第三三話 サイド・バイ・サイド
そこからのコチョウとフェリーチェルの連携は、実際に活動するアーケイン・スケープのメイジ達も、コチョウ側で手伝っているリリエラも舌を巻く程のものだった。
何しろ、周囲から見た二人は、互いの行動を、言葉にされる前に、完全に読み切っている状態だったのだ。
「魔術の距離、気持ち遠目に修正お願い」
フェリーチェルがアーケイン・スケープに指示を出せば、
『一秒待て。あと、三両目より四両目を先にしろ』
説明されてもいないうちに、コチョウも、フェリーチェルがメイジ達にテレポートさせようとしている先をぴたりと言い当てた。
実際、二人にとっては、不思議なことでも何でもなかった。コチョウが精神防御をせずに解放しているからだった。コチョウは超能力で心が読めるが、フェリーチェルも、同じ能力を持ち合わせている。互いに、テレパシーで互いの思考を読んだ方が、早いのだ。それでも敢えて二人が声に出して言葉も混ぜていたのは、周囲の者達に状況を知らせるためだった。
『あとどのくらいだ?』
ただでさえ、コチョウは皆まで言うのを面倒臭がり、周囲から何を考えているのか分からないことが多いのだ。言葉を発しなければ、それこそ要求を、そもそも何かを要求されているのだということを、他者が認識することは難しかった。
『そうね。このまま走らせたら、直壊れるわね』
リリエラも、そんなコチョウの要求を正しく把握できた自信はないものの、当て推量ながらその問いに答えようとは努力していた。
『だそうだ。急げよ』
「分かってるって」
対照的に、フェリーチェルが自分に対して言われていることを読み間違えることはない。もっとも、それが彼女にとって嬉しいことだという態度は、これっぽっちも見せなかった。コチョウと分かり合っているのだとは、思われたくないというのが、正直なところだ。
「行ける?」
だが、今はそんな我儘を通すべき時でもない。それはフェリーチェルにも分かっていた。あのコチョウですら真剣に協力しているのだ。余計な意地を張るものではない。
「はい。お任せを」
レイモンドが答える。彼もまた自分の役割を把握しており、メイジ達に対しての視線には、厳しさと信頼が入れ混じっていた。
「コチョウ、速度が安定してなさすぎる。魔術の距離を一定に保てない。なんとかして」
『なんとかってお前、気楽に言ってくれるな』
状況は楽観できない。コチョウが走らせているデザートラインは限界寸前で、なんとか宥めすかして走らせている状況だ。コチョウですら、あやすのに手を焼いていた。
『速度を落とせば可能だが、マグニフィセントに追いつかれるぞ』
「それはだめ。防御魔法にだって限界があるの」
コチョウに対するフェリーチェルの返答には遠慮がない。それを不満ととるか、信頼ととるかは、見る人によって印象が変わるところだろう。いずれにせよ、フェリーチェルはコチョウに対して、真っ向から要求を突き付けた。
『お前よりは知ってる』
コチョウが苦笑した。フェリーチェル自身は魔法が使えない。コチョウは使える。コチョウの言葉に嘘はなかった。
『遅いぞ。まだか』
と、魔術の焦点距離が安定しないという状況が分かっていながら、コチョウはそれでもさっさとやれと言わんばかりの無責任な態度を貫いた。
「ああもう」
フェリーチェルにも分かっている。
ぐずぐずしている暇はないのは事実で、すぐにでも救助に入らなければ手遅れになることも理解している。コチョウに指摘されるのは癪だが、言われていることに間違いはなかった。
「どう? やれる?」
もう一度、レイモンドに問い掛けた。今の安定しない状況で、なんとか魔術を保たせろと要求しているに等しかった。それは、自分でも分かっていたから、フェリーチェルの声には、若干うしろめたい気持ちが乗った。
「はい。お任せを」
レイモンドの答えは、先程と全く同一だった。彼はメイジ達に号令を掛け、
「距離の安定は待てません。今すぐ、救助のための防護魔法、転送魔法の行使の開始を」
難しいがやれ、と、アーケインスケープの威信をかけて命じた。
