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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第一三話 脱走

 それから、コチョウの脱出の試みは始まった。自分のオーブは看守室に置いてきた。もともと保管棚に置きっぱなしにしてあり、そのままで良いと判断した。就寝室のベッドに移しても良かったが、戻ってそうするのも面倒臭かった。

 簡単な罠であれば他者から奪った経験で破壊できる自信がある。もっとも、高度な罠に何処まで対処できるかは、やってみなければ分からなかった。

 ほとんど土をくり貫いた穴倉でしかない、洞窟じみた監獄には、通風孔らしいものが作れる場所は限られている。コチョウは抜け穴を抜けた先のラウンジを目指した。盛大に火を焚く場所でもあり、その天井近くに小さな穴を塞いだ金網が、横一列にあることには気付いていた。そこが最も有力な脱出経路になるだろう。

 脱出計画初日、コチョウが進めたのは、水平に筈か五メートルに過ぎなかった。通風孔の壁は金属で補強された四角い管のようで、思った以上に悪質な罠があり、下手に進めば潰して焼く機構に、穴の中に溜まりがちな塵と一緒にプレスされて分解されることが分かったからだった。その複雑窮まりない機構の動力を止めるのに、ほぼ一日を費やした。その仕組みは、魔法だけに頼ったものではなく、極めて高度に複雑なからくりを動力として動いていた。

 コチョウは看守室には戻らず、ラウンジの奥の部屋の適当な場所で丸くなって眠った。酒樽や、ジョッキや皿が置かれた棚、食材の木箱や樽、そして、調理用のスペースと井戸がある部屋だ。食材の樽の奥に、薪と着火用の藁の山があったから、彼女は藁の山を選んだ。フェアリーはもともと小食で、ほとんど食事をとらない。空腹感はなかった。

 二、三時間経って、ひとの気配を感じたコチョウは目を覚ました。うっすらと目を開けると、薄汚れた人間の女の姿が見えた。確か、ジェリといったか。

 忍び寄っているつもりだが、殺気が濃すぎる。素人なのは分かっていたが、まったく気配を殺せていなかった。

「それじゃ誰も殺せないぞ」

 転がったまま、コチョウは声をかけた。

 女は立ち止まり、びくっと体を震わせる。ジェリの左手には、どこで手に入れたのか、果物ナイフが握られていた。確かに、フェアリーひとりを殺すなら、刃渡りの小さい果物ナイフでも十分だ。

「ガーグの敵討ちでも考えたか? 律儀なもんだな」

 藁の上で起き上がり、コチョウは勝手に話し続けた。立ちも、飛びもしなかった。

「それなら、自分が死んでも文句は言わないな?」

「……うっ」

 呻きのような声が、ジェリの口から漏れた。何かを言いかけたのかと、コチョウは続きを待ったが、ジェリはそれ以上、何も言わなかった。

「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。私は弱虫と回りくどい奴と能無しと馬鹿と阿呆は嫌いだ。特にものをはっきり言わない奴が、今は一番嫌いだってことに私が決めた。私の睡眠の邪魔をするだけならあっちへ行くか死ぬかしろ。そうでなければさっさと用を言え」

 あくびをしながら、コチョウはジェリを見上げた。正直機嫌は最悪に近かった。

「どれも選べなければ私がひと思いに殺してやる。どれ、あと三秒待ってやる。三……二……」

「あ、あたいはどうしたらいい」

 ジェリはそう口走った。コチョウはその言葉に、首を右へ傾げた。

「は? ……お前は何を言ってる」

 そんなことはコチョウが知ったことではない。勝手にしろ、以外の答えがあるとでも思っているのか。全く問いの意味が理解できなかった。

「ガーグだけじゃない。みんな死んだ。みろ、ここは死体ばかりじゃないか。こんな虐殺現場で、あたいはどうやって生きていけばいい」

 ジェリの言葉はやはりコチョウには響かなかった。そんなことは自分で決めれば良い。でなければ野垂れ死ぬだけだ。

「生きたきゃ何でもやって生きろよ。無理なら死ねるさ。そんなことまで私が知るかよ」

「あんたにはできるだろうさ。あたいにはできないよ。どうにかしてくれよ。あんたがこんな惨状にしたんだ」

 ジェリの言っていることは支離滅裂だ。必死さは分かったが、分別はないと、コチョウには思えた。

「それが何で果物ナイフで殺しに来る行動に繋がるんだ? お前、さては錯乱してるな」

 ため息だけが、コチョウの口から洩れる。お節介は性分ではないが、わざわざ殺す程の理由も感じなかった。

「看守室に行ってみろ。レントって看守がまだ生きてる。頼るならそいつを頼れ」

 手をひらひらと振り、コチョウはまた藁の上に寝転がった。殺したければ襲ってこいという意思表示だ。無論、返り討ちにするだけだ。その方が、コチョウとしては面倒が少なくて良かった。

