第二一話 ワールド・キラーズ
「今すぐは、無理かな」
というフェリーチェルの返答で、話し合いは一旦棚上げになった。彼女が無理と断定したのは、すぐにマーガレットフリートから、何らかのアクションがあると確信していたからだった。最初の対応をする時に、自分が不在なのは、不利な状況を招くことだと判断したのだ。
「だろうな」
コチョウは一度だけ頷くと、どうでも良さげに机の上に横向きに寝転がった。
「で、あなたは何のつもり?」
そんな態度のコチョウに、フェリーチェルは冷ややかな声を投げかける。コチョウのことを全く信用していない、或いは、彼女の行動にブレがない筈と信用しているからこその問いかけだった。
「あなたが世のため人の為なんて殊勝な性格じゃないのは分かってる。何の裏がある訳?」
「あん?」
コチョウは面倒臭そうな顔をして、それから、納得したように鼻を鳴らした。
「ああ。私が協力するのが気味悪いって話か」
確かに、裏があると、フェリーチェルが疑うのも無理のない話だ。コチョウが彼女だったとしても疑うだろう。
「当然、私個人の目的はあるが、お前には教えられん」
とはいえ、コチョウはフェリーチェルだけには教えたくはなかった。反応は想像がついたし、その結果、フェリーチェルが面倒臭い行動に出るだろうことも予想がついていたからだった。
「怪しすぎる。何を企んでるのよ」
フェリーチェルはいっそうコチョウの魂胆を疑ったが、どれだけ疑われたとしても、コチョウも自分の目的を明かすつもりにはなれなかった。
「面倒ごとを、これ以上わざわざ背負い込もうとするのはよせと言っている」
とだけ、言い返した。それで納得してくれる奴であれば、楽なのだが。
「でも」
と、フェリーチェルは、なかなか引き下がらない。
「そんなに面倒みきれんだろう?」
コチョウは苦笑いを浮かべ、フェリーチェルから視線を外すとカインを横目で見る。彼女に見られていることに気付いたカインも、コチョウに頷き返した。
「彼女に同意するのは癪だが、正論だと思う。ひとつひとつ、目の前の問題から解決していこう」
カインはフェリーチェルにそう語ったが、
「一番の問題は、王族が、アイアンリバーの王になってくれないことなんだけど?」
と、彼女に痛烈に言い返されただけだった。
「今からでもいいんだよ? 私は女帝なんて柄じゃないんだから、ほんとは」
「ははは」
コチョウにとってみれば完全に他人事だ。笑い飛ばすのを遠慮する理由はなかった。
「こいつっ」
と、フェリーチェルが不満の声を上げたが、それ以上言い返す言葉を思いつかなかったのか、はっきりした文句は言わなかった。
「ああ、そういえば」
そんなフェリーチェルの態度を気にもせず、コチョウは突然話を変えた。
「婆さん死んだって?」
「え?」
フェリーチェルが短く戸惑いの声を上げ、
「あ。リノリラさんのこと?」
と、エノハは誰の話か理解したように聞き返した。
「ああ。婆さんそんな名前だったっけな」
コチョウは、うろ覚えながらも、そうだったかもしれない、と頷いた。そして、確かにコチョウが話題に出した老婆の名前はそうだった。
リノリラ、というのは、アイアンリバーにおいて、商人達の商売があくどくならないよう、秩序を守っていた人物だ。また、アイアンリバーがまだ箱庭内の街だった頃に、コチョウとはちょっとした因縁もあった。その因縁については、箱庭から進出してくる前に、互いになかったことにする取引をした為、コチョウも今更思い出すつもりもなかったが、できることならさっさと死んでくれた方があとくされがないと考えていたのも、コチョウの本心だったのも事実だ。
「うん。ちょっと前に、亡くなったよ」
というエノハの言葉を聞き、
「そうか。せいせいするな」
コチョウは無慈悲に笑った。
「またお師匠は、そういう言い方をして」
面白くなさそうに、エノハは苦い顔を返し。
「まあ、それがコチョウだから。今更言っても仕方ないって」
大仰に、フェリーチェルはため息で流した。そんな彼女を見て、コチョウは愉快そうに笑う。
