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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
150/200

第二〇話 フェリーチェル

 一方。

 アンとハワードが下宿先に案内されている頃、中央帝宮に戻ったフェリーチェルは、葦原諸島国の、女性用の民族衣装を纏ったエルフの少女と、青いラインの入った、銀色の鎧を着た青年を前に、執務用の椅子によじ登るように乗った。

「ふう。で、あいつどこ?」

 開口一番、不機嫌そうな声。エルフの少女が上を指差すと、その先に、さもそこが定位置と言いたげに、パイプの上に踏ん反り返ったフェアリーがいた。

「降りてきて。話しづらい」

 フェリーチェルが毒づくと、

「やなこった」

 鼻を鳴らして、コチョウはにべもなく断った。

「お師匠さあ」

 と、エルフの少女が盛大にため息を吐く。師匠、と呼びながらも、コチョウを尊敬している素振りは全くなかった。

「あん?」

 コチョウは流し見るように、少女に気だるげな声を返す。やる気は全く見せなかった。

「エノハお前、偉くなったもんだな」

「偉いんだもん。これでもわたしも、アイアンリバーの首脳陣として働いてるんだから」

 エノハと呼ばれた少女も負けじと言い返す。コチョウとエノハは一応ながら、師弟関係にあった。とはいえ、コチョウが憶えているエノハはもう少し自信なさげで言い方も弱く、辛辣な言動はフェリーチェルの影響を感じずにはいられないものだった。

「お前がねえ」

 と、呟き、コチョウはフェリーチェルの執務机の上に下りた。言い合いに飽きたのと、不毛さに投げやりになったのが理由だった。

「で? 何から聞きたい」

 と、室内の者達を見回す。時間の無駄を嫌うコチョウは、勝手に本題に入った。

「コラプスドエニーが滅びるとは、どういうことだ? 具体的に教えてほしい」

 最初の質問は鎧姿の青年が発した。カイン・ハンカーという名の青年だった。

「簡単な話だ。コラプスドエニーは人類にとって入植地で、環境管理施設を用いて無理矢理居住可能にした世界だ。その施設が老朽化し、限界を迎えている。実際、一年前に一度停止した。私がなんとか延命させたが、そのせいでこの一年間をほとんど無駄にしたぞ」

 彼の質問に、コチョウはあっさり答えた。隠している余裕は、正直、彼女にもなかった。それ程に、残された時間は少ない。もっとも、一年前に、なぜそのシステムが停止したのか、その真相は隠した。

「その施設はどこに?」

 フェリーチェルが問う。それを教えるくらいなら構わないだろうと、コチョウはその問いにも答えることにした。

「空だ」

「空……浮遊大陸ってこと?」

 一瞬呆気にとられた声を出してから、フェリーチェルが言われていることがどういうことかに気付いたように聞き返す。コチョウは、若干馬鹿にして笑った。

「そう言ってる」

「それで、何とかなりそうなの? 私達が助かる見込みは?」

 口に出して聞くことには、それなりの勇気が必要だったことだろう。だが、聞かねばならぬことだと分かっていることに怯えを見せないのは、フェリーチェルが持つ強さだった。だからこそ、アイアンリバーの女帝に皆から推され、その座を任されたのだ。

「知るかよ」

 そして、そんなフェリーチェルに、コチョウが配慮することはない。そのうえで、そう切り捨てるのであれば、コチョウにとってある種の他人事なのだと、フェリーチェルも知っていた。

「はあ。要するに、分かりそうな人を連れて、自分で見に行くしかない訳ね」

 と、即座に解釈した。コチョウが投げやりに知らぬふりを決め込むとは、そういうことだと。

「好きにしろ。私は手伝わん」

 とも、コチョウは放言した。これまで手を尽くしたという言葉と裏腹な態度は、一見、無責任な気紛れを起こしているとも見えるが、コチョウが一度始めたことを簡単に放り出すような諦めの良い性格でないことも、フェリーチェルだけでなく、エノハも熟知していた。

「お師匠が手を出したんじゃだめなんだ」

 エノハが呟き。一枚の紙を懐から取り出した。それには、朱雀の札、と記されている。エノハもまた、スズネと同じように、古く葦原諸島国で伝えられていた、陰陽道と呼ばれる術の使い手だった。

