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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第四三話 マーガレット・メリル

 コチョウの真下から、円形の複雑な模様が広がる。アンやエリスには読めない文字が記された、幾何学的な光の円の上に、コチョウ、アン、エリス、そしてハワードの四人がすっぽりと収まると、周囲の景色が暗転した。

「サイキックか」

 と、ハワードだけがその能力の正体に気付いたそぶりを見せる。アンとエリスは、唖然として周囲の状況をきょろきょろと見回していた。

「アン。お前は徒手空拳だ。それじゃ睨みも利かん」

 ハワードの推測には答えず、コチョウは円の端まで移動して、その外側へと腕を突っ込んだ。暗闇に包まれた空間には壁があるように、コチョウが腕を伸ばすと、円の外にだした部分が壁に埋まるように見えなくなる。コチョウは闇の中をまさぐるような仕草をしばらく見えたあと、壁の中から、ずるりと、一本の小ぶりの杖を引きずり出した。コチョウはそれを、無造作にアンの前に転がした。

「こんなもんで良いだろう。持っていろ」

「何じゃ、どういうことじゃ?」

 アンどころか、ハワードですら見たことがない武器だった。いや、武器と言っていいのかも、ハワードですら疑問に思う代物だった。兵器、と呼称した方が適当にも見えたのだ。

「サイオニック・ケインだ。疑似的な超能力として、指向性のある衝撃波を生み出せる」

 アン達には何もない空間に見えたが、コチョウは世界を繋ぐ“窓”を一時的に開いたのだった。そうやって、まったく無関係な空間から、彼女は物品を持ってくることができた。コチョウ自身にはその必要がないだけで、やろうと思えば、いつでもできた。

「超能力? 大丈夫なのかの? 危険ではなんじゃよな?」

 超能力、というものも、体系だった技術としては、既に遺失した物ということでは高度な魔術と似たようなものだった。その為、疑似的に、と言われても、そもそも、アンには超能力が理解できなかった。

「少し疲れる程度だ。濫用しなければ問題ない。使いすぎれば、疲労でぶっ倒れるがな」

「う、うむ、そうか。ま、まあ。確かに丸腰では話にならんの。うむ。借りておくのじゃ」

 アンは戸惑いながらも頷き、杖を拾い上げた。極めて短く、細い杖だ。先端に濁った色の石が付いた、銀色の金属のステッキだった。杖というよりも、棒きれのようだ。

「使い方は簡単だ。対象に先端の石を向けて、出ろ、と念じるだけでいい」

 コチョウの説明はぶっきらぼうだったが、端的でもあった。アンはやはりすぐに受け入れられたという訳でもなかったが、

「う、うむ」

 と、頷くことだけはできた。

「こんなものを残して死んではまずくはないじゃろうか?」

 そして、彼女は自分が万が一死んだあとのことを不安がった。その辺に放り出して良い物には、思えなかったのだ。

「安心しろ、使い捨てだ。一〇回撃つと弾切れになる。そうなればあとはただの棒きれだ」

 コチョウは笑い、余計な時間を食ったと言いたげに、円の中心に戻った。超能力の制御に戻ったのだ。今の場所は、どう考えても目標地点ではなく、ただの通過点上で一旦停止しただけに過ぎないことは明らかだった。

 コチョウはアンの心の準備を待ったりしない。即座に超能力による転移の制御に戻ると、暗黒の帳のようなもので覆い尽くされていた視界が、急に明るくなってくる。視界が晴れた瞬間、最初に行動したのはハワードだった。

 足元の図形が消え失せないうちに踏み出し、その図形の光が僅かな残滓を残して消滅した時には、室内にいた五人の男達のうちの四人を、流れるような動作で叩きのめしていた。アンが周囲を見回したのは、実に、そのあとのことになった。

「む」

 金属的なパイプが壁や天井に縦横無尽に張り巡らされた部屋だ。男達は大きな、だが、がたが来ているテーブルを囲んでいて、酒盛りの最中だったことが、テーブルの上の、たぶん食事と思われるグロテスクな色彩の皿と、ひどい匂いのする濁った液体で満たされたコップから推測できた。

 テーブルの向こうには、破けた旗のようなものが、複数枚乱雑に止められている。統一感はなく、男達がこれまでに襲った村のシンボルだったのだろうことも、すぐに理解できた。所謂、襲撃に成功したトロフィーだ。

 止め方が緩いのか、派手に揺れている。揺れの原因は、明確に正常走行できていないと知れる、車体の振動だった。既にコチョウは彼女が事前に約束した通り、デザートラインを走行不能に陥らせる為の能力を発揮していた。大袈裟な動作を含むような前振りなど必要もなく、コチョウはただ指を鳴らす程度の気軽さで、デザートラインの周囲の魔力流を止めてみせた。

