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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第二五話 レイド・イン・ザ・スカイ

 コチョウが、世界にダメージを与え続ける略奪旅団の駆逐の為にアイアンリバーを去り。

 フェリーチェルが、コチョウから知らされた世界のタイムリミットに対して、アイアンリバーをどのように導くのかの態度に苦悩を続け。

 アンがマーガレットフリートでの身分をひととき忘れることにして、アイアンリバーの農村列車で働き口を見つけた頃。

 即ち、コラプスドエニーが、荒れ果てた原初の時代に帰ろうとしている中、ほとんど誰もそれを止める為の直接行動に踏み切れていないのが、現状だったのだが。

 彼女達の遥か頭上、空に残された浮遊大陸では、既に状況は、人知れず動き始めていた。

 コアアイランド。その小さな浮遊島は、かつての人類にそう呼ばれた。シャリール達も、それに倣い、自分達の住処をそう呼んでいる。

 状況の変化をいち早く察知したのは、シャリールを中心とする、その、コアアイランドに集うモンスターだった。

「シャリールさま!」

「シャリールさまあ!」

 早朝から、騒々しい声を上げたエニラとマールによって、状況の変化の報せは、シャリールの、まだ半分寝ぼけたままの耳に届けられた。

「昨日の夕方、ギャスターグ一党が、アイアンリバーを襲撃したそうですう!」

 その報告自体は、それ程大騒ぎをする程のことか、と疑問を抱くことが当然の話だ。地上にもモンスターは少数ながらいるもので、頻発することはないとはいえ、モンスターがデザートラインを襲撃することがない訳でもない。

「何ですって……」

 だが、その報せに、シャリールもまた頭を抱えんばかりに狼狽えた姿を見せた。丁度その時、リリエラもシャリールの寝床の近くの部屋にいて、その姿を目の当たりにすることになった。

「何ということを……本当ですか?」

 困り果てた様子で、寝床にしている獣の毛皮製のマットの上で、シャリールがスフィンクスの上半身をもたげて問う。彼女は建物の中ではなく、一軒のビルの裏手にあたる、裏庭のような場所を、自分の寝床としていた。

「はい」

 それだけに、エニラとマールも、建物の中を通ってではなく、直接シャリールの頭上から舞い降りて行った。

 リリエラは、ちょうどその手前の建物に寝室をあてがわれていて、部屋の窓越しに、シャリールと、エニラ達のやりとりを見ることができた。

「被害は?」

「ちょっかいを掛けた程度で、双方に被害はなかったみたいです」

 エニラの報告によれば、アイアンリバーを襲ったモンスター達は、冒険者達の迎撃準備が最初から整っていたのをみるや、からかうように上空を掠めて飛んだだけで、攻撃はせずにすぐに退いたそうだ。だが、姿をしっかり見られたことは確かで、モンスターがアイアンリバーを襲撃したという事実が消えることはないだろうと、シャリールは苦渋の表情を見せた。

「ギャスターグ一党っていうのは?」

 リリエラは黙っていることができず、部屋の窓から半ば身を乗り出してシャリールを見下ろした。そんな彼女を見上げ、シャリールは困り果てた笑みを返した。

「モンスターの一派です。ここより北の、冷涼な地にねぐらを持っている集団なのです」

 そして。シャリールは口の中で呟くように言うと項垂れて言葉を切り、再度リリエラを見上げた。

「モンスターの世界も人の世と同じ。すべてが味方という訳でも、友好関係にある訳でも」

 と、語りはじめたシャリールの説明が途中で止まる。

「襲撃だ! 奴等こっちにも喧嘩を売って来やがった!」

 そんな叫びが、シャリールの言葉を遮った故のことだった。思わず、シャリールとリリエラが頭上を見上げる。何種類かのモンスター達が、おそらく襲撃への抵抗の為に飛び立っていくのが見えた。数は多くない。コアアイランドの戦力は、どちらかといえば弱小と呼べるのだろうと、リリエラにも理解できた。

