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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第二六話 デス・トラップ

 シャリールは、すぐに敵前へと飛び立った。

 彼女は仲間達を生贄に隠れるような素振りも、怯えの為に躊躇うこともなく、ギャスターグ一党の要求通りに、自らの身を彼等の前に投じた。

 その背には、ギャスターグ一党のモンスター達からすれば、見覚えのない人物の姿がある。リリエラだった。彼女はシャリールから言われた、逃げろ、という言葉を拒否し、

「シャリールが戦うのであれば、私も戦うわ」

 と、宣言したのだった。

 敵味方の見分けはリリエラにもすぐについた。シャリールの仲間達は色鮮やかな姿をしているのに対し、敵方は、色彩を拒絶したかのような漆黒のモンスター達だったからだ。まるで皮肉めいた話のようだが、ギャスターグ一党のモンスターは、種族こそ統一されている訳ではなかったものの、恐ろしく似通った雰囲気の、悪魔的な外見をしていた。

「総崩れね」

 戦況は、リリエラもそう評するしかなかった。わざわざ出向くまでもなかったのではないかと、リリエラには疑問に思える程、すぐ傍までギャスターグの一党に近くまで、深く、攻め込まれていた。

「当然です。こっちは皆、できれば戦いたくないんですから」

 モンスターのすべてが好戦的な訳ではないと言いたげに、シャリールが答える。彼女は、周囲の、まだ飛べる味方モンスター達に、

「逃げられるうちに逃げてください。あなた達が壊滅することは、避けねばなりません」

 速やかな逃走を促した。シャリールは自分が生き残ることよりも、味方が一人でも多く逃げおおせられる方が重要なのだと言いたげで、味方が壊滅したのでは、シャリール本人が生き残っても意味がないと意識しているようでもあった。

「ギャスターグ」

 シャリールは墨染めのモンスター達の中に、一体だけ僅かに双眸だけに朱の混じるモンスターを見つけ、そちらへと翼を向ける。剛の筋肉をはちきれんばかりに誇る、背に鴉の翼をもった巨躯の男が、腕組みをして待ち構えていた。

「ふん。仲間の為に命を捨てるか。貴様らしい」

 もともと逆立ったような眉をぴくりとも動かさず、ギャスターグは太い声を吐いた。

「仲間の為じゃありません。世界の為に必要だと信じるからです」

 真正面から、シャリールは即答する。彼女が小刻みに震えているのが、背に乗ったリリエラにも、振動として伝わってきた。

 怖いのだ。

 当然だろう。それだけの威圧感を、ギャスターグは放っていた。目の前にしてみて、おそらくシャリールとギャスターグではまともな勝負にすらならないのだろうという確信を、リリエラも得た。

「……」

 自分はどうか。敢えてそれをリリエラはシャリールにも伝えなかった。シャリールが落ちれば、どの道、リリエラも一蓮托生だ。

「ふん。何とでも好きなように言葉を弄するがいい。お前の命運は、既に俺達の手中だ」

 鼻で笑い、ギャスターグが腕組みを解いて仲間に腕だけで合図を送る。無言の指示に彼の同胞達は求められていることを瞬時に把握し、シャリールの逃げ道を封じる為に取り囲んだ。同時に、ギャスターグの後ろに、エニラとマールを捕らえた者達が並んだ。エニラとマールは、それぞれ二人掛かりで肩を抱えられており、量の翼を、縄で縛られていた。暴れて逃れようにも、あれでは飛べない。そもそも二人はぐったりしていて、気を失っているようでもあった。

「分かるな?」

 皆まで言わずとも、要求は理解できるだろう、とギャスターグは顎で態度を示す。その言葉にシャリールは頷き、観念したようにそのまま俯いた。

「やれ。殺せ」

 ギャスターグも問答をするつもりを見せなかった。無条件でシャリールを殺せと、周囲の者に命じた。

 ギャスターグの周囲の数体のモンスター達がその指示に応じた。ある者は距離をおいて火や冷気を吐き、ある者は肉薄して己の五体でシャリールを襲った。シャリールはゆっくりと羽ばたいて浮き、抵抗の素振りも見せなかった。

