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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第一一話 レジェンダリー

 一方的な虐殺ともいうべき破壊行為が終わった後、リリエラ達三人のそばに、一匹の甲虫が舞い降りてきた。当然、他でもない、フェリーチェルが乗り移ったマジックビートルである。

 リリエラ達の傍、というよりも、さらに正確に言うのであれば、アンの傍に、といった方が正しい。甲虫はアンの目を覗き込むように浮遊すると、

『アン女王、お久しぶり』

 アンにも分かる筈であるフェリーチェルの声で挨拶の言葉を掛けた。その声が誰の物なのか、アンにもすぐに理解できたらしく、目前の、降り積もる情報の嵐のような光景に気圧されながらも、アンはなんとか言葉を絞り出した。

「お久しぶりじゃ、女帝フェリーチェル」

 だが、その色はどちらかといえば困ったような調子で、やや後ろめたそうな表情にも、複雑な心境を滲ませていた。女王であるアンが、デザートラインの中ではなく、荒野のど真ん中にいるという異常な状況を、どう説明したものかと考えあぐねているようでもあった。

「その、これは、じゃが」

『今は大丈夫。だいたいの事情は人伝に聞いています。大湿地を西に回り込んで、北へむかってください。細かい話は、合流してから聞かせてもらいます』

 フェリーチェルはアンの弁解を遮り、ただ合流を急ぐべきと説いた。それは身を守る為に使えるものがほとんどない荒野においては全くの正論で、だが、同時に、アイアンリバーがアンを保護するまで手を貸してくれるという話でもなかった。

『ハワード殿、こちらではマグニフィセントとのいざこざに手を貸すことができません。合流までの間のアン女王の身の安全についてはお任せいたします。こちらの者とマグニフィセントが交戦すれば、アイアンリバー対マーガレットフリートの間の戦争になります。あなた方三人の為に、無駄な血を流す訳には参りません。ご理解願います』

「理解している。ご配慮有難い」

 ハワードも、それには納得した。マーガレットフリートとアイアンリバーの間の戦争を引き起こすことは、アンも望むところではない。二人は頷きあい、万が一、マグニフィセントに見つかった際には、自分達で解決しなければならないことだと認めた。

「すぐに向かおう。わざわざ申し訳ないばかりじゃが、ここは詫びるのではなく、礼を申しておこう」

 マジックビートルに向かって、アンは僅かに笑った。フェリーチェルもそれでいいと言いたげに、

『どういたしまして』

 短く、礼を受け取ったという意思表示を返した。

 アンとハワードは、やや離れた場所にいるリリエラを見た。リリエラはまだ夢現といった足取りで破壊されたデザートラインにふらふらと近づきつつあり、アン達の傍を離れて行こうとしていた。

「リリエラ、アイアンリバーと合流することになった。行こう」

 ハワードが声を掛けると、リリエラも足を止めて振り返る。しかし、彼女の口から出た言葉は、了承の言葉ではなかった。まるで妄執に憑かれたような声で、低く、

「私は行けない」

 と、答えたのだった。

「私はあのひとを探す為に、一人でデザートラインを離れたの。私はあっちへ行くわ」

『コチョウを? 何故?』

 マジックビートルがリリエラの傍に飛ぶ。フェリーチェルは、インフェルノのデザートラインを破壊した人物を知っている。彼女は、本人の次にあのフェアリーを良く知っていると自負していたし、それは間違いない事実だった。そんなフェリーチェルだからこそ、

『コチョウは、きっとあなたが思っているような奴じゃないよ。あいつはただの無法者だ』

 近づくべきでないと警告した。

『自分の命が惜しくないのなら別だけど、あんな奴に関わっちゃ駄目。私は全部知ってる』

 マジックビートルは、破壊されたインフェルノのデザートラインの残骸を眺めるように浮いた。フェリーチェルは、コチョウに聞こえているだろうことは分かっていて、だからといって、コチョウを否定することをやめるつもりにもならなかった。

「けれど、比類なき力を持っているわ。私はその秘密を知りたい」

 リリエラの言葉に、

『それこそ破滅の言葉だ。コチョウがもつ力はコチョウ以外には理解できない。たしかにとてつもない力を持ってることは私も認めるし、間違いなく常識外れに強いことも事実だよ。でもそれは死と破壊の力で、誰かを守ったり、誰かを救ったりする力じゃない。そういう風に使わるときもあるのかもしれないけど、私が思うに、そんなのはただの気紛れで、そんなコチョウだから御せてる力なんだと思う。あるいは最初から御するつもりなんかないから使いこなせてるのかも。あれは人が求めちゃいけない力なの。多分だけど、きっと。いいえ、絶対そう』

