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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第三八話 セントラル・パレス

 中央帝宮。

 フェリーチェルは認めないが、その列車は、アイアンリバーの中で、その通称で通っている。

 女帝フェリーチェルの執務室に、カイン、スズネ、エノハ、レイモンド、そして、ゴーファスの代理のピリネが集まっていた。

「コチョウの情報を話半分に受け止めるべきじゃないと思う。長期戦は、多分、拙いね」

 フェリーチェルが言う。集まったメンバーは、フェリーチェルが召集を掛けたのだ。これからの、マーガレットフリートとの争いについての意見交換の為だった。すぐに方針を決めるべきで、相手の出方を窺うつもりでいてはならないと、フェリーチェルは考えていた。

「サイオウ殿と連絡はついたのかい?」

 カインがフェリーチェルに問う。マーガレットフリートが抱えるマグニフィセントが仕掛けてくるだろう妨害工作を考えると、忍者の里の協力は不可欠だというのが、フェリーチェル達の共通認識だった。

「それが、まだなんだ。応答がない」

 フェリーチェルの声色は沈んでいる。問題だらけだ。今ほど彼等の力をあてにした時はないというのに、直通回線で呼びかけても、忍者の里は応えなかった。

「それはおかしいね」

 と、エノハも首を捻った。

 忍者の里は常に単独行動を取り続けているが、アイアンリバーとは独立した旅団という立場をとったことはなかった。他の旅団との通信に使われている通信方法とは異なる、秘密の直通回線も用意されている。

 アイアンリバーが他の旅団に襲われることがあれば駆けつけてくれたし、そもそも未然に妨害してくれたことの方が多い。まったく要請に応えないことは、初めてだった。

「式神達に見に行ってもらう?」

 同時に、自分の式神達が忍者の里を発見することができることもエノハは知っている。単独で朱雀がよく忍者の里に入り浸っていることも把握していた。頼めば連絡役になってくれるだろう、エノハはそう考えたのだった。

「そうね。緊急で連絡取りたいし。手段は選ばない方がいいかも」

 フェリーチェルの決断は早い。事態に対して後手に回ることの恐ろしさを、誰よりも危険視していた。自分が不幸を常に背負っているからだ。いつでも、最悪の状況を想定する。

「お願いできる?」

 故に、エノハにその件は預けた。忍者の里が応答しない事実を、専任を置いて対応すべき問題と、フェリーチェルは位置づけしたのだ。

「アン女王の様子はどう?」

 続いて、フェリーチェルは鈴に対して、農園列車にいる筈のアンの動向を把握したがった。

 場合によっては、マーガレットフリートの間での、双方の泣き所になりかねない人物だということは確実だった。有効に協力して盛らえれば、対マーガレットフリートに対する交渉の切り札になる。一方で、彼女がアイアンリバー内にいることをマーガレットフリートに突かれれば、譲歩を要求されかねない問題となるおそれもある。デザートライン間の戦とは、どう始め、どう展開させるかも重要だが、どう治めるかが何より最も重要なのだ。

「マーガレットフリートを全滅させた場合、かあ」

 と、フェリーチェルも頭を悩ませていた。実際、それを目指すのが一番簡単だ。彼我の戦力差を冷静に分析しても、十分すぎる程の戦力を、アイアンリバーは備えている。正直に言って、マーガレットフリートがアイアンリバーに正面対決を挑んでくるのは、自滅しに飛び込んでくるようなものだ。

「うーん」

 しかし、それは事後処理を考えると、大問題だった。

 アイアンリバーは、アイアンリバー内の法を順守できるのであれば、来る者を拒まない姿勢を貫いている。そしてマーガレットフリートもならず者集団ではない。歴とした秩序をもった旅団なのだ。彼等の多くがアイアンリバーへの帰属を求めた場合、それを拒むのは主義に反した。

 しかし、それは不可能だ。帰属させる規模が大きすぎるのだ。ほぼ間違いなく、アイアンリバー内の経済的事情が混乱する。そうなってしまえば、旅団内の秩序が破綻してしまうだろう。つまり、マーガレットフリートを壊滅させる前に、落としどころをつけなければならないのだ。そこまでに、向こうにも交渉のテーブルについてもらわねばならない。

