表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
135/200

第五話 プロトタイプ

 リリエラに、先生、と呼ばれた男は、緩やかな動作で頷くと、小瓶をすぐにリリエラに手渡して返した。逆の手には彼が始末したのだと分かる、ホムンクルス型のパペットレイスが二人引きずられていて、とりもなおさずリリエラが察知できていなかった伏兵が、まだ潜んでいたのだということを示していた。

「危ないところだった」

 と、マグニフィセントの伏兵を乱雑に投げ、泥の地面に転がした。いずれも首がねじ曲がっており、動かない。男は既にとどめも刺し終えていた。

「せ、あ。オースティン卿。ありがとうございます」

 リリエラが呼び名を言い直すと、

「先生も卿もよせ。どちらも今は違う」

 呼ばれた男は憮然とした表情でやめるように反論した。

 背は高いが、無駄な筋肉がついていない、体格が大きいという程ではない男である。色の薄い金髪を丁寧に撫でつけた、清潔感がある風体をしている。瞳の色はヘイゼル。年齢は推し量りにくいが、中年と言ってしまえばそれまでだ。絵にかいたような、ハイエア・マーガレットの文化を色濃く残している紳士である。生身の人間の身では生き残れない毒ガスの中にあっても平然としているところから、彼もまたパペットレイスであると知れた。

 そもそもパペットレイスに身分などなく、貴族などという特権階級も、浮遊大陸国家の崩壊とともに消滅した過去のものである。つまりそれは彼がまだ生身であった頃にそういった階級であったことを意味しており、さらには彼もまたその頃の記憶を有していることを意味していた。

 ハワード・レイ・オースティン。浮遊大陸ハイエア・マーガレットでは侯爵であったという。浮遊大陸国家末期の人物で、既に浮遊大陸に蔓延るようになっていた異形のモンスター達から領民を守って戦ったという、武勇に長けた偉丈夫としても知られている。彼が行った討伐の話は、娯楽に乏しいデザートラインでは数少ない子供向けの娯楽、絵本として多くの旅団の間で取引されてきた。リリエラ自身も幼いころは『オースティン卿の悪鬼退治』を読んで育ったのを覚えている程に、幾つかの逸話は一般的だ。

 そんな彼でも、浮遊大陸の文明崩壊を止めることはできなかった。彼は領民の安全と生存の為に身を粉にして働き、家財のすべてを投げうってでもデザートラインの建造を進めさせ、民を地上へ逃がしたのちに、自身はハイエア・マーガレット王家の参集の求めに応じ、まだその運行システムも不安定だった初期のデザートラインの仕組みを支える為に、パペットレイスになったのだと言われている。その為、彼自身も最初期のパペットレイスでもあり、ホムンクルス型の有機体パペットレイスのプロトタイプなのだという。それも、百年単位の古い話だ。

 当然、ボディーのポテンシャルは、のちに改良されていったパペットレイスと比べ、お世辞にも高いとは言えない。それでも彼が百年以上も健在であり続けたのは、人間時代に培った様々な経験のお陰であり、知識と経験で個体の性能差はひっくり返せるという生き証人でもあった。

「こんなところにいたとは。旅団から逸れた場所からは優に六百キロメートルは離れている。歩いてきたにしては、少々遠い距離だな、リリエラ」

 気安く彼女を名前で呼ぶハワードであるが、ハイエア・マーガレットの王家の求めに応じ、デザートラインに乗ったという逸話から分かるように、彼もマーガレットフリートの一員である。そして、リリエラから先生と呼ばれたことから分かるように、彼女が一人前のパペットレイスになれるように、基礎的な訓練を行ったのが、他ならぬハワードだった。二人は、師匠と弟子の関係だった。

「あなたも私を連れ戻しに来たのですか?」

 ハワードの疑問に答える代わりに、リリエラは質問を返した。ハワードは一瞬困ったような顔をしてから、やや収まりが悪そうに答えた。

「いや、ここにリリエラがいたことは完全に想定外だ。奴等のターゲットがリリエラに移ったのも、だ」

 彼はそれから、弁解するように状況をリリエラに聞かせた。

「マーガレットフリートを出てきた。つまり、その、だ。リリエラが巻き込まれたのは、偶然だ。俺が奴等を引き付けた先に、君がいた」

 ハワードは普段は上品を装い、私、という一人称を使うが、都合が悪い時や気心の知れた相手の前では、素を出して、つい俺、という言葉が出る。リリエラは、それだけで、マグニフィセントにリリエラが発見されたのは、本当に偶然だったのだと知ることができた。

