第四五話 ディストーション
アン達は、手筈通りフォートリオンの車列を傘下に収めた。アンはアイボリーローズへの合流をフォートリオンの幹部達に無理強いはしなかったが、彼女の計画を聞いた彼等は、自分達から望んでアイボリーローズの一員となることを決めた。
コチョウが語った通り、フォートリオンのデザートラインは、アンが初期のアイボリーローズとして制圧した略奪旅団のものよりも高性能な設備が揃っており、居住性にも優れていた。彼女はハワードとエリスを連れてフォートリオンの車両に移り、そこを改めてアイボリーローズの中央指揮車両と定めた。ボルゴは自分達の古巣の車両でもともと配下だった漢達を束ねるのに専念すると言って移らず、アンはそれならそれでよしと黙認することにした。
それらの行動を見届けると、コチョウはアイボリーローズを離れた。彼女には彼女で気になることがあり、以前、アイアンリバーとマグニフィセントが衝突し、ゴーファスが車両ごと闇夜の世界へと消えた場所を訪れた。ほとんどの者は気付かなかったが、ゴーファスが闇夜の世界へのドームを開いていた間に、彼女は、僅かにそれとは別のひずみを見たのだ。
ひずみは陽炎のように胡乱で、定かな現象ほどのはっきりとした像を見せなかったが、二度、コチョウは、確かにそれを判別することができていた。一度目はゴーファスがドームを開いた時、そして、二度目はマグニフィセントの武装列車が闇に飛び込んでいった時だ。一度目よりも、二度目の方が、より強いひずみが生じたように、コチョウは記憶していた。
「残ってはないか」
その現場に戻ったコチョウは、その痕跡を探したが、今となっては何の手掛かりもなく、跡形もなく消滅していた。
「錯覚ではなかった筈なんだがな」
と、コチョウは首を捻り、独り言として呟いた。そのひずみが意味することも分からない。だが、コチョウは、そのひずみに妙に興味を引かれた。例えるならば、その奥から膨大なエネルギーの匂いが漂ってきたような、そんな感覚を覚えたのだ。その正体は、コチョウをもってしても、推測不可能だった。
となると、どんな手法を用いてでも、実際に見てみたいと望むのが、コチョウだ。今この瞬間、間違いなく、コチョウにとって、世界の滅亡も、それに伴う五つの魂の消滅も、どうでもいいことだと忘れ去られていた。いつだって、コチョウの最優先は、自分の興味本位と欲望に忠実でいることだった。
「このまま諦めるには惜しいな。もっと大きな力を飲ませる必要があるということか?」
手頃な手段は何かないものか。
コチョウは一人思案する。それを達成できるのであれば、何十、何百、何千、いや、何万人が死のうと構わないくらいのつもりになれた。
「直近でもっとも達成しやすいのは、アイアンリバーとマーガレットフリートの争いか」
と、考える。折しも、アンが戦力を集め、近隣のデザートライン集団の多くの合同戦力をもって、アイアンリバーに挑もうと画策している。
「別の意味で、使えるかもしれんな」
ゴーファスのデザートラインが飲み込まれた時にはひずみは生じなかった。ということは、マグニフィセントの武装車両が飲み込まれたときのひずみの原因は、デザートラインそのものではないと思えた。大きな違いがあるとすれば、マグニフィセントの車両には、砲弾が詰め込まれていたということだ。
アンが巨大集団を纏め上げることができれば、アイアンリバーとの決戦の際に、多くの弾薬が一ヶ所に集まることになる。それをうまく利用できれば、或いは、もっと明瞭なひずみを発生させることも可能かもしれなかった。
「アイボリーローズねえ」
ひとまずは、アンがどこまで手勢を集められるものなのか、お手並み拝見といったところだ。多ければ多い程望みがもてるが、だからといってコチョウはこれ以上、アンに手を貸すつもりにはなれなかった。
「あとは、あいつか」
と、視線を遠くに向ける。その先には何もないが、目視できない程の遠くでは、その方が国は忍者の里が走行していた。
「リリエラがどうしてるか、一度見に行ってみるか」
そろそろ、アイアンリバーとマーガレットフリートの間の争いに巻き込んでもいい頃合いだろう。