「……ふん」

 だが、すべてのモンスターの攻撃は届かなかった。肉弾戦を挑んだ者は何か得体のしれない痛みに怯み、火は弾け、冷気は泡のように消えて行った。

「やはりな」

 ギャスターグが頷いた。最初からそうなると悟っていたように、また短く鼻にかかった笑いを漏らす。

「背の人間か。なかなか小賢しい罠だな」

 ギャスターグには人間と、有機体型のパペットレイスの区別がつかなかったのだ。リリエラのことを、彼はそう呼んだ。リリエラ自身も訂正する気にもなれず、口を開かずに黙っていた。腐食ガスを球状にして保持するような術はケミカルマンシーにはないが、一度彼女が造り出したそれを、魔術的な力をもつスフィンクスであるシャリールが代わりに保持しておくことはできる。二人で協力すれば、目に見えない障壁をあらかじめ用意しておくことはできた。

 時間稼ぎに過ぎないことはリリエラやシャリールにも分かっている。エニラとマールが人質にとられている以上、露呈してしまえば、

「解け」

 というギャスターグの要求を跳ね除けることは、できない。

 ギャスターグにもそれが分かっているからこそ、手勢に攻撃を命じられたのだ。罠の存在を確信していた故に、それを確かめる為だ。

 その僅かな時間を、リリエラが稼ごうとした目的はギャスターグには分からない。それでも、シャリールが何を考え、僅かな時間でも稼ごうとしたのかは理解できていた。

「お前の仲間は全滅する。この程度の時間稼ぎで、連中に遠くへ逃げられることはない」

 シャリールが、腐食ガスのベールを解くのを、冷酷にギャスターグは待った。人質がいるのだ。勝利が揺らぐことはない。しかし、シャリールの背に乗った人間が何を考えているのかが分からないのは不気味だ。交戦的でありながらも、ギャスターグは、同時に、用心深さも兼ね備えていた。

「ついでに、そいつを背から落とせ」

 とも、ギャスターグは、シャリールに要求した。勿論それを拒否することはシャリールにはできず、

「あなたが心を痛めることはないわ」

 それが分かっていたから、シャリールが振り落とすのを躊躇う前に、リリエラは彼女の背から、自ら飛び降りた。

 足元には浮遊島はなく、地上は遥かに下だ。飛び降りて、生き残れる筈もないことくらい、リリエラも理解していた。

 小さく頷く。リリエラの目は死んではいない。絶望に打ちひしがれた顔ではなく、むしろ、策に掛かったと言いたげな顔を、ギャスターグに向けた。

「奴を殺せ!」

 その視線に気付き、ギャスターグは手勢にシャリールではなく、リリエラを狙えと命じた。モンスター達が火を吐き、落ちていくリリエラを狙う。そしてそれが彼女に当たる寸前に、

「こんな雑な信号で、私の注意を引こうとしやがって。思いのほか図太いな、お前」

 愉快そうな声で不満を告げる何者かに阻まれ、モンスターの攻撃は正確に跳ね返された。飛んできた以上の速度でモンスター達を襲う火の玉は、耐性のある者には効かなかったが、それも、反射した人物にとってはどうでもいいことのようだった。

「何だ」

 ギャスターグにも、彼の手勢にも、それを成した者の姿が見えない。それなりの距離をリリエラが落下し、そして、現れた人物が、あまりにも小さすぎた。

「その声」

 シャリールは、しっかりと、彼女の声を覚えていた。何しろ、ずっと探していて、見つけることができていなかった相手だったのだ。忘れる筈もなかった。

「あん? ああ。探されてるのは分かってたがな。お前以外の奴だったから、無視した」

 笑うのは、一人のフェアリーだ。現れたのは、他でもなく、コチョウだった。

「何者だ」

 その存在を、ギャスターグは知らなかった。彼女を前に、知らない、ということが、どれ程に恐ろしいことか。それをすぐにギャスターグ一党は思い知ることになった。

「は?」

 困惑はしていた。見えない相手を探し、唐突に現れたコチョウへの警戒が足りていなかったのも確かだ。しかしながら、それが長すぎる時間の混乱だったというのは、酷かもしれない。彼等はコチョウを知らなかった。

 モンスターの首が、纏めて一〇個単位で刎ねられる。コチョウは俊敏で、容赦がなく、ギャスターグ以上に冷酷だった。

「何が」

 状況をギャスターグが理解しようとした時には、彼の手勢は壊滅していた。突然現れた無数の漆黒の刃が、一切の慈悲もなく命を刈りとったのだ。手勢が倒されたことに気付いた時には、死を告げる姿は、眼前にあった。


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