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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第一四話 ワールド・ノーツ

 フェリーチェル達の傍を離れたコチョウは、北西には飛んだが、デザートライン、アイアンリバーを目指してはいなかった。目指していないというのは語弊がある。最終的には合流するつもりでいたが、寄るところがあったのだ。

「おう」

 コチョウは目的のものを見つけ、立ち寄った。全部で八両しなかない、それも一編成のみで走行しているデザートラインだった。コチョウはその前から三両目の車体の天井にある、どんでん返しの仕掛け扉を抜けて車内に入った。

 村というよりも集落、里というのがもっとも相応しい。漆黒の車体は光を吸い込み反射しないように見える程暗く、どの車両にも窓らしきものはなく、まるで世界の影のようにひっそりと走っていた。

 その里自体、世界に知られていない。デザートラインのすべてが、略奪旅団にすらその存在を気取られずに影に潜んで活動し続けている集団だった。当然、コチョウは存在を知っており、熟知もしている。何故なら、そのデザートラインは、コチョウが丸ごと配下として抱えている里だからだ。

 里の名はない。強いて言うのであれば、隠れ里である。かつて葦原諸島国で諜報と暗殺を専門にしていた特殊集団、所謂忍の里だった。

「サイオウ。フェリーチェルは“空へ至る道”を見つけそうか?」

 里の車内は、まるで農村の如く健常な土を豊富に湛えた、コラプスドエニーにおいては、何よりも贅沢な里であった。村や都市というだけあり、デザートラインの車両は巨大である。その為、車内には葦原様式の、典型的な農村の木造家屋をすっぽり入れてもなお余る横幅があり、コチョウに名を呼ばれた男の家屋には、石組みの池まであった。生きた鯉が見られる場所は、おそらく他にないだろう。

「難しいな。だが、よくやっている」

 サイオウと呼ばれた男は、時代がかった藍染めの、葦原の民族衣装を纏った、白髪交じりの中年の男だった。名をサイオウ・ハギドウといい、この里の忍者を統べる統領だ。

「間に合うと思うか」

 あからさまに、間に合ってくれなければ困る、と言いたげに、コチョウは聞いた。

 コチョウとサイオウは、庭が見える畳敷きの部屋で、囲炉裏を挟んで向かい合っていた。サイオウは茶の入った湯呑を手にしているが、コチョウは自分の前に置かれた、フェアリーサイズの玩具のような湯呑には手を付けていない。やや苦みのある葦原のその飲み物が、コチョウは嫌いだった。

「無理であろうな」

 きっぱりと、サイオウは答えた。茶を啜る仕草は落ち着き払っており、たいした問題ではなかろう、と言っているようだった。

「仕様のない奴だ」

 しかし、珍しいことであったが、コチョウの方が表情を渋めた。フェリーチェルが推測した通り、コチョウにとっても、まずいことなのだ。

「仕様のない奴だ」

 目を閉じ、コチョウが黙る。その脳裏に、誰かを思い浮かべているかのように。実際、そうだった。

「装置は動かして繋ぎ留めてはおいたがな。それだけでも、最近にようやくってとこだ」

 コチョウが広く世界の危機を伝えていなかった理由が、それだった。

 現在、浮遊大陸を空に浮かべ、世界の環境を保持しているシステムは、十分に稼働していない。その肩代わりをしている者達がいることもコチョウは知っている。だが、消耗が激しく、いずれ命を落とすだろうということも分かっていた。その延命をする為に、装置を少しでも復帰させることに時間を費やした結果だった。

「ったく。世話の焼ける世界だ」

 コチョウが毒づく。というのも、彼女の計算では、もう少し時間の余裕があった筈なのだ。それを削り取ったのは、他でもない人間達自身であった。

「デザートライン同士の戦争が世界の寿命を縮めているのも知らん。滑稽な話じゃないか」

 故に、目についた破壊的な旅団は壊滅させるようにしている。インフェルノを壊滅させたのも、インフェルノがクリークステップを襲う場面にコチョウが居合わせたのも、ある意味では、予定通り、ではあった。