そして、コチョウはすぐにそれを行動に移した。彼女の翅であれば、忍者の里まではすぐそこだ。滑るように飛んだコチョウの姿を捉える目もなく、荒れ果てた大地の上を、コチョウが行く。
「ふん。一層土が死んだか」
どの道、世界の余命もそう長くはない。コチョウが想像したよりも、さらに急速に、コラプスドエニーは痩せ衰えていた。
そもそも、その原因となる兵器の使用が日常的に行われているのは、この大陸だけの話ではない。遥かに遠く、世界の裏側の、別の大陸でもデザートラインは走行し、争っている。それを支える世界は急速に活力を失っていて、日一日、一分一秒の間にもその許容量を減らしているのだ。デザートラインが減る速度よりも早く限界は訪れ、車両が増えることなく飽和状態を超えるのも時間の問題だった。
「救えん話だ」
救う気もない。いっそ滅ぼしてしまえばいい、くらいの感覚で、コチョウはいる。コチョウ自身はそれで構わないのだが、彼女がそうしないのは、救うべき五つの魂の安全が、保証できないからだった。それさえ保証できるのであれば、問題がない。現時点では、確証が持てるレベルで、その五つの魂は安定していなかった。
そもそも、五つの魂にも、それぞれ名前がある。
ルナ。
チャイル。
スペル。
チャーム。
エスプ。
すべてコチョウ自身が与えた名前だ。コチョウの前身は人形劇用の人形だが、その開発途中での失敗作が多数存在していた。そのうちの五体が、その五人だった。
ルナ達五人はもともと魂をもたない出来損ないのホムンクルスに過ぎなかったが、コチョウは彼女達に自分の魂の欠片を分け与え、生物として行動してやれるようにしてやった。そういう意味でも、ルナ達はコチョウの姉妹のような存在だ。
そして、彼女達は今、世界を支える為に、環境管理のシステムで、命を削りながら世界を支えている。もともとそこにはそれぞれ一体ずつの魔神が封じられていて、環境管理システムは、その力を利用することにより成り立っていたのだ。システムが停止し、魔神達が目覚めれば、世界は崩壊する。それを阻止する為、まだ目覚める前の魔神の体にルナ達は入り込み、魔神を封じ続けているのだ。
最終的な話をすれば、勝つのは魔神達でなく、ルナ達だ。魔神はシステムに力を奪われ続けていて、いわば弱った状態にある。そんな相手であれば、ルナ達に分け与えたコチョウの魂の方が頑強だからだ。彼女達は魔神の魂と融合を果たし、完全な魂を得るだろう。だが、それには時間がかかる。
それまでは、ルナ達には世界が必要だった。それこそが、コチョウにとっても、世界が滅びてしまっては困る理由だった。ルナ達が完全に魔神の魂を乗っ取るまで時間が稼げれば、それで良かった。
「ん?」
コチョウの視界に、忍者の里が見えてきた。モンスター達が外にいる。シャリールの姿も見えた。背に、リリエラも乗っている。
「どういうつもりだ? あいつら」
明らかに、忍者の里を出て行こうという雰囲気だ。面倒事の予感がする、と、コチョウは舌打ちを禁じえなかった。
飛行の速度を上げ、シャリールの傍に急ぐ。シャリールとリリエラは、忍者の里の上に浮き、車両の屋根に乗っている忍者達と会話していた。
「お願いするわね。必ず必要になると思うの。あなた達からすると、アイアンリバーを裏切ることになるけれど……多分、必要だから」
そんな話を、リリエラが語っていた。
「意図は理解した。長の決断次第では意向には添えんが、進言はしておこう」
忍者も、頷いていた。
「お前等、何の算段だ」
コチョウが近づき、問いただす。リリエラはやっとコチョウに気付いたように視線を向けると、
「私は、アンの処へ行くわ」
と、あっさり白状した。
アンの動向を掴むのは、忍者の里であれば簡単だっただろう。リリエラにも知らされたに違いない。
「それに、アンがアイアンリバーに対抗するには、魔術師の力が必要だと思うの。中心的な程の実力者でなくてもいい。アイアンリバーの魔術師の中に、今の立場に不満がある人がいるなら、数人、引き抜いてもらうつもり」
その工作を忍者に頼んでいたという訳だ。
「ああ、そういうことか」
悪くない話だ。コチョウも同意しておいた。