「朱雀様」

 エノハは式札を放り投げ、彼女の式神を呼ぶ。以前、コチョウが軍師どの、と揶揄した朱雀の姿が、室内に現れた。

「何か分かる?」

「ふむ。どこまで話したものか」

 呼ばれた朱雀は、燃え上がる炎のような翼をゆっくりと動かし、勿体付けるように考え込んだ。実際、朱雀にも、何処までフェリーチェル自身が中心とならねばならぬと占に出ていることを伝えていいのか、分からなかったのだ。占とは、時にままならないものだった。

「まず、そやつの話は、本当のことだ。以前、一部の者には、この世界は地軸がずれ、葦原が巨大の氷原の一部に成り果てた話はしたが、それは全世界を襲った異変の一部分でしかない。そもそもの原因は、世界の環境を管理していた設備の不調である。そのような施設が必要である理由が、この世界が人の住める環境ではなかった故のことという話も真実よ」

 朱雀はそこまで語ると、盗み見るような目で、フェリーチェルを眺めた。そして、人のような、一音だけの短い笑い声を器用にあげた。

「こやつには任せてはならん。こやつが生まれながらの破壊者でしかないのは、ここにおる皆が知るところであろう。そのような輩に、世界を救うようなことを、託して良いものか」

 実際は、そんなことはない。コチョウとて、理由があれば、守らねばならないものを守るくらいのことはする。だが、朱雀の占の結果を顧みるに、コチョウが味方だと思わせてはならなかった。

 頼れると分かれば、皆、頼るだろう。コチョウはそれ程にまで皆から一線を画していた。明らかに、彼女の能力は頼りになりすぎた。周囲から、自力での解決の気概を消し飛ばす程に。フェリーチェルがそうでは困るのだ。

「空か。うーん、空。飛べるモンスターを飼育するって話は提案されたけどなあ」

 もっとも、当のフェリーチェルに、今すぐ空に遠征隊を送る手段はなかった。彼女は犠牲の上での平和を嫌う。モンスター達自身が自ら協力してくれるというのであれば頼むだろうが、無理矢理捕まえて従えるということは、彼女自身の自尊心が許さないだろう。

「ちょっとねえ。あんまり気分は良くないよ。あなた、誰かモンスターに知り合いいない?」

「難儀な奴だ」

 と、コチョウは笑った。フェリーチェルの言葉が、自分の予想通りのものだったことが、あまりに可笑しかった。

「いない訳じゃないが、今何処にいるか、私も知らん」

 という言葉に嘘はない。箱庭を壊し、コラプスドエニーに進出してすぐの頃に、一体のスフィンクスと知り合ったことがある。コチョウと、コアアイランドに住むシャリールは、知り合いだった。

「助かりたければ自分で私を探せとは言っておいてあるが、今の所、その気配もないな」

 今何をしているやら、正直、コチョウには興味もなかった。彼女自身の言葉を借りれば、どうでもいい、という心境である。

「またそうやって」

 フェリーチェルは、コチョウの相変わらずのいい加減さに、げんなりした声を上げた。

「どうしてあなたは他人との出会いを大事にしないの」

 今でも繋がりがあれば話は簡単だったのに、と言いたげに。そんなやり取りを横目に、

「あの、ちょっと失礼だとは思うけど。朱雀様、分からない?」

 失せ物を占ってもらうには格が高すぎる相手に、エノハは尋ねた。了承さえ得られれば、朱雀なら容易く見つけるだろうと、考えたからだ。

「空だ」

 占いもせず、朱雀はからかうように答えた。

「空」

 と、エノハはオウム返しに呟いた。

「駄目ってこと?」

「空の何処か分かる?」

 だが、朱雀の言葉に、フェリーチェルは希望を見つけたといった風に食いついた。マジックビートルを飛ばせば辿り着ける。フェリーチェル一人であれば、会うのは難しいことではなかった。

「コアアイランドと呼ばれておる」

 朱雀が知っていることを明かし、

「あそこか」

 と、コチョウも場所を知っているように返した。その場所が、もともとコラプスドエニーの五箇所に存在する、環境管理システムを宙柱管理する統合施設であったことも、彼女は知っている。今となってはどうやっても動かないことも。コチョウはフェリーチェルに、

「仕方ない、案内してやる。行くか?」

 嘆息混じりに聞いた。答えは分かっていた。


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