第二九話 スタック
生き残ったシャリールの仲間達は、結局、僅かに五体という頭数に過ぎない有様だった。ただでさえギャスターグの一党の直接攻撃で半壊状態だった彼女達は、二段構えの置き土産によって事実上壊滅したといっていい被害を被った。
「人を運べそうなモンスターは、お前を入れて三体か。五人が精々ってとこだな」
コチョウは、そう、状況を分析した。シャリールに対する遠慮も配慮もない態度は酷いものだったが、シャリールに冷静さを保たせる助けにもなった。
「はい」
シャリールが頷く。コチョウが語る、ひとが運べそうなモンスター、というのは、スフィンクスであるシャリール本人と、グリフォンとペガサスが一体ずつだった。
残り二体は、一体が大烏で、もう一体がセイレーンだった。マールは助からなかったが、エニラは生き残った。運命の悪戯ともいえるその差が何処にあったのかは、誰にも分からなかった。
「シャリールさま」
再びシャリールに追いついてきたエニラが震える声で告げる。
「私、もう一回、頑張るから」
マールの分まで、とは言わなかった。そういう言い方をすると、シャリールが責任を感じ、気に病むと、知っているからだった。
「ありがとう」
頷くシャリールの頭の上から、
「お前達、降下しすぎるな。少し待て」
唐突に、コチョウが離れた。一人だけ先行し、地上を目指した。シャリール達を置き去りにし、コチョウは一色線に、まるで自然落下のように、真っ逆さまに地上へと急いだ。
「まったく。間の悪い」
ぼやきも漏れる。真っ直ぐに彼女が見据えた地上では、一編成のデザートラインが、トラブルを起こして立ち往生していた。車両の周囲を大勢のパペットレイスが取り囲み、その人影の傍らには、砲弾を治めた弾薬箱が積み上げられている。どうやら、廃棄工作をこれからしようというところのようだった。
さらに面倒なことに、明らかに対デザートライン戦闘車両と分かる列車が、目敏く発見したのか、向かってきているのも見えた。砲弾をこの車両に浴びせられるのは、コチョウとしても、見過ごせない。大規模な汚染などはない筈だが、こういった細かいダメージが、世界を滅亡へと追い立てるのだ。見て見ぬふりはできなかった。
「碌でもない奴等め」
と、呟くコチョウに対し、
「奴等、マグニフィセント」
という声が浴びせられた。コチョウには待っていろと言われたものの、リリエラと、彼女を乗せたシャリールだけが追いかけてきたのだ。
「あれはマーガレットフリートの車両よ」
というのが、リリエラが追いかけてきた理由だった。彼女としても、無視できなかったのだ。
「まだ中に市民がいる。市民ごと爆破するつもりよ、あいつら。他の車両に収容しきれなかった市民が取り残されているのだと思うわ」
マーガレットフリートならやりかねない、と、リリエラも知っていた。そういう非人道な粛清をするのも、マグニフィセントの役目のひとつだ。
「屑だな」
コチョウは笑った。正直、中の市民達がどうなろうと知ったことではないと言いたかったが、立ち往生させていればいつかは砲弾の餌食になる。まだ走れるのであれば、装甲させる為の人間達が必要になることも認めざるを得ない事実だった。
「お前達、奴等を止められるか?」
来てしまったものは仕方がない。止める意志がある者なら、誰でも利用するのがコチョウの主義だ。彼女はリリエラ達に、立ち往生している方の車両の工作を妨害できるかを尋ねた。
「マグニフィセントと直接対決だと、ちょっと多勢に無勢。でも、上空から爆破用の砲弾を無効化するだけならできると思う」
「上出来だ、やれ。市民を見殺しにしたくないってなら、お前達も働け」
コチョウは、その間に戦闘車両を破壊しようというつもりだった。
「待って」
しかし、それを不要だとリリエラが止める。
「あれはマグニフィセントの重砲撃列車。下手に手を出すと泥沼になるわ。その代わり、走れればこっちの方が走力は高い。この距離なら、すぐに動かせば逃げ切れる」