 車体に急ブレーキが掛けられたような反動を伴って停止する。何処かの村の旗が一枚、壁から外れて床にひらひらと落ちた。それを横目に、アンは、一瞬だけ自分を落ち着かせる為の細い息を吐いた。

「随分と無法な集団じゃのう。まあ、手頃といったところかの」

 そういう手合いのデザートライン旅団であれば遠慮はいらない。アンはテーブルに飛び乗り、一人だけテーブルに向かった状態で残された男の前に滑り出た。テーブルの上の料理や酒が飛び散り、床に散乱する。座ったままの男は、突然の状況に思考が止まり、座ったまま硬直していた。

 そのあんぐりと開けられた口にステッキの先を突っ込み、

「お前が、この集団のリーダーじゃな?」

 アンは、これまで出したことがないような、低く、尖った声を男に浴びせた。

「ふが」

 男は答えようとして、突っ込まれたステッキのせいで言葉にならないことにやっとのことで気づくと、言葉で応える代わりに、激しく頷いた。右手には肉が刺さったフォーク、左手には脂でギトギトになったナイフが握られていて、太った体格もあって、その絵面は極めて間抜けだった。

「うむ、素直で良いぞ。おぬしも命は惜しかろう。おぬしの旅団を黙って私によこすのじゃ。丸々、私の指揮下に降るというなら、頭をふっ飛ばさずにおいてやるぞ。どうじゃ?」

 冷ややかな目でテーブルの上から男をやや見下ろしたアンだったが、実のところ、精一杯の虚勢だったことも真実だった。内心では謝り倒しており、自分がうまく演技できているのか、不安でしかなかった。

 テーブルの上に彼女は腰かけて男の返事を待った。それも、足の震えを隠すためだった。

「ふが」

 と、声を上げ、もう一度男が激しく頷くと、

「うむ。話しが早くて有難いの。それで良い」

 にんまりと笑い、アンはようやく男の口からステッキを引き抜いた。

「おぬし、名を何という」

 ようやく、男に名を尋ねた。自分からは名乗らなかったのは、相手を見下していたからではなく、アンにそこまで頭が回る余裕がなかったからだった。

「ボルゴだ。あんたら、いや、ボスとそのお仲間の名を、教えてもらっても?」

 男は名乗り、アン達に名前を聞き返してから、自分が両手にナイフとフォークを持ったままだということに気付いて、誤魔化し笑いをしながら床に捨てた。席を立ち、床に座ろうとするボルゴを、

「いや、そのままで良い。座っておれ」

 と、アンは満足げに止めてから、

「私は、そうじゃな。うむ、ミス・メリルとでも呼んでもらおうかの」

 適当に、その場で考えた偽名を名乗った。特に偽名に由来や含みなどもなく、咄嗟に絞り出せた単語を繋げて告げただけだった。そもそも、遠謀深慮などいった計画性をもつ余裕も時間もなく、兎に角行動が先と思い切ったが故の状況で、アンには次の手などといった思いつきもまったくない状態だった。

「私はハワードだ。ミス・メリルの護衛の一人だ。こっちも護衛だ。名をエリスという」

 ハワードが、助け舟を出すように名乗る。ついでに、エリスの分も彼が名を告げた。エリスは声を発さず、静かに立っているだけだった。瞳の感情は一切の振れ幅なく消されており、突き付けた切っ先のようにボルゴを捉えていた。アンを裏切れば、容赦なく命を奪うという、意志の表れだ。

「おっかねえ」

 ボルゴも略奪で生きてきた男だ。基本的に破壊や暴力を行使するのは部下たちの役目で、彼自身が襲撃行為に加わることはほとんどなかったとはいえ、血生臭さと腹黒さの中で食ってきた。培われた勘は紛い物ではなく、アンが連れている者達に対し、逆らってはいけない人種だと鋭く察知することができた。逆らえば命がない者の見分けくらいは、つく。

「あれはなんだ?」

 中でも、宙に浮いた、明らかに人間ではない小ささの生物に、ボルゴは恐怖を抱いた。見た目では、鷲掴みにすれば握り潰せそうな木端にしか思えない。だが、ボルゴはその生物に、あらゆる災厄が詰め込まれた地獄を見た。

「詮索せんことじゃ。長生きしたいのであれば。おぬしが馬鹿な考えを起こさぬ限り味方とだけ思うておけ。あくまで当面は、じゃが」

 アンは揶揄するように、曖昧に答えた。

 答えようがなかったのも、真実だった。


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