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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第三四話 レスキュー

 アーケイン・スケープのメイジ達が、慌ただしく活動を始める。レイモンド自身は、指揮をとるために自分が魔術を使うことはないが、その分状況の変化に素早く対応できるよう、一瞬たりとも気を抜いてはいなかった。

「対弾防御陣、展開」

「最後尾車両に対し、展開しました」

「後方二両目、展開開始」

 声に出して連携をとりながら、メイジ達は各々が担当する役目を担い始める。レイモンドが号令をかける必要はなかった。各自、成すべきこととそのタイミングを、漏れなく把握している。皆、それだけのスペシャリストだ。

「転送班活動はじめ」

 別の場所から、指示が飛ぶ。その声に呼応して、ひとり、またひとりと、魔術師達がテレポートで消えて行った。救出対象の列車に飛んだのだ。

『始めたな、よし』

 コチョウも、その魔力を感知した。彼女の声も、心なしか満足そうだった。

『お前達も他の市民と合流しろ。ここは私一人で何とでもなる』

 そんな言葉も聞こえてきた。フェリーチェル達に向かって発した通信ではない。おそらくむこうの運転室に正規の操縦士達がいて、彼等に避難を呼びかけているのだ。

『リリエラ。お前の方も、乗組員を先に転送される市民に合流させろ』

『分かった。きついけど、私もこっちをなんとか宥めすかしてみるわ』

 リリエラとコチョウは、何だかんだと言って、うまく協力しているようだ。フェリーチェルが聞く限り、そんな風に感じられた。コチョウも、リリエラも、無駄な言葉は挟まず、状況の認識を合わせ続けた。

『速度が落ち始めている。リミットは三〇分ってとこだな。そのくらいで追いつかれる』

『了解。ってか、その辺は、アイアンリバーの頑張り次第だとは思うけど。どうなの?』

 リリエラが不意に通信の矛先をフェリーチェルに向け、フェリーチェルはコチョウ達の会話に聞き入りすぎてすぐに反応できなかった。

「え? あ。もうやってくれてるよ。順調。だと思う」

『おい。しっかりしろよ』

 気が抜けたようなフェリーチェルの答えに、コチョウに叱責を返す。フェリーチェルにしてみれば、自分があまりにも情けなくなる瞬間だった。

「ごめん」

『疲れているわね。それもそうでしょうけど』

 リリエラは気遣ってくれた。思いやりが、心に染みるようだった。

「ありがとう。でも、今は踏ん張り時だよね」

 とはいえ、コチョウの言うことも、口惜しいが正論だ。今はぼんやりしていていい時ではなかった。

「武装列車との距離はどう?」

 気持ちを入れ替え、フェリーチェルがレイモンドに確認する。その向こうでは、転送班の魔術師達の最後の一人が、テレポートで消えていくのが見えた。

「徐々に距離が詰まりつつあります。市民達の方の車両は、出力が落ちてきています」

 レイモンドの見立てでも、気休めの言葉は出なかった。彼は厳しい眼で、状況を見ていた。

「射程距離に捉えられるまでに、市民の移送は完了しないでしょう。あとは、市民達が何処までスムーズに避難してくれるか次第です。防御班の障壁も、無限には耐えられません」

 憶測は、楽観的とは言えなかった。

『まずはすぐに医療施設に収容する必要がある、重症、重傷の方々と、その看護の方々から優先的に転送します。そう言った方々を先に通してください』

 アーケイン・スケープのメイジ達による、市民の転送作業は既に始まっていた。対応は極めて迅速だった。転送の優先順位の基準も出来上がっている。彼等同士の連携をとるための通信は、アーケイン・スケープの専用通信で行われている為、混線の心配もなく、スムーズに会話が交わされていた。市民達に避難の指示をする声も、通信越しに、聞こえてきた。

 そんな中に、レイモンドが懸念の態度を見せた通り、トラブルが起きていると推測できる声も混ざっている。緊急事態なのも、自分達がマグニフィセントに殺されそうになっていることも、むこうの市民達は、既に知っているようだった。

『おい、青二才。ぶっ飛ばされたくなければ、俺達のファミリーを最優先にしろ』

 ごろつき達が凄んでいる声が、聞こえてきていた。明らかに捨てられるべくしてマーガレットフリートから捨てられた連中だ。そういう者達が混ざっていたとして、全く不思議はなかった。

