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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第三二話 アーケイン・スケープ

 ――距離一五〇。

 ――方角NNW。

 僅かな光源だけがぼんやりと輝く室内で、幾人かの人間の声が上がっている。赤と金の糸で複雑な模様が縫われた、黒いローブを着た者達だった。

 そこはアイアンリバーの中でも、限られた者しか立ち入らない場所で、一般の市民には用のない場所でもあった。勿論、今この場所で活動している者達にとっても、普段はめったに用がない場所という意味では同じだった。

「皆、今回も陛下の期待に応えられるよう、力を尽くしてくれ。皆の思いの強さと真摯さを疑う訳ではないが、それでも尚足りぬ罪と恩があることは、皆も分かっていることだと思う。我等は、先代のリーダーであったアリオスティーンの怠慢と傲慢に、疑問と嫌悪を覚えつつも、その方針に異を唱えて戦うことができなかった。陛下はそれ故に命の危険にまで晒された。それは我々が偽ることができない永劫の罪であり、我々は贖い続けなければならない。そして、そんな我々に、これまでと同じ組織を名乗り、人々の為に今度こそ活動するという誓いを信じてくださった。我々が悪かったのではないと、許してくださったのだ。その恩にも、絶えず答えねばならないぞ」

 熱弁を振るうのは、現在のアーケインスケ―プを束ねている、レイモンド・クロックという男だ。まだ若く、ともすれば自分の熱量で暴走しそうな危うさも見て取れるが、それだけに、熱意と信念は本物だった。

「そう言って貰えるのはありがたいんだけど、本人が居合わせてる時は控えてほしいかな」

 彼の傍で、若い女性の声が上がる。魔法デバイスではなく、人形のままの、正真正銘のフェリーチェルがそこにいた。

 今回のデザートライン保護の要は彼等アーケイン・スケープの魔術師達だ。逃走を続けている列車の走行速度は武装列車よりも速く、砲撃の射程からは目下のところ逃れてはいるらしいが、同時に、逃走している列車は古く、いつ止まってしまうかもしれない程老朽化していることが、アイアンリバーからの観測でも確認されていた。

 無理な走行を続けさせては危険だ。フェリーチェルはそう判断し、アーケイン・スケープのメイジ達に逃走中のデザートラインを一時的に保護させ、その間に、中の住民をアイアンリバーに転送させようと考えていた。空になったデザートラインであれば、マーガレットフリートの好きにすればいい、というのが、フェリーチェルの意志だ。議会もそれに賛同しており、アイアンリバーは、現在起こっている、本来マーガレットフリート内部の問題でしかない事件に介入を決めた。

「通信できるのかな」

 フェリーチェルがレイモンドに問い掛けると、

「今しばらくお待ちを」

 と、レイモンドはすぐに答えた。ただ皆を鼓舞する演説を語っていただけではなく、この男も、状況の把握はしっかりやっていた。

 既に防護魔法の展開班と、市民の転送班の編成も済んでいる。それプラス、状況の変化を観測する為の班もおり、アーケイン・スケープは大きく三班に編成されていた。それぞれ人数は一〇人にも満たないが、皆、高位の魔術師達ばかりだ。その少人数でも、それぞれの班が、十分な能力を確保できているのだった。

「相対距離一二〇になったら教えてくれ。女帝陛下が逃走中の列車と交信される」

 レイモンドが観測班に頼む。

「了解。現在一三五です」

 との回答が、観測班の一人から、打てば響くように返って来た。士気は高い。

 彼等が詰めている部屋は暗い。室内が明るいと、観測具の表示が見づらいからだ。水晶球に光で映し出される為、部屋の照明や外の光源があると、水晶球の表面に映り込みや反射が起きてしまい、内側の表示が見えない。

