第一八話 コアアイランド
コアアイランドは、一見樹木に覆われた林だけが存在する浮遊島だが、その下には、かつて人々が暮らし、働いていたことを示す施設が隠されていた。
シャリール達は人間達が残した建造物を住居とし、三〇体からなるモンスター達の群れを形成している。シャリールがコロニーに戻ると、その半数が、すぐに顔を見せて出迎えた。
種も、翼の有無もまちまちで、メンバーには統一感がない。だが一様に、皆がシャリールに送る視線には、信頼と尊敬が込められていた。
中でも、空まで迎えに出てきたエニラとマールは、護衛か側近かとでもいうように、シャリールにべったり張り付き、コロニーに戻ってからもついてきた。シャリールも彼女達の同行を嫌がっている素振りもなく、二人の自主性に任せた。
「ここです」
コアアイランドの施設は、三棟の建屋に分かれている。シャリールはリリエラを背に乗せたまま、そのうちの一軒、かつては白色の外壁だったのだろう二階建ての、飾り気のない建物に入ると、リリエラをその建物で一番広い部屋へと連れて行った。
扉は朽ちてしまったのか残っていなかった。その部屋には自分達で作ったのだろう敷布が敷かれ、その上に五体の、種族もまちまちな者達が寝かされていた。モンスター達は、ベッドを使用する者達も少なく、床に横たえられていること自体は不思議なこともでもないが、入り口から視線を向けただけで、リリエラにもただ寝かされているだけではないことをすぐに知ることができた。
「魔法銀害」
と、呟く。寝かされているモンスター達は獣に近い者ばかりで、体毛は銀色に染まり、金属的な光沢を放っていた。
「かなり進行しているわ。すぐに中和しましょう。話はそれからにした方が良さそうね」
純粋な毒物被害ではないことから、通常の治癒魔法では対処が難しい。原因としては過剰摂取や過剰吸収に近いのだ。もともとはその種が生きていくうえで必要な栄養素であるがゆえに、解毒などでも毒素として反応してくれない。そういったケースの場合、ただ気分がすぐれない程度の問題であれば薬草などの手段を用いて治療を行うことはできても、外見にまで症例があらわれるような状況では、ほとんどの治癒師でも、もう打つ手がないのだった。
というのも、そもそもそれがどういった物質が原因で、どうすれば除去できるかといった科学的な知識がある訳ではないからだ。そういった知識を必要とされることは稀で、ほとんどの毒害や病魔は魔法で解決できるのだから、それでも解決しない身体へのダメージは、手の施しようがないと判断されることも仕方がないことではあった。
「全員種族が違うのね。てことは……やっぱり。魔法銀害だけど、原因の化合物が違うわ」
リリエラは、まずは術を使わずに状態を調べて回った。熊が一人、狼が一人、虎が一人、羊が一人、鼠が一人。すべて、女性だ。
「困ったわね。急に中和すると逆に体調を悪化させかねないわ。もう少し早ければ一気に対処できたかもしれないけれど、段階的な中和をしないと命に関わるの。できないことはないけれど、流石にモンスターのコロニーに長期に留まるのは、私も身の危険を感じる」
「大丈夫。ここにいる皆が、あなたに手を出すことがないことは、私が保証します」
シャリールの言葉は頼もしかったが、
「そう言われても、あなたがどんな立場なのか、私は知らないわ」
その保証にどれ程の信頼性があるのかは、リリエラには分からなかった。モンスターのコロニーに秩序や分別などといったものがあるとも信じられなかった。
「あなたはこのコロニーの女王なの?」
本気でリリエラがそう思った訳ではない。半分からかってやろうと思ったことも本音で、だが、今も侍っているエニラとマールの様子から、コロニー内で何らかの地位にあることは推測できた。
「私が望んだことじゃありません。そもそも、私も、この世界で自分の身を守ることさえままならないのが実情ですから。本来なら、他者のことまで責任は負いきれません」
シャリールは笑み、その言葉が本気であることを視線ににじませた。
「私は――いえ、それよりも、彼女達は助かるんですか?」
何かを語り掛け、シャリールはその言葉を飲み込んで目の前の問題に目を向けることに意識を切り替えたようだった。彼女は沢山の不安を抱えているようにリリエラにも見得たが、コロニーのモンスター達に向ける視線は、間違いなく本物だった。
