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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第三七話 デッド・エンド

 シェリール達と別れたあと、コチョウはアイアンリバーへと引き返した。

 だが、彼女が訪れたのはフェリーチェル達がいる中央帝宮ではない。アイアンリバーの中にあって、忍者の里とは別の意味で黒く、そして忍者の里とは真逆に目立っている一編成のデザートラインがあり、その中に、コチョウは姿を見せた。

「ゴーファスはいるか」

 手近にいた者を見つけると、彼女はだしぬけに問いかけた。問われた相手は、人間でもパペットレイスでもなかった。

 その列車は、アンデッド部隊がひしめく、ゴーファスの城だ。コチョウが見つけたのも、古―ファスの配下の死霊だった。

「あああううう」

 死霊は人の言語を喋らず、震える呻き声で答えた。まったく言葉として読み取れない、意味のない声だった。

「そうか」

 にもかかわらず、コチョウは頷いた。彼女が会話をするのに、必ずしも言語を必要としない。イメージとして浮かぶ相手の思考を読めば事足りるからだった。コチョウは死霊が思い浮かべた場所を読み、そこへと向かった。

 ゴーファスはコチョウに仕える配下の一人で、ヴァンパイアだ。その為日の光を嫌い、その列車にも窓というものがなかった。中は当然、真っ暗闇に包まれている。

「ゴーファス」

 とコチョウに呼ばれた男は、列車の中に作られた、墓場にいた。実際、本当にアイアンリバー内で死亡した者達を埋葬した墓地で、墓標にはひとつひとつ名前が刻まれ、作り物ではなかった。

「増えたな」

 コチョウが雑談を持ちかけるように言う。まさしく、世間話のつもりだった。

「ああ。ここへきて、死者も増えている」

 振り向かず、マント姿の男は答えた。耳は尖り、肌が浅黒かった。それはヴァンパイアになったからではなく、もともと彼が、ダークエルフだからだった。

「アンデッド化の希望者が多いってのは、まったく面白い世もあったもんだ」

 肩を竦めて、コチョウがため息を吐く。この墓地に埋葬された死者は、生前の遺言により、アンデッドになることを希望した者達だった。そうでない、所謂普通の死者は、別の列車の、もっと明るい墓地に、埋葬されている。

「それで、何の用かね」

 ゴーファスは、コチョウに対して、変に傅いたりはしない。コチョウが、ゴーファスを評価している点のひとつだった。マントを翻し、立ったまま、ゴーファスはコチョウに視線を向けた。

「マグニフィセントが直に来る」

 コチョウはぶしつけに告げる。それを告げる相手がゴーファスでいいのかなどという疑問を、彼女が気にすることもない。石を彫った墓標のひとつに降りて腰掛けると、目線はゴーファスよりも低くなった。

「だろうな」

 ゴーファスも、それは既に承知のことだ。忍者達程熟達した技術に裏打ちされたものではないものの、ゴーファスも独自の情報網を持っている。アンデッドの一部は、何処へでも入り込めるのだ。

「まあ、正攻法で来ることもあるまい。フェリーチェル嬢が苦手としている部類の相手だ」

 と、彼は付け加えた。彼は、正々堂々としたやり方を貫きたがるフェリーチェルの性格からして、市民に犠牲が出ることも、予測していた。

「加えて言えば、忍者の里が動く気配もない。現状を鑑みるに多少の危機と見ていいだろう」

「忍者共は今回動かない」

 コチョウはきっぱりと言い放った。忍者達が動かない理由を、彼女は知っていた。

「別の任務があると」

 ゴーファスも理解した、と頷く。彼はやや視線を下げた思案顔を見せ、

「周辺の旅団への工作か。確かに、便乗して攻められるのは、面白い事態とは言えないな」

 それから、一度だけ、頷いた。

 アイアンリバーに対して、逆恨みし、意趣返しを望んでいる旅団もひとつではない。多くは直接アイアンリバーを襲って痛い目を見た略奪旅団であり、その他にも、自分達が狙っていた村が、アイアンリバーに庇護されたことにより手を出せなくなったという集団も僅かにあった。

「マグニフィセントは、自分達の力でアイアンリバーに勝てるとは思っていないだろう」

 コチョウはそう見ていた。マグニフィセントは、まずアイアンリバーの打倒は目指して来ないだろう。それはそもそも連中の戦い方でもない。

「損害は僅かでもいい。アイアンリバーに切り込めたという事実が得られることが重要だ」

 アイアンリバーが無敵ではないという証明。これまで問題なく他のデザートラインからの攻撃を跳ねのけてきた堅い守りも、崩されることがあるのだという衝撃を、アイアンリバーの市民に与えること。その不安と動揺を与えることが、マーガレットフリート本隊がアイアンリバーを攻略する突破口になる。