「私が、私の知らない方法で追跡されている訳じゃなかった訳ですね」

「そうなる。まったくの偶然だ」

 ハワードが頷いた。

「俺が追跡されている。君はこのまま行方をくらませばいい。連中は君を追跡できない。君がどうやったかは知らないが。幸運なことだ」

「幸運なんて不確かなものじゃありません。私はケミカルマンサーで、そして技師でした」

 リリエラが笑って答える。ハワードのボディーについては詳しくないが、反応を探せば、ボディーを切開しなくても追跡ビーコンの位置を特定できることは知っている。彼女はその為の術を持っていた。

「あなたのビーコンも溶かしてしまいましょう。それで追跡されなくなります」

 詳しい話はそのあとだ。まずは追跡を振り切る為の処置をした方が良い、リリエラはその考えを優先した。

 触媒の小瓶のひとつ、歪な形をした黒っぽい石が入った小瓶をコートの裏から取り出し、ハワードの体をスキャンするようにかざして宙を滑らせる。全身をくまなく探り、リリエラでは手の届かない頭部は、ハワードに屈んでもらって解決した。

 何度か反応があった。石が僅かに光ったのだ。追跡ビーコンの強い波長を受けるとそれに反応して表面が光る石であることを、当然リリエラは知っている。リリエラは、追跡ビーコンは五ヶ所だと判断した。

 それが済むと手にした小瓶を別のものに変える。今度は無色透明の液体が入った瓶だ。それを手に、今度は追跡ビーコンを溶かす為の魔術を行使した。見た目には何も起こらない。ケミカルマンシーは対象以外に効果がない魔術だからだ。ビーコンの素材を変質させ、その他の有機体には影響の出ない化学変化での破壊をさせることは、リリエラにとっては難しいことではなかった。優れたケミカルマンシーの使い手だからというのもあるが、それよりも追跡ビーコンの材質を良く知っているパペットレイス技師だったからという方が理由として大きい。

「これでいい筈だけれど」

 言いながら、再度、ハワードの体をスキャンした。今度は、先に使った石に反応はない。追跡ビーコンが発進を止めたことの証拠だった。

「良さそう。もう大丈夫です」

「流石だな」

 百戦錬磨のハワードにも、そういった処置はできない。リリエラとばったり鉢合わせになったのは、思わぬ幸運だったと彼は喜んだ。

「移動をしながら話そう。連中の後詰めが来ることは大いにあり得る」

 ハワードが提案し、移動しながら互いの状況を話すことにリリエラも同意した。ぬかるんだ地面は歩きにくいが、ハワードが先行することで、二人が泥沼に嵌るようなことはなかった。

「大湿地はこのまま歩けば一〇分ほどで抜ける。そのあとで、合流しなければならない人物がいる」

 ハワードにそう言われ、リリエラは嫌な予感がした。ハワードは、簡単に責任と責務を捨ててデザートラインを飛び出す人物ではない。そのことをリリエラも良く知っていたからだ。余程の理由がなければ、

「マーガレットフリートを出てきた」

 などと言うことにはならない筈で、その余程の理由を抱えているのが、合流しなければならない人物の方だと予感させるのに十分だった。そして、ハワードにそこまで思い切った行動に出させるような影響を持った人物など、そう多くはなかった。

「まさか」

 聞きたくなかったが、リリエラには聞かなければならなかった。嫌な予感は頭痛にすら思える程で、気分の悪さまでこみあげてきた。

「アン・イライザ・マーガレット・スプリングウインド」

 ハワードが答える。当然、リリエラも知っている名前だ。

 ――やはりだ、とリリエラは思った。

「女王陛下を連れだしたら追われるに決まっているわ。何があったんですか」

「正確には俺が陛下を連れ出したのではない。女王陛下が俺を連れて出奔されたのだ」

 ハワードが更に答えた。そんなところであろうとは、リリエラにも推測はついていた。

「マーガレットフリートの伝統主義にうんざりされたそうだ。ハイエア・マーガレットが滅んで何百年が経ったと思っているのかと。陛下は女王を排し、いい加減過去の国の幻から皆が自由になるべきと語られたが、周囲の者達は、陛下の思いを受け入れなかった訳だ。それがこじれてこうなった」

 ハワードの説明に、リリエラは額を抑えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