「一旦は中和できるわ。しばらくは活動できる程度に回復させられると思う」
と、リリエラも正直に答えた。嘘偽りなく言わなければならないと、仮初の安心の言葉でぬか喜びさせる気にはなれなかった。
「けれど、また症状はぶり返すでしょう。根本的な原因を断たなければ、全快はないわ」
「やはり」
それはシャリールも予想していたことらしく、彼女は深刻そうに頷いた。深く苦悩する顔は、何かを知っている、そして、理解していることの証明だった。
「あのひとの手を煩わせるのは申し訳ないのだけれど、何としても見つけ出さなくては」
あまり気が進まないように呟き、それから、リリエラには何のことだか分からないだろうことに気付いたように、
「ああ、こちらの話です。すみませんが、中和をお願いできますか? 根本的解決は私達だけでは難しいので、こちらで伝手を当たってみます」
首を傾げるように笑った。
「あなたは原因が何か知っているのね。協力するのにも、隠しごとをされたら、ちょっと、気分が良くないじゃない?」
リリエラは引き下がらず、問いかける。情報を隠されて全部無駄になったなんてことがないように、引き受けるなら、できる限りの情報は知っておきたいものだ。
「そうですね。分かりました。にわかに信じられない話になりますから、そこはあらかじめ、勘弁してくださいね」
とのシャリールの態度に、
「ひょっとして、このコラプスドエニーがもともと荒廃した世界って話と、何か関係が?」
リリエラにも、あのフェアリーから聞いた話に関連している症例ではないかと思い出せた。
「知っていたんですね」
シャリールも、リリエラの言葉に驚かない。傍に控えるエニラとマールも、表情を変えなかった。彼女達も、知っているのだ。
「そうです。そして世界は今、その姿に急速に戻ろうとしています。その原因は人の手に」
シャリールは告げた。周囲の者達に聞かれることも気にしていない様子から、すべてこのコロニー内では周知の事実なのだと、リリエラにも理解できた。
「合点がいったわ。デザートライン同士の戦闘行為。正確に言えば、車載兵器の使用ね」
基本的に車載兵器は魔法装置の延長上にある兵器ではあるが、すべてを魔法の効果で解決すると、製造、運用両面において、安定性に欠けることになる。一部の卓越したエンチャンターと、膨大な魔力を持ち合わせた一部の天才にのみ製造、運用が可能になる、選ばれた者の為の兵器となってしまうからだ。その問題を解決したのは、やはり古代のケミカルマンサーの知識であり、それ故に、ケミカルマンシーそのものがほぼ廃れた現在では、新たな兵器の開発、製造が難しいという側面にもつながっていた。
「そもそもとして、あれらは、環境への影響は度外視されているものね。まあ、使う方がよく分かっていないって話ではあるけれど」
話しながら、リリエラは既に体を動かしている。勿論、銀害に苦しむライカンスロープ達の体内に蓄積された魔法銀を中和する為だ。行使するのは当然ケミカルマンシーで、体毛にまで影響を見せている魔法銀を害のより少ないものに変質させるにはそれしかなかった。
とはいえ、世界に、まったく体に影響のないものなど存在しない。あらゆる物体は、良かれ悪しかれ体調に作用するもので、一度に大量の変化を発生させると、二次被害が起きるおそれが非常に高くなる。無理をせず、生体が本来持つ、不要なものを体外排出する機能の限界を越えないレベルで、ゆっくりと変質させる必要があるのだ。
「時間が掛かるわ。もし忙しいならやるべきことをやってきて。一人の方が落ち着いて私も集中できるし」
リリエラはシャリール達に付き添う必要はないことを告げたが、
「いえ。見届けさせてください。彼女達は私を頼ってこのコロニーに来たんですから。受け入れたからには、私にも責任があります」
シャリールはそういって場を辞するつもりはない態度を明らかにした。
「ですがシャリールさま」
「わたしたちが見届けておきますので、すこしはお休みになられた方が」
エニラとマールが突然会話に割って入り、心配そうな声をシャリールに掛けた。
その言葉に、リリエラもちらっとシャリールの顔に視線を向ける。疲れ切った顔だ。
「そうね。あなたは休むべきだと思うわ」
リリエラも、そう頷いた。