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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第一五話 ヴァンパイア

 アイアンリバーの一七編制のデザートラインのうちの一編成に、他のデザートライン車両とは全く異なる、特徴的な列車が存在している。それは外観からも判別可能なことで、極めて目につきやすい特徴が、一切外部の光を車内に取り入れない設計になっているということだった。

 コチョウは確かにアイアンリバーに向かったが、普段フェリーチェルが活動している中央列車ではなく、真っ先にその特異な列車へと入り込んだ。

 その列車の中には、生きている人間は僅かしかいない。まったくいないことはないが、ほんの十数名ほどであり、それもすべて若い女性という偏り方だった。

「ゴーファスはいるか」

 とはいえ、車内で活動している者達自体の数は多い。ほとんどが実体を持たない幽霊であり、つまるところ、その列車は、アンデッドがひしめく場所だった。そんな幽霊の一人を捕まえて、コチョウは特に警戒することなく、その列車の主でもあるアンデッドの所在を確かめた。

「ここにいるとも」

 闇から浮き出てきたように、青白い顔をした男が現れる。紫がかった黒のマントを纏っており、エルフであることが分かる、先の尖った耳の男だった。元ダークエルフのヴァンパイアで、ゴーファスというのはこの男の名だった。忍者衆を束ねるサイオウと並び、不死軍団を束ねる、コチョウの手勢の一人だった。

 旅団内にゴーファス達不死の者達がいることはアイアンリバーでは周知の事実で、そもそもとして女帝であるフェリーチェル自身も、ある種の知り合いだった。実際、ゴーファスは無理矢理旅団内の若者を襲って血を吸うような蛮行に出ることはないし、彼の周囲に侍っている女性達も、自ら進んでゴーファスのもとにやって来た者達しかいない。むしろ旅団内の秩序は人間以上に守っており、資源の探索で旅団には多大な貢献をしてさえいた。彼の配下のアンデッドモンスター達は不眠不休での探索が可能、毒も瘴気もものともしないなど、他の旅団のパペットレイス以上の活躍を見せる。そもそも、規模に反して、アイアンリバーはパペットレイスをほとんど保有していなかった。

「随分大人しくしているようだな」

 コチョウが声を掛けると、

「私も人が滅んでは困るからな。持ちつ持たれつと言ったところだ。厄介な世界だと特に」

 ゴーファスは腕でコチョウを促し、自信も陰鬱な闇の中を自分の足で歩き始めた。落ち着いて話をできる場所に案内しようという態度だった。

「そうか」

 コチョウは案内を任せ、ゴーファスの頭上を飛んだ。アンデッドには家屋などというものが必要ない者達の方が多い。がらんとした車内には、ところどころで燃えている青紫の穢れた炎以外の光源は存在していなかった。炎で照らされている範囲はほとんどなく、周囲に放たれている光が闇に飲み込まれているようでもあった。目視では、車内の景色は、まるで見えない。

「貴女の方は随分と飛び回っているようだが」

「まあな。面倒臭い世の中だが、退屈よりはいい」

 そんなやり取りのあと。

「必要なら乗っ取れ。遠慮はいらんぞ?」

 コチョウは、何を、とは言わなかった。当然分かり切っているからだ。コチョウにとってアイアンリバーやそこに生きる人などには興味などなく、単にゴーファス等手下達が必要としている拠点を用立ててやったに過ぎない程度の認識でしかなかった。ゴーファス達が動きやすいのであれば、フェリーチェル達から旅団の主導権を奪っても構わないつもりでいた。

「今のところは従っておいた方が有益だな」

 ゴーファスの言葉には、生きている者の面倒など見たくないという意志が透けて見えていた。

「お前がいいなら良い。好きにしておけ」

 別にコチョウも自分の考えを強いるつもりはない。本人が今の状況に納得しているのであれば、それで良かった。

 しばらく移動を続けると、車両間の連絡口に辿り着く。デザートラインの車両間の連絡通路は街の区画を隔てる壁に開いた門のようで、車両と車両の間は、魔導チューブと呼ばれる伸縮性に富んだ通路で繋がっている。それを抜け、進行方向に近い隣の車両に移ったコチョウとゴーファスだが、魔導チューブを抜けると景観は館か城の奥内を模したそれに一変した。