「わたしたちも」

「ええ。行ってきます、シャリールさま」

 エニラとマールが頷きあい、彼女達も迎撃の為に飛び立って行こうとする。

「気を付けて」

 リリエラの言葉に、

「ありがとう」

 エニラだけが緊張した笑顔を向けて答えた。

 奴等、という誰かの叫びだけで、何が襲撃してきたのかをリリエラが理解するのには十分だった。

「どういうこと?」

 だが、モンスターの世界が弱肉強食だろうということは想像できても、集団同士の衝突が発生する理由を、リリエラはすぐに思いつくことができなかった。当然、その疑問をぶつける先は、シャリールになる。

「ギャスターグの一党と、私達は、これまで直接戦いになったことはなかったのですが、対立関係にあります。実際、彼等も世界が死に瀕していることは気付いていて、手を拱いていられる時期はとうに過ぎていることでも、私達と考えは同じです。ですが、その方法論が、真逆なんです。私達の活動が、世界の死を止めるのには人の力が不可欠だという理解に基づいているのに対し、彼等は、世界の死は人間のせいで、人間を滅ぼさねば解決はないという思想で集っているからです。モンスターの中においても、彼等の考えは危険思想とされていて、彼等も数は多くありません。その為に、彼等にとっても私達は無視できない存在だと言えます。はっきり言えば、私達が人間と手を組む前に、潰したいんでしょう」

 シャリールの顔は険しかった。同胞を攻撃されて怒っている険しさではなく、同胞達の死を覚悟しているような険しさだった。それは、あとに続けられた、彼女自身の言葉にも表れていた。

「問題は、私たちは、本来争いを苦手としているモンスターの集まりで、ギャスターグ一党は、その性質上、血の気の多い、武闘派モンスターの集団ということです。一対一の直接対決では、私達は、彼等に到底敵いません」

 しばらく目を閉じて俯き、それから、見えない何かに縋るような目で、空を仰いだ。

「あのひとが見つかっていれば」

 口の中でだけ呟いたつもりだったのだろう声が、リリエラにも嫌にはっきり届いた。シャリールのこれまでの弁で、リリエラにもそれが誰のことなのかは、推測できていた。

「コチョウ。確かにあのフェアリーなら、モンスターの一団くらい、ひとひねりしそう」

 リリエラがその名を知っていることを示すと、

「しそう、じゃないです。できない訳がないんです。してくれるかが、別問題なだけで」

 シャリールも一瞬だけ笑ったような目をしたが、すぐに現実の冷たさを直視する眼差しに戻った。

「でも、それも、ここにいれば、の話です。いないひとを、気にしてもはじまりません」

 自分達でなんとか切り抜けるしかないのだと、シャリールは何とか対抗案を捻りだそうとしている。そんなものが、考えて簡単に見つかるのであれば、既に誰かが実行に移していることだろう。既に上空からは、モンスターが己の身体や、持てる能力をぶつけ合う、時に鋭い、時に魔法の轟きのような雑多な音が響き始めていた。戦闘はもう始まっているのだ。

「やはり、敵いませんね」

 見なくても、音と気配だけで分かると、シャリールはため息を吐いた。彼女自身も先程に言っていたばかりだ。分かっていたことは。

「シャリール様!」

 一体の猛禽の姿をしたモンスターが降りてくる。見た目は完全に焦げ茶の羽毛の鳥だ。

体のあちこちに浅い裂傷ができていて、血が滲んでいた。

「マールが敵に捕まりました。人質にとられ、エニラも抵抗を諦めて」

 つまり、エニラとマールは、揃ってギャスターグ一党の手に落ちたということだ。

「私に自ら出て来いと言う要求ですか?」

 それも理解していると言いたげに、シャリールが問う。その覚悟も決まっている表情をしていた。

「はい」

 猛禽の返答に、

「私が時間を稼ぎます。あなた達は逃げられるだけの者を集めて脱出を図ってください。コアアイランドの防衛は諦めましょう」

 きっぱりと、シャリールは告げた。その結果、シャリール自身は命を落とすだろうことも理解している声だった。言葉は重く、声色は低かった。

「しかし」

「大丈夫、コアアイランドが彼等に荒らされる心配はいりません。捨て置いて平気です」

 もし重要な場所であるならば。

 そんなことになる前に、必ずコチョウの邪魔が入る、とシャリールは確信していたのだ。もしそうならなかったら、もとよりそれ程重要な場所ではないということだ。だとすれば守る理由もない。

「リリエラさん、あなたも逃げてください」

 治療のことは忘れていい、シャリールはそう告げた。患者達は、殺されるだろうと。


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