「勝てることは勝てるんだけど。問題は勝ち方だよね」

 他の旅団から攻撃を受ける度に毎回、それに困らされる。フェリーチェルは唸った。

「これ以上の肥大化は、そろそろ許容限界を超えるかなあ」

 方針転換が必要な頃合いなのかもしれない。フェリーチェルはその考えを一瞬過らせ、すぐに振り払った。今最大の問題なのは、それではない。

「あ、ごめん。それで、どうしてる?」

 スズネの回答の機会を奪ったことに気付いた彼女は、短く謝り、もう一度、聞き直した。

「悩んでいるようです。帰還すべきか」

 スズネが、謝ることはないと言いたげに首を傾げながら、答えた。

「だよねえ。分かる。私だって、同じ立場だったら、多分、悩んでるよ。可哀想だよね」

 フェリーチェルはぬいぐるみの体を前に倒し、机に突っ伏すと、ため息のような声を漏らした。何とかしてあげたいのは間違いないが、本人以外にはどうしようもないことだ。

「本人の為には帰るべきじゃないと思うし、立場を考えれば帰らせなきゃいけないよね」

 マーガレットフリートの女王がこちらにいるということが、アイアンリバーの市民に知ら渡れば、彼女の身の安全が保障できなくなる。スパイを疑う人も出るだろうし、マーガレットフリートの問題の責任を、彼女に問う者も出てくるだろう。アン本人に何の権限もないと説明したところで、そう簡単に割り切れる者ばかりではないのが世の常だ。

「どっちがいいんだろう」

 アドバイスを求められた時、どう答えればいいのか。フェリーチェルにも決めあぐねた。アンがマーガレットフリートの女王と知っても、彼女自身の問題ではないと笑い飛ばす人物も、アイアンリバーにはたくさんいる。

「スズネが思いを言えば、あちらに、あの方の幸せはあるのかと、とても疑問です」

 スズネはむしろ、帰るべきではないという立場を示した。アンについては、彼女が最も間近でその人となりを見ている。そのスズネがそう言うのであれば、今はそっとしておくべきだと、フェリーチェルも納得できた。

「じゃあ、そっちは、スズネに任せるよ」

 と、フェリーチェルはそれ以上話し合いをしても解決する問題ではないと切り上げた。

 それよりも、マグニフィセントがどう出てくるかという想定が、最大の問題だ。

「マグニフィセントについてはどう? どんな動きをしてるか、つかめてる?」

 聞いた先は、レイモンドやピリネだった。対外情報収集の要は忍者の里でも、アンデッド部隊やアーケインスケープの情報収集能力も、フェリーチェルは頼みにしていた。むしろ、多重的な情報収集による、情報の確度の確保は、何よりアイアンリバーの強みだと考えていた。

「難しいな。複数の動きは見られるが、それ故に、どれが目晦ましなのかが判断できない」

 レイモンドは今の時点で、狙いが絞れなと答えた。

「マグニフィセントは、こちらがデザートラインの砲弾による環境悪化を問題視していることを既に掴んでいます。そこを突いてくるかと」

「そう。厄介ね。どうしたらいいんだろう」

 対抗策は、フェリーチェルの頭にはなかった。そもそも、彼女には、どうやって突くのかという薄ら暗い発想が欠如していた。

「何してくるのか分かんないのが一番きつい」

「ゴーファスの予想では、砲弾を満載した爆弾列車で突撃程度はしてくるのでは、と」

 ピリネが助言すると、

「え。なにそれ。馬鹿じゃないの?」

 ただでさえ貴重なデザートラインを使い捨てにするという発想に、フェリーチェルは現実離れしている、と言いたげな声を上げた。

「流石にそこまで馬鹿じゃないでしょう?」

「だが、効果的ではある」

 しかし、レイモンドは本当にやられると困ったことになる、という顔をした。

「それだけの爆発は、アーケインスケープのメイジでも抑え込めないものだ」

 そうなると、遠距離で破壊するしかないのだが。

「しかも、爆発すれば少なからず世界に悪影響が出る。下手に遠距離で破壊もできない」

「え。それされたら砲弾を無効化して受け止めなきゃいけないってこと? 無理でしょ」

 フェリーチェルも、ここにきて、その危険性に、やっと考えが及んだ。今から対策を考えて、間に合うものか。どう考えても、そうは思えなかった。なにしろ、向こうはありったけの砲弾を詰めて、列車を一編成突っ込ませるだけでいいのだ。そして。

 その悪い予想は早くも現実のものとなった。

「失礼します、前方に不審な列車を発見しました。まだ遥か遠方ですが、動きが妙です」

 若いメイジが飛び込んできて、報告する。

 フェリーチェルは、思わず頭を抱えた。


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