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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第二八話 ヘッド・ウインド

 コチョウとリリエラの会話が途切れる。

 それを待っていたように、シャリールがコチョウに意識を向けた。

「何処へ向かえば良いですか?」

 仲間達がシャリールの傍まで飛んでくる前に、行先を決めたいとでも告げるように、シャリールはコチョウに答えを求めた。

 その理由に、リリエラが気付くことも容易だった。向かってくるシャリールの仲間達は誰も彼もが傷だらけで、シャリールが生き残ったことへの喜びの中にも、失った仲間達への悲しみの感情が混ざっている様子が見て取れたからだ。シャリールは、それをすべて受け止めるには、おそらく繊細過ぎるのだろう。

 コロニーにいる、魔法銀中毒を起こしている患者たちのことを聞ける雰囲気ではなかった。リリエラは口を閉ざし、

「……」

 シャリールは彼女達を見捨てる決断をしたのだと理解しようと努めた。ギャスターグの一党の襲撃を一度受けただけで半壊しかけた今のシャリール達に、彼女達まで守る余裕はなかった。

「世界の崩壊に対して集ったと言えば聞こえはいいですが、ただ死にたくないだけの集まりです」

 自虐的に、シャリールが囁くような声を上げる。コチョウはどうでもいいのか、聞いているのか聞いていないのか分からない態度で、踏ん反り返っていた。

「実際には、一人では生きられない弱いモンスター同士、狭い肩身を寄せ合っているにすぎません」

 コチョウの態度を、シャリールが気にした風もない。今更、と考えているのかもしれなかった。シャリールはコチョウのことをある程度理解しているようだった。

「ふぁあああ」

 興味がなさそうにコチョウは大欠伸を押し殺しもせず、

「まずは下だ。地上へ降りろ」

 と、ようやくのように随分前にシャリールに聞かれた質問に答えた。

「分かりました」

 頷きつつも。

「お疲れですね」

 コチョウにしては奇妙な欠伸だと言いたげに、シャリールがそちらの方を気にした様子を見せた。

「まあな。いろいろある。私だって、何でもかんでも、知らん、で通せるって訳じゃない」

 面倒臭げに、コチョウが笑う。その笑い声に、シャリールはむしろ納得の声を漏らした。

「分かります。あなたはあの時、私のことも、知らない、とは言わなかったですから」

「そうだな。気の迷いって奴さ。雰囲気と勢いで生きてるとな。そういうことが多々ある」

 とも、コチョウは笑った。自覚はあるのだ。面倒臭いと言いつつ、何となくだが、相手が捨て置けない時が、ままある。

「お前も気を付けろよ?」

 シャリールに言うコチョウは、ただ、何処か満足げだった。

「ノリと勢いで生きられる程、自分に自信がありません」

 反対に、シャリールには苦笑しか出ない。高度を下げつつ、彼女は長く、自嘲気味のため息を吐いた。

「そういう意味では、あなたが羨ましいです。あなたになりたいとは、絶対に思いませんが」

「ああ、やめとけ。碌なもんじゃない」

 分かっていながら、辞めるつもりがないのもコチョウだ。彼女は一度進み始めた道を戻るということを考えない。元来、負けず嫌いなのだ。諦めが悪いともいう。

「さて、そろそろかもな。覚悟はできているな」

 唐突に、コチョウは、少なくともリリエラには理解できない宣告を口にした。だが、その言葉に対し、

「はい」

 と、シャリールは、理解できているように頷いた。彼女は一度だけ自分の傍をついてくるエニラとマールを流し見て、

「ごめんなさい」

 と、謝った。

「ううん」

「あやまらないで」

 二人も頷く。そして、エニラとマールはついてくるのをやめ、シャリールから離れて行った。

「何? どうしたの?」

 リリエラには何が起きているのか分からない。困惑するしかない彼女の視界の片隅で、しかし、現実に、それは起こった。

 それは唐突な出来事だった。

 そして、一瞬のことでもあった。

「困ったもんだ」

 コチョウが呟き、

「どうにもならなかったのですよね」

 シャリールが、コチョウに同調した。

 その声が途切れたのとほぼ同時に、シャリールの仲間達のほとんどが、内部から何かが爆発するように、肉片と骨片、そして血飛沫を撒き散らして、破裂した。

「流石にな」

 頭上に広がっている凄惨な光景に対しても、たいしたことではないという声色でコチョウが認める。現実問題、確実に死ぬと分かっている相手に彼女が期待することは何もないし、いちいち気にしているような性格でもなかった。