アーケイン・スケープにはかつて、威信などという高潔なものはなかった。かつてのリーダーは己の知的探求のみを重視し、それ故にアーケイン・スケープ自体も、どちらかといえば反社会的な集団だった。レイモンドは、その有り様を、苦々しく感じていたものだ。
そこに役目を与えてくれたのがフェリーチェルだ。メイジ達は、レイモンドが理想とした、意味がある目的をもって魔術の研究に取り組めるようになれたのだ。今、アーケイン・スケープは、研鑽してきた魔術の高度な技能を彼女に期待されている。できることを望まれているのであれば、やるだけだ。
「了解しました」
彼をリーダーと担ぎ活動しているメイジ達も、レイモンドと同じ目をしている。信頼に応えたいという想いと、その為に魔術を修めてきたのだという確固たる矜恃が、彼等の目を、出来る、という確信に輝かせていた。
当然のことだが、それは無策な蛮勇とは違う。彼等は智を貴び、学びを美学とするメイジ達だ。彼等の自信は、計算と発想に裏打ちされた確たる理論に基づく結論だった。
「防御陣、展開用意」
防御魔法班の班長が号令を発すれば、
「防御陣、展開用意はじめ。合図が来るまで展開を待機」
という回答がすぐにその部下から戻る。彼等の声には、迷いの糸はひと房もなかった。
「転送魔法陣、展開用意」
「転送魔法陣、いつでも展開可能です」
一方で、救出班もすぐに自分達の役目をはたすべく、魔法の発動準備を終える。防御陣の展開班の落ち着きとは真逆に、撃ちだされるのを待つ弾丸のように、動のエナジーをはちきれんばかりに溜め込んでいるようだった。
「準備よし。いつでも行けます」
両班を取り仕切るのは、当然レイモンドだ。彼は自分では号令を下さず、フェリーチェルに状況開始の号令を促した。彼の視線は、総責任者はフェリーチェルで、自分達はその駒に徹すると、だから、必要だと思うことは何でも命じてくれという無言の雄弁があった。
「ありがとう」
フェリーチェルは彼に礼を言い、
「始めるよ」
と、コチョウにも告げた。
『いいからさっさとしろ』
悪態を吐くコチョウの声も、若干安堵しているように聞こえた。コチョウでもいっぱいいっぱいなことはあるのだと、フェリーチェルはややおかしい気分を覚えた。勿論、コチョウとて全知全能という訳ではない。全く不思議な話ではなかった。
「はじめてください。目的は住民の救助。移送は、重傷者、重病人を最優先でお願い」
フェリーチェルも、彼等の自信に応えるべく、迷いを感じさせないよう、できる限り張った声で告げた。内心ではこの救助でマーガレットフリートとの関係悪化は避けられないことも分かっていて、それを思うと気が塞ぐようだったが、それでも、たとえ別の旅団の人々であっても、目の前で虐殺されようとする無辜の市民を、見過ごすことはできなかった。
「魔法陣展開開始を。皆、助けられるものと助けられないものの区別をしっかり持って住居に当たってください。左右戦は自分の身の安全の確保だということを忘れずに」
レイモンドも、部下達に言葉を掛ける。メイジ達は、一斉に、
「はい」
と返事をすると、すぐに自分達の役目を果たすべく、集中を始めた。
薄暗い車内を、色鮮やかなスパークと共に、魔法の光が明るく照らす。その光源は複雑な文様で、それらすべての形が魔術的な意味を持っていた。
文様は極めて細かく、多彩な図形や文字でびっしりと埋め尽くされている。それは見た目に美しいだけでなく、非情な高度で繊細な魔法を操っていることを示してもいた。称賛されるべき技術だった。
アーケイン・スケープでは、各自自らの理論に基づき魔術を研究しているが、辿り着く結論は奇妙な程に一致しているという。故に、彼等が操る魔術のひとつひとつが独自の魔法でありながら、その魔法のサインは、ほぼ差異を探し出すのが困難なレベルで、似通った図柄を描き出していた。
メイジ達の一部が、向こうでの活動の為に、テレポートの魔法を唱え始める。
「時間との勝負で、皆さんが頼りなのはそうだけど、くれぐれも、自身の命を顧みないような行動はしないでね。気を付けて救助にあたってね」
フェリーチェルは激そんな言葉で、彼等を送り出した。救助活動の間、彼女にできることは、報告を待つことだけだった。