「アイアンリバーには邪道が刺さる。正々堂々力で叩き潰す以外の対処法を知らんからな」

「うむ。力あるものの力を振るえぬよう、小手先を弄するから邪道だからな、無理はない」

 ゴーファスもそれを策とは呼ばなかった。実際、策に至れないからそこの邪道といえた。単に卑怯なだけで、姑息なだけだ。時間がたつ程に底が割れ、最後には突破されるものだからだ。

「それでマグニフィセントが勝つことは、万に一つもあるまい。それも承知の上か」

 ゴーファスは右手をマントから覗かせ、顎をさすりながらコチョウの言葉を待った。対抗策は彼にもあった。だが、それを自分から進言するつもりもなかったのだ。

「お前、死ねるか?」

 とだけ、コチョウは聞いた。

「貴女の命令であれば」

 とだけ、ゴーファスは答えた。

「命令とは言わん。私が死ねと言う時は、力が欲しいか、それが必要か、邪魔な時だけだ」

 コチョウはうっすらと笑う。

「それ以外は興味がない。時間の無駄だ」

 それがコチョウだった。

 そうだろうとゴーファスも知っていたから、命令であればという受け答えをした。二人の中に、冷ややかな沈黙が生じた。コチョウから見れば、ゴーファスは食えない奴で、そこが気に入っていた。ゴーファスから見れば、コチョウは自分本位に非道で、そこを頼もしく感じていた。だが同時に、コチョウはゴーファスを、ゴーファスはコチョウを、信頼してはいなかった。

「逃げても構わん。好きにしろ」

 コチョウは結局、ゴーファスを焚きつけることを選んだ。別にゴーファスが逃げることを嫌っている訳ではない。現実問題、アイアンリバーから離れれば、ゴーファスは人の血を手に入れる手段が断たれることを知っていて、逃げられるものなら逃げろ、と脅しをかけたのだ。

「貴女は酷いことを言う。苦しんで生きるか、潔く死ぬか、か。難しい選択になるな」

 それは、ゴーファスも汲み取った。言葉では非難しているようだが、声は笑っていた。既に覚悟は決まっているからだった。

「せいぜい悩め。生まれてくる子供のこともあるだろうからな」

 そのことに気付きながら、コチョウも嘯く。ゴーファスは悩むような男ではない。そんなことは百も承知だった。ましてや、子供に愛情を注ぐような親にはなれない男だということも、コチョウには分かっていた。

「そうだな。そうさせてもらおう」

 悩むのは、ゴーファスの妻であるピリネだ。彼女はおそらく子供の母として生き残る方を選ぶか、ゴーファスの妻として共に死ぬことを選ぶか、の間で揺れるだろう。

 マグニフィセントは甘くない。そこはコチョウも、ゴーファスも認めるところだった。アイアンリバーにダメージを与える為に、どんな手段でも使ってくるだろう。

 今回、マグニフィセントの武装列車に追われていたデザートラインを助けるのに、アイアンリバーは列車砲を使わなかった。その理由も、調べてくるだろう。そして、連中にとって、世界へのダメージなど知ったことではない。むしろ、世界を人質に使ってくることも、十分考えられた。

「砲弾を満載した列車で体当たりと言ったところか。準備時間もそう長くは取れまいしな」

 簡単に準備できて、アイアンリバーが反撃しづらい手段。フェリーチェルが、コチョウから世界の崩壊に関する情報を与えられたからこそ、対抗しづらい攻撃方法だ。フェリーチェルは最小限度で、世界への被害を食い止める方に舵取りをするだろう。アイアンリバーも、無傷では済まない。

 それを防ぐ手段を、ゴーファスは持っていた。だが、それをすれば、ゴーファスも無事では済まないことも確実で、そこまでしてアイアンリバーに尽くす理由も、実際の処、ゴーファスにはなかった。

「私も絆されたものだ」

 と、ゴーファスは笑った。

「そういう奴だからな、あいつは」

 と、コチョウも笑った。

「危なっかしくて、見てられん」

 二人の間で話題になった人物は、まだ、何も知らない。そんな余裕はない筈だった。


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