「なかなか遠慮のない手を使うのは、むしろ好感が持てるな。狂ってる奴等は好きだ」

 とまで、笑った。そもそも、コチョウにとって、他人の命に重さなど、塵芥よりも軽かった。

「私が手下にするなら、お前達よりむしろあいつらだな」

 とはいえ、だ。

「アイアンリバーはあいつらを受け入れないし、あいつらが人間に協力するとも思えん」

 それでは意味がなかった。考えなくても分かる。フェリーチェル達とギャスターグの一党は水と油だ。

「私も、肉食性爆妖を飼っている者達の神経など、理解したいとは思えません」

 肉食性爆妖カーニヴォラス・エクスプローシブというのは、一種の魔法生物だ。普段は豆粒大しかない、極めて視認性の低いモンスターで、ターゲットの細かい傷から身体に潜り込み、相手の肉を食らいながら肥大化していき、限界を迎えると相手の中で爆発するという非人道兵器のような人造の怪物でもある。炸裂すればほぼ間違いなくターゲットを破裂させ、爆死に至らしめるが、小さすぎるがゆえに、体内にいる肉食性爆妖だけを消滅させることは、至難の業と言えた。本当にコチョウでも手の施しようがなかったのだ。

「ああ」

 と、シャリールが悲嘆の声を漏らす。すぐ近くで、破裂音が上がったのとほぼ同時だった。爆死したのは、マールだった。

「これは……酷いわ。酷すぎる」

 リリエラも怒りを感じずにはいられなかったが、怒りをぶつけるべき矛先は、視界に見える範囲には、いなかった。カーニヴォラス・エクスプローシブは自然増殖するようなモンスターでも、野性で生きられるモンスターでもない。自然に食らいついてくる筈がなく、植え付けたのは、間違いなくギャスターグの一党だと、リリエラの目にも明らかに思えた。

「最悪の連中ね」

 と評する他ない。彼女は、次に遭遇した時には、何とかギャスターグ本人を討伐する方法はないものかと、思いを巡らした。

「困ったことに、割合、強いのです。こんな手を使わなくとも」

 まともに当たったら、自分では勝ち目がないと、シャリールは口惜しそうに語る。それは間違いないだろうと、リリエラにも理解できた。

「殺してくれればよかったのに」

 彼女は本気でコチョウにそう感じた。そして、同時に、リリエラは、フェリーチェルから告げられた、コチョウに執心するのはお勧めしないという言葉の意味を、理解できる気がしはじめていた。一時はその力強さに憧憬も覚えたが、これは違う、という思いも、今は芽生え始めていた。

「何でいちいち砂粒を捨てなきゃならん。私にそんな面倒を背負い込んでる時間はない」

 コチョウの態度は取り付く島もない。そもそも、コチョウからすれば、ギャスターグ程度の障害も取り除けないような連中しかいないのであれば、世界は滅んで当然だとしか言いようがなかった。

 リリエラはそんな勝手な、と言い返したくなったが、

「ですよね」

 シャリールは、コチョウに理解を示した。

 徐々に、破裂音は聞こえなくなってきていた。粉微塵と散ったモンスター達は数多いが、全滅した訳でもなかった。やがて破裂音が完全に止むと、生き残った僅かなモンスター達が、それでもなお、シャリールの傍へと集まってきた。

「お前、思ったよりもやるな」

 コチョウは、その光景を、シャリールの能力の高さだと認識した。ほとんどの同胞が散るのを目の当たりにしながら、それでもシャリールを彼等が信じているのを、率直に称賛した。シャリールは、違うと言ったが。

「皆の心が強いだけです。私の力ではなく」

「お前なあ……まあ、好きにしろ」

 言いたいことはありそうだったが、コチョウは、結局、放っておくことに決めた。

 空には、強い向かい風が吹いていた。


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