「一三〇、一二九、一二八」

 カウントダウンを、観測班が発し続ける。相対距離を読み上げている声が、閉鎖空間にいやに大きく聞こえた。

 防護班と転送班はまだ待機中だ。とはいえ、彼等は、交信後すぐに行動できるよう、常に動ける準備はできていた。

「一二〇。どうぞ」

 という声に。

「こちらはアイアンリバー。単独走行中のマーガレットフリートのデザートラインへ呼びかけています。聞こえますか?」

 フェリーチェルはすぐに、逃走中の列車に呼び掛けを行った。すると、返事はすぐに会ったのだが。

『ああ。聞きたくない声が、良く聞こえるぞ。そう大声を張り上げるんじゃない、煩いぞ』

 内容は酷いもので、助けてやろうというのが分かっていないかのように、文句たらたらだった。

「え、コチョウ?」

 これに言葉を失ったのは、フェリーチェルの方だ。流石にそれは想定していなかった。

「あなた何やってるのよ」

『悪いかよ』

 コチョウはそんな風に小馬鹿にしたような含み笑いを返すが、

『無駄話をしている場合じゃないでしょうに』

 リリエラの声がそれに混じった。いよいよもって、フェリーチェルの頭の中は大混乱だった。

「何? 何なのこの状況」

『この列車はあなたも知っての通りマーガレットフリートのもの。老朽化しすぎて、要らないと判断された、他の列車に収容しきれない市民達と一緒に棄てられて、マーガレットフリートの汚物処理部隊に爆破されそうになっているの。その無体から市民達を逃がす為に、今はこうしてオンボロをなんとかなだめすかして走らせているけど、限界は近い。状況はそれで全部よ』

 コチョウに任せていたらいつまで経っても説明をはじめないだろうと考えたらしく、リリエラが一気に状況を捲し立てた。

『加えて裏事情を話すなら、この列車を破壊するのに、砲弾を大量に仕掛けようとしてたんだけど、そんな真似をされても困るの。列車を解体するのは構わないんだけど、砲弾で爆破は、兎に角駄目なの』

「何だかよく分からないけど」

 と、本音を漏らしてから、

「兎に角状況は理解したよ。もうすこし相対距離を近づけたら、まず、こちらの魔法使い達が、その列車の周りに展開する。それが済んだら、別の魔法使い達が、そちらの市民達をこちらの列車に転送する為に、そちらの車内にテレポートするから。全員収容が済んだら、その列車はあなたの好きにして、コチョウ」

 と、これからの市民の救出の段取りを説明した。それに対し、コチョウが答えた。

『マーガレットフリートから文句が付くな。市民の引き渡しは、突っぱねるつもりか?』

 という確認だった。これからフェリーチェル達がしようとしている意味が分かっているのかの確認だ。当然、そのくらい、フェリーチェルも、議会も分かっていた。

「当然。こちらからも、市民の扱いを非難する声明を叩きつけることになるね」

 と、フェリーチェルは認めた。つまり、アイアンリバーと、マーガレットフリート間の戦争になる。

『そうか。なら、砲弾から身を守るんじゃなくて、砲弾を無効化する魔法を、魔術師共に開発させておけ。そうしないと、取り返しがつかんことになる。覚えておけ』

 言葉は濁したが、コチョウが言う取り返しがつかないこと、の意味は、正しくフェリーチェルにも伝わった。だから、自然と反応は笑い声になった。

「そう。じゃ、朗報を答えておくよ。それなら、もうある。今回の障壁も、それだから」

 すると。

『上出来だ。でかした』

 コチョウも、珍しく素直に笑った。

『よし、中の人間共のことは任せた。私の目的はこいつを爆破させないことだけだ』

「成程、利害は一致してるってことね」

 そういうことなら分かりやすい。フェリーチェルも、ひとまず、コチョウが気紛れで敵に回ることはないと、安心した。

「本当、味方だと思うと頼もし……そうでもないかも」

 頼もしい、と、コチョウに対して言いかけ、フェリーチェルは苦笑いでその言葉を打ち消した。やっぱり頼りたくない、そう思う心のブレーキが働いたのだった。コチョウは、例え味方だったとしても、見るに堪えないやり方を、往々にしてとるからだ。余程腹を立てている時であれば別だが、フェリーチェルはコチョウに頼っては駄目だと感じるのだ。

「兎に角、やるよ。こっちはこっちのタイミングで勝手にやるから、あなたが合わせて」

 そのくらい言っても、コチョウには言い足りない。フェリーチェルの中では、コチョウはそういう扱いだった。

『お前達が私に合わせろったって無理難題だろう? 選択肢は最初からないと思ってる』

 コチョウも負けじと言い返してきた。コチョウらしい受け答えに、フェリーチェルは自分の緊張がほぐれていくのを感じた。なんだかんだ言って、これからやることに、不安はある。フェリーチェルは短く告げた。

「そうだね。始めるよ」

『さっさとやれ』

 コチョウの言い方は、相変わらずだった。


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