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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
危急存亡のパペットレイス
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第一話 パペットレイス

 コラプスドエニー。

 その世界は住人達からそう呼ばれていた。荒廃した死んだ大地と、人の手には届かぬ空に浮かぶ豊饒の浮遊大陸を擁する、歪んだ世界である。

 空に浮かぶ浮遊大陸には、草原が、そして、森林が広がっている。しかしそこには、人間はいない。翼をもつ生物と、どのように棲みついたかもわからないモンスターだけが暮らす、人が今更入植するには、危険すぎる原野だった。

 もっとも、空の世界が最初からそうだった訳でもない。そもそも、浮遊大陸を浮かべたのは、他でもない。人の文明が技術によって行ったことだった。空に住むことを決めた彼等は、大地が死に始めたまだ早い時期に、自分達が住まう地を、その影響から守る為に空に浮かべ、だが、そのことが原因で滅んでいったのだ。人は、空では生きられなかった。何より、切り取られた限られた土地は、人が暮らすには狭すぎた。

 しかし、空に上がったすべての人々が死に絶えた訳ではない。彼等の一部は、一旦は空に上がったが、地上に残った多くの人々を見殺しにするそのやり方を、結局は、良しとはしなかったのだ。

 地上に降りた彼等は、その高度な文明知識を、地上で生きる者達と共有し、死せる地上で人が生き抜く為の、走行する村であり、街でもある、高い走破性をもつ無限軌道の要塞列車を開発した。人々はその列車を、荒野の列車、デザートラインと呼んだ。

 デザートラインは、砂漠を、荒れ野を、高原を、湖沼を、そして、海上を駆け抜ける能力を有している。本来どうやっても登り切れない崖も、あるいは水上でさえ、ある程度の高さや広さがあれば、自力で自分が走行する為の道となるフィールドを形成し、走り抜ける。それは空に浮かぶ浮遊大陸に届く程の物ではなかったが、地上や浅瀬であれば広く行動範囲を持てるだけの優れたものだった。

 人々はデザートラインの中で、僅かに地上に残ったまだ生きた土を守り、植物を、家畜を育て暮らしている。だが、それとて外界の死んだ大地と無縁という訳にもいかない。デザートラインの管理、運行には、燃料や水がいる。メンテナンスの為には鉱石もいる。それは乾ききった過酷な大地に探さねばならないもので、その探索は生身の人にはあまりにも危険すぎた。

 故に、人は、その探索を人ならざる人に任せた。その人々の要望は、やはり空から降りてきた人々が持っていた文明知識の結晶で、空に上がった文明国では、かつて様々なことで活用されていた、ホムンクルスやゴーレムを造り出す技術をもって叶えられた。

 パペットレイス。

 その、人に造られた人は、そう呼ばれている。あるいは鋼や魔法金属の体を持ち、或いはホムンクルス同様錬金術で生成された、合成の有機体の体を持つ者達だ。

 時に、過酷な状況の暮らしが続けば、良からぬ考えを持つ集団が出てくるのも世の常だ。つまりは、自分達で探すのでなく、他のデザートラインを襲い、略奪した方が早いと考えるような不届き者達である。当然そういった略奪旅団は存在するし、デザートラインそのものを武装し、方々で破壊と略奪を繰り返している。

 となれば、自衛のために、ならず者たちでない旅団も、デザートラインを武装し、対抗するのは当然の事であった。そして、そうやって武装した結果起こることは、もう、知れている。限りある鉱石や水資源を巡って争い、時折それは、複数のデザートライン旅団が絡み合う、大戦争に発展した。ありていに言って、人々の暮らしは、何処までも暗く、荒んでいた。

 そんな世界の中に、そのほんの小さなデザートライン旅団はあった。たった二編制のデザートラインから成る、まさに、村、だ。クリークステップと呼ばれたその村は、今、全滅の危機に瀕していた。

 自分達の規模を遥かに超える勢力の略奪旅団に目を付けられ、これから襲われようとしていたのだ。略奪旅団であると彼等が相手を断定した理由は、自分達が数時間にわたり追跡されていたこと、その追跡に対し、クリークステップから通信による会話を求めたものの、全く返答がなかったことからの判断であった。相手の略奪旅団の名は誰も知らない。すべてのデザートラインを真っ赤に塗った、あまりに悪趣味な旅団であることだけは、見て分かった。

 パペットレイスは、こういった時には、防衛の為に、歩兵として戦うのが常だ。“若い”パペットレイスである、長いコートを纏った彼女も、戦闘が始まるその時を、待っていた。女性の姿をした、ホムンクルス型のパペットレイスだ。やや赤みを帯びた茶色の頭髪をもち、褐色めいた肌の色をした外見は、子供とは言えない年ではあるが、大人にもなり切れていない年齢を彷彿とさせた。彼女の名は、リリエラという。