 絨毯が敷かれた通路を進み、脇にある一室に入る。ダークオーク製のシックな家具で統一された室内は上品であり、体裁を気にすることが多いヴァンパイアらしいリビングだった。人々がデザートラインでの生活を余儀なくされている今この時代、木の種類まで統一された木製の家具などというものは最高級品であり、アイアンリバー内部の暮らしが、他の旅団の追従を許さないレベルで豊かであることの象徴でもあった。

 円形のティーテーブルの前にゴーファスは座り、コチョウはテーブルの上に無作法に陣取った。二人が室内に落ち着くと、一人のダークエルフの女性が、すぐに姿を見せた。線が細く、何処か小妖精の少女の面影を見せる女性だった。

「ピリネか。どうだ?」

 と、コチョウが言葉少なに問う。その視線には、流石に、というべきか、ある種の配慮があった。

「ええ、落ち着いています」

 そう答えたピリネの腹部は、ぽっこりと膨らんでいる。あからさまに、見ただけで妊娠していることが見て取れた。父親は、ゴーファスだ。

「それよりも、魔獣飼育案ですが、提案はしてみましたが、中央帝宮に却下されました」

 ゴーファスとコチョウに向かい、ピリネが声色を申し訳なさそうに沈んだものに変えて告げる。

 中央帝宮というのは、所謂フェリーチェル達、アイアンリバーのリーダー層のことだ。フェリーチェル達が普段いる中央列車のことでもあり、所謂、政府、と同義と思って良かった。空を飛べるモンスターを飼育し、あわよくば浮遊大陸へと至る翼にしようという計画を、ピリネから出してもらったのだが、どうやらフェリーチェルのお気に召さなかったようだった。

「曰く、可哀想、だそうです」

「馬鹿な奴だ」

 本気でコチョウはそう憤慨した。他に手段としてあてがあるとでも言うのか。

「そんなことを言ってて何ができるってんだ」

 とはいえ同時に、フェリーチェルならばそう言うことを言うと、どこか納得もできていた。自分の望みの為に、例え相手がモンスターであっても、無理矢理従わせることはしたくないと、彼女であれば言うだろう。

「ところで、小耳に挟んだところでは、アン王女をフェリーチェル嬢が連れ帰ってくるつもりらしいそうだが、本当か?」

 話を遮るように、ゴーファスがまったく関係ないことをコチョウに問う。荒野に、絶えず手下のアンデッドを放っている為、ゴーファスは、アイアンリバーの中央帝宮でもまだ把握していないことを、知っていることが多い。

「ああ。どう思う?」

「マーガレットフリートも、既にアン王女がアイアンリバーに身を寄せるつもりであることを把握しているようだ。向こうはやる気だ」

 と、ゴーファスが呆れたように笑った。

「マグニフィセントと言ったか。むこうの特殊部隊が情報を持ち帰った」

 それを知りつつ、ゴーファスは、部下のアンデッドには、それを阻止させず、放置させたのだ。

「いずれにせよ、残存している旅団の数だけでも十分に世界は飽和状態にあると言っていい。極小の旅団まで合わせればその数は五〇〇を超える。小競り合いを続けられるくらいならば、周囲に対して閉鎖的な旅団から順に消えてもらう必要はあるだろう。そうは思わないかな? 貴女の言う五人に、それを支え続けさせるのは、危険だろう」

 ゴーファスも、コチョウからコラプスドエニーが崩壊寸前であることを知らされている一人だ。彼はデザートライン間の戦闘による被害が、世界の荒廃を加速させる一因になっていることも知っている。彼はそれを、デザートライン旅団が世界に多すぎるのだと結論付けていた。

「好きにしろ。だが、やりすぎれば本末転倒だ。その時はお前だろうと排除するからな」

 コチョウの警告をまるで聞いていないように、

「フェリーチェル嬢は戦争回避の努力をするだろうが、必ず無駄に終わる。何、大義名分は立つだろう」

 ゴーファスはただ、悠然と笑って流した。

「フェリーチェルに知らせたのは私だからな。無関係とは言わん。やるなら手早く片付けろ」

 コチョウも、ゴーファスの態度を気にしなかった。

「あいつらに無視できない影響を出すような戦争に発展した時は、私が、両方叩き潰す」

 コチョウはため息を吐いた。

 彼女が求めているのは、世界の存続などではない。あくまで、それを支えている五体の竜の身を、彼女は気にしていた。


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