「分かった」

 ジェリはナイフを捨て、去って行った。気骨のない奴だ。だが、馬鹿ではない。コチョウはそう評価した。

 再び目を閉じ、コチョウは睡魔に身を預けた。それから何時間経ったのか、彼女が目を覚ました時には、活力と魔力は戻っていた。

 金網を外した通風孔にまた挑む。

 睡眠前に破壊した機構はもう動かなかった。コチョウは水平に掘られた穴を進み、上方へ伸びる縦穴まで辿り着いた。

 穴を見上げて、流石のコチョウもげんなりする。スパイクやら回転刃やら、ここまで念入りに設置しなくても良いだろう数の殺人からくりが、穴の中にびっしりと並び、蠢いていた。これは確かに皆、抜けるのを諦める訳だ。

「面倒臭いな」

 コチョウの呟きが穴の中に響いた。いちいち破壊するのは面倒だが、無視できそうには見えなかった。こんな時に監獄内で奪った経験が偶然役に立った、などといった都合のいい話があれば良いのだが、残念ながら、そんなものは存在していなかった。それこそ、今は看守室で眠っているフェアリーから、成り行き上奪った形になった経験も、何の足しにもならなかった。

「まとめて吹っ飛ばせれば楽とはいえ、そんな方法もない、か」

 苦笑して、一つ一つ、壊して進むことにした。横着をしなければ、スパイクをへし折り、回転刃を叩き割り、左右から迫り出す鋏刃をひん曲げることはできた。それでも、何度も繰り返していれば手も痛くなる。休息を挟みながら進むことになり、その日は前日よりも更に進めた距離が少なかった。どうやっても頭上の刃物を破壊することになる為、落ちてくる鋭利な破片から身を守る必要もあったことも、進みを遅らせる原因になった。縦穴は、一五メートルは続いている。単純に考えても、罠の群れを抜けるまでに、八日はかかる計算になる。全く忌々しいことだと、コチョウは(はらわた)が煮えくり返る思いを抱えながら、その日も藁に埋もれて眠った。

 翌日も同じことの繰り返しだった。ただ、前日とは違うことがあった。ジェリがまたやって来たのだ。通風孔から響く破砕音で中にコチョウがいると気付いたらしく、穴に向かって声をかけてきた。

「レントがたまには戻ってきて飯を食えってさ。倒れたら本末転倒だってよ」

 何で自分が、という不満が含まれた声だった。伝言を頼まれたのを不服に思っているようだった。

「煩いと伝えとけ。腹が減ったら勝手に戻る」

 コチョウも同感だった。心配される筋合いもない。放っておいてくれというのが正直な答えだった。ジェリにもその不満が伝わった筈だ。だが、ジェリは去らなかった。

「なあ。あんた生きて出られると思うか?」

 そんな風に聞かれ、

「知るかよ」

 いつもの通りの文言を、コチョウは返した。

「他に方法があれば、こんな面倒なことはしてない」

 コチョウからすれば当たり前のことだった。脱出の方法が一つだけあるのなら、それを試すだけだ。何もしなければ死んでしまう場所で、死ぬと分かっていながら蹲っているのは、コチョウの選択肢には絶対にない。如何にもフェアリーらしく、しおらしく儚げでいることは、彼女の性分ではないし、そもそも、そんなフェアリーらしい連中から最初から除け者にされていた彼女が、その連中と同じように振舞うと考えただけで、虫唾が走る思いがする。

「ここでくたばるつもりはないだけだ」

 明快な答えのつもりで、コチョウは告げた。

「あたいには潜れそうもないな」

 何を思ったのか、ジェリはそんな風に言った。コチョウは、面倒で、その言葉には答えなかった。

「あたいはあんたにはなれないって言われてるみたいだ。ま、逃げられればいいね。応援はしてる。頑張んな」

 勝手なことを言い、ジェリは部屋を出て行った。もっとも勝手なことを言うのはお互いさまで、コチョウはそのことに関してはどうでもよかった。

 ただ、応援の言葉は、耳慣れなかった。


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