 いまだ略奪旅団の車列は遠く、荒野の陽炎の向こうで揺れているだけだが、明らかにクリークステップ目がけて走ってきていることは分かっている。一〇編成もの大編成を前に、クリークステップの住民達は、逃げおおせるのは不可能と、覚悟を決めていた。

 クリークステップの規模は小さい。所属しているパペットレイスも、一〇人にも満たない。そして、リリエラにとって、これから始まるであろう戦闘が、初の人同士の争いで、つまり、初陣だった。初陣で命を散らすパペットレイスは多い。そのことも彼女は知っていた。

 とはいえ、彼女は逃げることは考えていない。実際、彼女はクリークステップで開発された訳でもなく、探索の最中に行き倒れていたところを拾ってもらった恩があるのだ。実際、パペットレイスは貴重な戦力かつ探索要員ではあるが、パペットレイスの人数に余裕がある旅団では、予定日時になっても探索から戻らないパペットレイスを見捨てて去ることはよくあった。非情なようだが、行方不明者を捜索すれば二次被害の危険もあり、もっと貴重な資源の浪費になる恐れがあるからだ。リリエラも、だから、彼女を見捨てた旅団に恨みはない。初めての探索に失敗した自分に落ち度があったのだと理解している。

 リリエラは地平線に紛れるように揺らめく赤い車列を睨んでいた。ここで果てようと悔いはない。ただ、自分を拾ってくれたクリークステップの人々を、一人でも多く守りたい。それだけが彼女の望みだった。実戦経験のない彼女が大編成の略奪旅団の猛威にどれだけ抗えるのかは怪しい限りだったが、それは少しも怖いと思わなかった。

 自分は死ぬのだろう。リリエラは、そう覚悟していた。目を逸らすことなく、自分が死ぬべき時を待った。

 しかし、彼女の覚悟は、思わぬ状況の変化で、空振りに終わった。略奪旅団の車列が、また遠い距離から、最初の砲撃を行ってきた時に、その驚くべき事態は、まさに起こった。

 目視では屋根の上の砲が判別できない距離からでも、デザートラインの砲弾は届く。しかし、放物線を描いて放たれたそれは、空中の一点で、突然炸裂したのだ。そこには何もないように見える。しかし、間違いなく、何かに当たったから爆発したのだ。その証拠に。

「いてえっ!」

 そんな叫び声が、聞こえた気がした。それと同時に、他のすべての砲弾が、ピタリと空中で止まり、跳ね返されて略奪旅団のデザートライン目がけて着弾して行った。それは寸分違わず、赤いデザートラインの車体を直撃し、続く砲弾も、すべて同様に跳ね返されていく。更にそれだけにとどまらず、上空から大量の稲妻が降り注ぎ、次々に略奪旅団の車列を打った。まるで怒りの嵐のようだ、と、リリエラには見えた。

 デザートラインからの砲弾はすぐに止み、襲撃を掛けてこようとしていた旅団の車列は、炎を上げて立ち往生する墓標のような姿を晒した。

「私に当てたことだけはいい度胸だと褒めてやりたいとこだが、何だ、もう終わりかよ」

 今度は、確かに声が聞こえた。リリエラの空耳ではなかった。周囲の他の者達も、声のする方を探している。頭上だ。

「そもそも痛いで済む生物がいるのか」

 そんな呟きも、リリエラの仲間の中から聞こえてきた。当然だ。頑丈なデザートラインの車体に穴を開け、武装を破壊する為の兵器なのだ。普通であれば、生身で受けて生きていられる筈もない。しかしながら、頭上の声の主は、生きていたどころか次弾以降を跳ね返す元気を残していたのだから、おかしいを通り越して、最早化け物といえた。

「何者だ?」

 しかし、肝心の人物がほとんどの者達には見えなかった。僅かな大きさの何かが見えたような気がするだけだ。ただ一人、

「まさか。フェアリーだと?」

 パペットレイスの中でも、狙撃を得意とし、優れた望遠視力をもった者がようやく見つけ出したとばかりに驚きの声を上げる。

 フェアリー。それは遥か昔に枯れた森と共に滅んだという、ほんの小さな人型の種族の名だった。現在の荒野で生きられる筈もない、儚い生物のことだった。

「まさか。フェアリーが現代に生きていたとて、砲弾に耐えることはありえまい」

 仲間達は見間違いを疑った。しかし。

「フェアリーで悪いか」

 頭上から、答えは返って来たのだった。


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