「成程?」
半分問うように、コチョウは頷いた。であれば、別の手分けが妥当だとすぐに思考を切り替える。
「お前は動力を見ろ。こっちは操縦室に回る」
「了解」
それで話はついた。コチョウは操縦室へ。リリエラを乗せたシャリールは魔法炉の制御室へと向かった。当然、彼女達はすぐにマグニフィセントに見つかったが、コチョウの速度にパペットレイスが反応できる筈もなく、
リリエラも勝手を熟知しているように、マグニフィセントは相手をせずに、車両上部のメンテナンスハッチを開け、車内へとやすやすと侵入を果たした。生憎シャリールの大きさではハッチを潜れなかった為、リリエラをデザートラインの屋根に降ろした後、シャリールだけは上空に退避した。
「おい」
操縦室に飛び込むなり、中の人間達にコチョウが声を掛ける。破壊工作が行われようとしているデザートラインだが、操縦士達はまだ再走行を諦めていなかったらしく、操縦室は無人ではなかった。室内にいたのは、メイン操縦士一人と、その補助をするサブ操縦士二人だった。
「動力管の弁は何番まである?」
という問いかけに。だが、操縦士達は、いきなり現れたフェアリーに呆気にとられるばかりで、まともに答えられる者はいなかった。
「ええい、どけ」
自分で見た方が早い。コチョウは車両全体の乗降ドアのスイッチをロックに切り替えながら、操縦パネルとメイン操縦士と思われる人間の間に無理矢理自分の体をねじ込んだ。
ドアをロックしておけばしばらくは時間が稼げる筈だが、いずれ車外のマグニフィセント達が入り込むだろう。悠長に時間をかけている暇はなかった。
「一番、二番……一四か」
と、確認し、コチョウは動力室との交信球に呼びかけた。
「リリエラ、いるな? 一、二、四、七、九番のバルブを閉じる」
コチョウが呼びかける。返答はすぐに返って来た。
『了解。八と一〇も怪しいわね。三と五、一一以降をメインで流すわ』
デザートラインもケミカルマンシー技術を応用している。リリエラも状態を理解できるのは幸いだった。効率的に手分けし、二人はトラブルを起こしている動力システムを切り離し、出力不足を解消する対処を、手際よく進めた。
「走るのか?」
背後から、操縦士の、不安半分、期待半分の声が上がる。コチョウは振り向かずに答えた。
「これならまだ何とかな。工作班に殺されたくなけりゃ、私がいいと言ったら、走らせろ」
そうは言っても、デザートラインの走行システムは精密魔法装置だ。安全確認なしには動かす訳にはいかない。
「五番の魔力流量が十分に上がらないな。閉める」
『分かったわ。一一番もお願い。純度がまずそう。全速力では走れないかも知れないけど』
返答するリリエラの声に、焦燥が混ざった。コチョウにも気持ちは分かった。思ったよりも、確かに、状態が悪い。
「走らないんじゃ意味がないからな」
その不満を紛らわすように、コチョウが笑い飛ばすと、
『そういうこと』
と、リリエラの笑い声も返って来た。
『オーケイ、行けるわ。安定した』
そして、聞こえてくる声色が、安堵に代わる。
「でかした」
コチョウは短く返答し、操縦パネルの前を操縦士に譲った。
「行け、走らせろ。まだ間に合う。砲撃車両から逃げろ」
コチョウの指示に従い、メイン操縦士たちが、室内の仲間に頷いた。
「動かす。やるぞ!」
「いつでもやってくれ」
室内の、サブ操縦士達は、すでに配置についていつでも発車できる準備を整えていた。
「安全点呼省略。発車」
メイン操縦士の声とともに。
立ち往生していたデザートラインは、再びその車輪を回し始めた。振動で、そのことが、室内の皆にも伝わってきた。
「車外部に人がとりついている警告」
サブ操縦士の一人が告げるが、
「どうせ外道共だ。振り落とすぞ!」
メイン操縦士は、迷わず跳ね飛ばす方を選んだ。
サブ操縦士達からも、異論は出ない。マグニフィセント達を置き去りにして、デザートラインは、その場を、逃走した。