったものの、彼は反論しなかった。

 クリークステップが走り去ると、スフィンクスに乗ったリリエラが、満足そうに降りてきた。その周囲に、翼をもったモンスター達と、それらに連れられた自力では飛べない僅かなモンスターが集まってくる。彼等は事態を混乱させないよう、更に上空で待機していたようだった。

 そして、四人の人間が一緒に降りてきた。モンスターには乗らず、自力で飛行しているように見える。つまりは、魔法使いだ。

「アイアンリバーが窮屈だっていうの」

 リリエラが告げた。彼等は大きな戦力になる、アンは、そう、確信した。


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