「んで?」

 コチョウが頭の上を見上げる。炎のような赤がそこにあった。

「次はどうするよ、軍師どの」

 軍師どの、の言葉を、やや皮肉っぽく語気を強めた。

「うむ。やはりあの人形の娘を、空へ連れて行く必要はあろう。それも早急にな」

 その赤は鳥だった。老人の声で、コチョウに答えた。

「しかし意外よ。まさかおぬしが儂等にすんなり協力するとは、儂も思っておらなんだぞ」

「無駄口を叩くな。鳥」

 コチョウは性根のひん曲がった声で悪態をついた。彼女とて、好きで協力しているつもりもなかった。

「しかし、何故フェリーチェルなのかね」

 他人でも良さそうなものを、と、コチョウは訝しんでいた。

「うむ。儂にも分からん。だが、占にはそう出たのだ」

 コチョウに鳥、と呼ばれた相手は、確かに鳥であった。燃え上がる炎のように赤い鳥で、実際、抑えてはいるが僅かに周囲に熱を放っていた。四方を守護するといわれている四神なる存在のうちの一、朱雀だった。

「あいつが聞いたら巻き込むなと怒り狂いそうだな」

 コチョウは苦笑いを浮かべながら、手をひらひらと手を泳がせた。

「能力もないくせに、重大なことには巻き込まれる。いつまでも不幸な奴だ」

 ある意味、フェリーチェルというのは、いま世界にあるもので唯一、コチョウが勝てないと認識できる、コチョウ自身の万能性を明確に否定する象徴だった。フェリーチェルが殺せないという意味ではない。だが、フェリーチェルという存在を、コチョウも好きなように弄り回すことはできないし、何なら人形ではない生物に作り替えることもできない不可変な存在なのだ。

「まったくあいつは何処までも私を小馬鹿にしてくれる」

 コチョウは面白くもない笑い声をあげた。

「私がとっ捕まえて空へ放り込んでも駄目なんだよな?」

 と、朱雀に確かめるように尋ねた。

「うむ。それではいかんようだ。あくまであの娘が自力で空へ辿り着く必要がある」

 朱雀もそう認めた。勿論、占った結果であり、何故駄目なのかは、朱雀にも分からない。

「本当に可能な条件なのか? それは」

 コチョウはうんざりしたため息を吐き、投げやりに座布団の上にひっくり返った。面倒臭いことこの上ない。

「いっそもう全部ぶっ壊した方が楽かもしれん」

「それこそできんのだろう?」

 と、朱雀にからかわれた。朱雀は、コチョウがコラプスドエニーの滅亡の回避の為に動いている経緯も、知っていた。

「おぬしが、その面倒臭いことを敢えてしておる理由が、まさか人助けとはな。世の中面白くできておるものだ」

「余計な話をするんじゃなかった」

 そもそも、それを朱雀が知っているのも、コチョウが自ら話したからだ。

 コラプスドエニーの環境を、人が住める状態に保っている施設は、ハイエア・マーガレット以外に、四つの浮遊大陸にまだ存在している。そして、実際には、ハイエア・マーガレットも含めた五ケ所の施設は、一年前に一度完全に停止していたのだ。コチョウはそのことを知っている。

 世界がその時に滅ばなかったのは、施設の肩代わりを買って出た五体の竜がいた為だ。彼女達が命を削りながらなんとか支えている世界は、皮肉なことに、だが、人の手でとどめを刺されようとしていた。放っておけば、彼女達はとっくの昔に命を落としていた。そうならないように、コチョウは、時間をかけて施設の再稼働を行ったのだった。

「お前に言われなくとも柄じゃないのは分かってる」

 コチョウは、正直、世界などどうでも良かった。ただ、その五体の竜を見捨てられない、その理由だけで、朱雀に協力をしていた。

「まったく、こんなことなら変に面倒を見るんじゃなかった」

 コチョウは口をひん曲げて言う。

「だが、コマチに負けるつもりもなかろう?」

 と、朱雀は笑い声を上げた。

「そりゃ当然」

 そもそも、この滅びは、ハワードがコチョウのことをそう呼んだコマチによって、遥か昔に仕掛けられた厄介な置き土産でもあった。そして、コチョウがハワードに答えた通り、コチョウという人格は、コマチと同一であるつもりは、少なくとも本人にはなかった。

「死人に負ける気はない」

 コチョウも笑った。勿論、これから、大量に、人は死ぬのだろう。だが、そのこと自体は、コチョウにとってはどうでも良かった。

「さて、そろそろアイアンリバーに向かうとするか。面倒だが行ってくる」

 面白くもなさげにコチョウは立ち上がった。


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