「で? うまく行ってるのか?」
だが、話の趣旨を違えることはなかった。彼女の目的の為にはフェリーチェルには空を目指してもらわねばならず、その為には、足場に崩れてもらっては困るのだ。
「表面上は、ね」
あからさまに問題があると気付いている態度で、フェリーチェルは答えた。見た目がぬいぐるみの人形である彼女だが、心情の影響で、デフォルメされた少女の顔は、それに適した状態に表情を変える。
「顕在化した問題にはなってないよ。でも、リノリラに変わって商人達の秩序を強制できるような影響力のある後継者は、現れてない。問題が起こりはじめるのは時間の問題だと思う。水面下では、悪徳商人達が活動を始めてるんだろうね。私達の目には届かないだけで」
「帝宮で取り締まれば、反感を買う、か」
難しい問題だ。コチョウもそれは認めた。だが、
「帝宮って?」
「何だろ」
「さあ。俺も知らないな」
フェリーチェル、エノハ、カインはほとんど重要でない言葉に反応し、不思議そうに顔を見合わせた。朱雀だけが、素知らぬ顔でとぼけたようにそれを眺めた。
「なんだ、正式名称じゃないのか。中央帝宮」
「なにその恥ずかしい名称。何のこと?」
どうやら自分達では言ったことがないらしい。フェリーチェルはおおいに軽蔑の口調になった。まさか、
「お前等のことだよ。お前等とこの列車」
だとは夢にも思っていないらしい。
「は?」
フェリーチェルが椅子からずり落ちそうになる。その驚きような滑稽ですらあった。
「そんな呼ばれ方してるの? 私達」
人形女帝も大概だろ。コチョウはそう感じたが、口には出さなかった。フェリーチェルの神経を今下手に逆撫でしたら、進む会話も進まなくなることが分かっているからだ。
「いいだろ別に。蔑称でもあるまいに」
「嫌だよ。格好悪い。せめて政府くらいの、普遍的な名前で呼んでほしい」
フェリーチェルはそう嫌がるが、
「でもそれで定着しているのだろう? 俺達が名称を自分達で決めなかったからでもある」
カインはそう呼ばれて通っているのなら、それでいいだろうという態度を示した。
「コチョウに賛同する訳じゃないが、嫌われてそう呼ばれてる訳じゃないなら、あえて否定せず、享受しようじゃないか」
「呼び名を変えろとは、私も言わないよ。皆がそれで認識してるなら、皆は、自由に呼べばいいと思うよ。でも、私はその名称使わないから」
禁止はしないが納得もしないといった風に、フェリーチェルは不満そうにカインに答える。そして、それは置いておいて、といった様子でコチョウに視線を戻した。
「で、商人達がうまく行かないのが何? あなたが混乱を心配する訳でもないでしょ?」
「そうでもない。手下どもが満足に役に立たない状況は私も面白くない。気にはするさ」
と、コチョウはとぼけた。下手に本音を明かせば、全部フェリーチェルに説明しなければならない羽目になる。それが危険な試みになることくらいは、彼女とて気にする。
「どっちも問題だらけか。面倒な」
思わず呟いたコチョウの言葉を、
「どういう意味よ。まだ何か爆弾を隠してる訳じゃないでしょうね」
聞き逃す程、フェリーチェルも呑気ではなかった。
「いや、話しておこう」
コチョウはそう答えておいてから、新たな悩みの種をフェリーチェル達に吹き込んだ。
「フェリーチェルにも話した通り、コラプスドエニーは急速に滅びつつある。問題なのは」
と、そこで一旦言葉を切って朱雀を流し見る。朱雀は、
「儂は知らぬよ。そこまでは知らぬ」
とだけ嘯いた。そのつもりなら、コチョウもそれで良かった。人の問題に深く首を突っ込むつもりはないということだからだ。好きにすればいい。
「デザートラインが用いる兵器だ。今のコラプスドエニーは、その毒を浄化する力がない」
コチョウは朱雀から視線を外し、フェリーチェルを正面に見た。フェリーチェルは何も答えず、ただ、コチョウの言葉を聞いていた。
「略奪旅団を狩らんといかん。奴等が一番の害だ。それと、大規模戦争」
と、コチョウは続けた。
「次の大規模戦争には、世界は耐えられん」