 フェリーチェルは、切々と触れるべきでないものに触れようとしているのだと訴えた。それはリリエラも肌では感じていたが、それでも求めずにはいられない自分の衝動にも正直であった。

「それは分かっているわ。でも、私は力が欲しい。たった一人でデザートライン旅団を撃退できる程の力があれば、きっとこんな世界でも、力強く生きていけると思うの」

「成程な。それで荒野にたった一人いたという訳か。合点がいった」

 ハワードが会話に混ざる。彼はまだアンが抱えていたが、彼女が自分で立ちたいと言うように身動ぎした為、静かに地面に降ろした。

「確かに、今の時代、あれだけの力が手に入る物なのであれば魅力的だ。俺も同意する」

 ハワードは、だが、と続けた。彼はリリエラの横を通り過ぎ、デザートラインに近づきながら続けた。

「俺も長いこと生きているが、これほどまでに危険だと感じたこともない」

 そして、足を止める。肉眼では確認できない誰かに対し、彼は声を張り上げた。

「私はハワード・レイ・オースティンという。デザートラインと交戦後で疲れているかもしれんが、一戦を申し入れたい」

「それは、死んでも文句は言わんということでいいのか?」

 返事は意外な程近くから返って来た。ハワードの頭上から、少女のような声は降って来た。

「手加減はせんぞ。挑んでくるなら死ぬ覚悟をしておけ」

「死の覚悟なくこんなことを申し入れたりはせんよ。たまには私も死力を尽くしてみたいこともある」

 ハワードは短く笑い、次の瞬間、不意打ちの如く閃いた斬撃を、彼は無造作に左腕で受け止めた。ハワードとコチョウの勝負は、合図もなしに始まった。

 リリエラやアンが見守る前で、ハワードの腕に打ち付けられた破片のように小さな剣が陽光を照り返した。その繰り手である人物はハワードと比べてあまりに小さく、蝶の翅を生やした姿は、まごうことなきフェアリーそのものだった。冷たい銀の髪の一本一本が刃のようにぎらつき、血を溜めたような目に狂気的な歓喜が浮かんだ。

「受け止めたか。木偶の癖にやるじゃないか」

 片手で剣を握り、ハワードの腕のひと振りで弾き飛ばされそうな程に、本人も、手にした武器も、見た目は小さい。だが、歯を食いしばるように受け止めたハワードの表情が、彼の腕力でも押し返せないことを物語っていた。

「重い。流石はデザートラインを紙細工の如く斬り裂く一撃だ」

 とはいえ、それを受け止めて斬り裂かれないハワード自身も、彼の手甲も、十分に化け物染みていた。そして、ハワードは周囲の人物が驚愕するような言葉を吐いた。

「よもやとは思ったが、コマチか。最高かつ最悪のアーティファクト技師と古に謳われた」

 フェリーチェルですら、驚きを隠さなかった。ハワードは、フェリーチェルも知らない名前で、コチョウを呼んだ。フェリーチェルもコチョウが古い葦原の言葉であることは既に知っていて、だが、胡蝶であると認識していた。コチョウ自身に確認しても、それでいいと言ったことだろう。小町コマチであるとは、夢にも思い至らなかった。

「アーティファクト技師が、人形劇の舞台箱を憎んだ経緯は知らんが」

 ハワードは手甲をギリギリと鳴らしながら、コチョウを見て笑った。

「世界の中心と呼ばれた文明で、世界の滅亡を画策し、封印されたと伝承に残っている」

「その何とかって奴のことは知らんな」

 コチョウは対照的に、忌々しげに嘯いた。

「だが腹は立つ。その話はするな」

 コチョウはそう言うと、剣を引いた。

 実際、剣と手甲との押し合いでの力比べに紛れて、コチョウは吸魂の刃と呼ばれる、魔神の力を固めた刃を空中に造り出し、ハワードを狙おうとはした。しかしそれはハワード自身が放った何らかの力により打ち消され、形を得ることはなかったのだった。

 二人は戦いを辞めた。実力は理解できた。

「成程、届かんか」

 恐ろしい相手だ。ハワードはそう認めた。


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