 加えて言えば、アーケイン・スケープのメンバーの多くは学者肌で、外見ではとても猛者には見えない。さらに言えば、マーガレットフリートに限らず、多くのデザートライン社会において、魔術というものは、列車内の暮らしに特化した方向で歪に継承されてきたもので、そうでない、幅広く研鑽された魔術の恐ろしさというものを、理解できていなかったのだ。彼等がアーケイン・スケープの魔術師の恐ろしさを、正しく認識できなかったとして、仕方がないことだった。

『順番を待てないような人間は置いていく。そうなりたくなければ大人しく指示を待て』

 毅然と対応する、若いメイジの声も聞こえてくる。

『いいか、救助が必要な市民達が待っているからお前達のような連中に時間を割くつもりはない。説明は一度だから良く聞け。お前達が助かるかどうかは、私達の善意と親切に掛かっている。そんな相手を脅せばどうなるかを考えられるなら、そんな馬鹿な真似はしない筈だ。分かったら行け。皆の時間を浪費するな。お前達も助からなくなるぞ。それとも、今すぐ助けが必要なくなるようにされたいか』

 アーケイン・スケープの魔術師達は、一人の例外もなく高位の魔術師だ。その辺で粋がっているだけのごろつきなど、恐れるに足りない。連中が唾を吐きかけてくる前に、逆に消し炭に変えることも容易い。何人で囲まれようと、問題になる訳もなかった。

 そして、ごろつきというのは、脅して通る人間には強いが、それで屈しない相手には滅法弱いものだ。自分達の威圧がまったく通じていないばかりか、相手が余裕で威圧し返してきていると感じ取ったらしく、

『わ、分かった。置いていくな。本当にだぞ』

 すごすごと退散していったようだった。その結果がアイアンリバー側でも分かったのは、

『それでいい。炙り焼き(ローストチキン)になることを考えればただの臆病者チキンでいた方がましだと思え』

 と、魔術師が声を掛けているのが聞こえてきたからだった。その会話は、コチョウも聞いていたらしい。

『言うじゃないか。思ったよりやるな』

 そんな呟きが、フェリーチェルにも聞き取れた。

『意外に楽しんでいるのね』

 そういった様子のコチョウを、リリエラが不思議がった。

「あれで、けっこう人並みの感性は持ち合わせてるんだよ」

 フェリーチェルは、不思議なことじゃない、と答えておいた。ただ。

「ただ、倫理観の底が抜けてるだけで。そこがとてつもなく問題なんだけど」

 と。本気で、フェリーチェルはそう思うのだった。

『よく知っているのね』

「できれば知らない方が幸せなんだけどね。でも残念なことに、私は、すごく不幸なの」

 しっかり本人に聞かれているのだが、フェリーチェルはそんなことも意に介さず、リリエラに答えた。

『お前らな』

 勿論、コチョウが黙って済ませる筈がなかった。だが、彼女は最後まで文句を言いきらなかった。代わりに、

『砲弾が飛んで来るぞ。魔術師共にしっかりやらせろ』

 警告を発する。いよいよ、武装列車が、追いついてきたのだ。そのくらいまで、市民達が乗った列車の速度は落ちてしまっていた。そればっかりは仕方がない。出力が、落ち続けているのだ。

『無駄口を叩く余裕があるみたいだから、こっちの方はお前達で面倒を見ろ。私はやめた』

 そう告げて。コチョウは市民達が乗る列車を離れる意志を示した。

「こんな時に、どこ行くのよ」

 今度はフェリーチェルが文句を言ったが、

「もう列車の動力は駄目だ。勝手に止まるから、操縦はいらん。ここにいても仕方がない」

 コチョウはただ、淡々と答えた。

「問題は砲弾をやたらと飛ばされたくないってことだ。私はあっちを片付けに行く」

 つまりは、武装列車を襲撃すると言っているのだ。確かにコチョウならそのくらい容易い。フェリーチェルにも納得しかなかった。今にも停車しそうな程に減速し続けているのであれば、確かに安全に止める為の制御などしても無駄だ。適所適材と言えばその通りだった。

「あなたは本当に」

 暴力的なコチョウの結論は、今でも嫌いだ。

 フェリーチェルは、正直、賛成できなかったが、言っても無駄なことも、分かっていた。


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