第二八話
エスプが透視で見つけた施設を実際に訪れたコチョウは、その見た目に一目で目的のものだと確信した。
のっぺりと背の高い建物の表面はなめらかで、コチョウにも見覚えのある材質でできていることがすぐに分かった。箱庭世界内で見た、アーティファクトと同一の技術で造られていることに疑いはなかった。
「あれよりも品質が良いな」
コチョウはそう呟いた。
むしろ、目の前の施設がオリジナル技術で、アーティファクトはそれを再現したレプリカであろうと察するくらいの差があった。
『おい』
と、コチョウがルナ、チャイル、スペル、チャームの、この場にいない四人にテレパシーを送る。
『何?』
返答はすぐにあった。
『お前達がいた浮遊大陸にそれらしい施設を見つけた。今からイメージを送る』
『大陸の数を数えるだけじゃなかった?』
チャイルにも聞かれた。
『余力があるなら施設も探しておいてくれ。余裕がない場合にはいい』
コチョウは皆に頼みの内容の変更を伝えた。そして、目の前の建物の見た目を、視覚的情報として、皆に共有する。
『おそらく同じような見た目の筈だ』
『中はどうする?』
『中も見ておく?』
離れていても息がぴったりたらしい。スペルとチャームがほぼ同時に、同じような質問を飛ばしてきた。コチョウも笑いを堪えられなかった。
『お前等どこまで仲いいんだ』
と、からかってから、
『中の探索は、今はいい。どんな危険があるかも分からん。まずこの中を私が調べてみる』
コチョウは自分の判断を伝えた。四人は了解の意志を伝えてきたが、
『エスプは? 連絡がつかないの?』
『エスプの意識は? 繋がらない?』
それに加えて、スペルとチャームが心配そうに聞いてきた。エスプの返答が飛んでこないことを心配したらしい。
『ここにいるから安心しろ。こいつは動けなかったろ。慣れるまで一人にすると危ない』
『そういうこと』
『そういうこと』
二人も、コチョウの答えに安心したようだった。納得したように、
『おねがいね』
『よろしくね』
とだけ、伝えてきた。
「行くぞ」
皆に情報を伝えたコチョウが、傍にいるエスプを見る。小型竜とはいえ、当然、体のサイズはコチョウよりもエスプの方が大きい。何ならコチョウが跨って移動できるくらいのサイズ差ではあったが、コチョウは、そうはしなかった。
「入口、逆側」
エスプが告げる。一度、安定して超能力が使用できた為に、自信がついたのだ。透視をするのを怖がらなくなりはじめていた。勿論、一回目はたまたまうまくいっただけだったのかもしれないという不安は感じているらしく、おっかなびっくり、という感は否めなかった。
「おう」
コチョウは、それでも、エスプに透視は任せた。彼女に聞けば自分でやるのが面倒臭いだけだと嘯くだろう。だが傍目で見れば、エスプの為にそうしているようにしか見えないのは間違いなかった。
エスプに先導させて、コチョウも建物の裏側に回る。正確にはもともといた方が裏側で、反対側が正面だったのだろう。出入口側に回ると、建物の表面はタイル状になっていて、のっぺりしたものではないことが分かった。
「入るぞ」
出入口は魔法的な仕掛けらしく、魔術で施錠されているのか物理的に開ける手段が存在しなかったが、コチョウは破壊せずに壁をすり抜けて通り抜けた。
中に入ってからエスプをしばらく待つ。なかなか追いかけてこなかった。理由は明白だ。超能力を使わなければ壁を抜けられないが、エスプが使ったことがない能力を使わなければならないということを意味している為、怖いのだ。
だが、怖がっていてもコチョウは戻ってこないと悟ったのだろう。目をきつく閉じて、えいとばかりに、気合を入れた様子で壁を通り抜けてきた。正直あまりの力み振りはおかしかったが、コチョウはそれも声には出さずに進んだ。
施設の中は最上階までのぶち抜きで、中央に円柱状の魔法装置がそそり立っている。魔法装置は直径一五メートル程の大きさだった。
「何だろ」
正体が、エスプに分かる筈もない。コチョウよりも先に、不思議がる声を上げた。
「ふうん」
一方で、コチョウは納得の表情を見せた。魔法装置を見た瞬間、コラプスドエニーが滅ぶというメカニズムも、荒廃を続けている理由も、理解した。
「単純な理由だったか」
エスプを置き去りにするように、コチョウは魔法装置の前へ飛んでいき、ぐるりと一周してみた。そして、壁を見回して頷いた。
「魔法動力のリフト。上か」
と、独り言ちる。見上げれば、装置は地上三階程の天井まで届く高さがあるらしく、二階と三階に、リフトで登っていける制御用のステップがあるのが見えた。勿論、コチョウにリフトは必要ない。上に向かって飛ぶだけだった。
二階部分のステップには制御盤のようなものは見当たらない。その階を無視し、コチョウは三階へと飛んだ。そして、その階に制御盤を見つけると、その前へと迷わず近づいた。
「ふん」
と、制御盤を見回して短い声を上げる。エスプもあとを追ってやってきた。コチョウに、疑問を投げかけてくる。
「分かる?」
「全部は分からん。だが、ある程度は理解できる。大胆すぎる装置だってことも分かった」
コチョウはエスプを振り返り、頷いた。魔法装置を眺め、ふう、と、息を吐く。
「どうだ。でかい装置だろう?」
と、エスプに聞いた。
「うん」
エスプは純粋に、大きさに感心しているように頷いた。だが、それを、コチョウは笑った。
「檻だからな。中はもともと空洞だ。閉じ込められてる奴がいなければ、だが」
「どういうこと?」
「この世界は、この類の装置で、無理矢理生物が住める環境にしてるのさ」
コチョウはそう切り出し、
「生物が住める環境に整えている力の源は、この中に閉じ込めた魔神だ」
制御盤を撫でながら続けた。
「私も一度やられたが、かつての文明は、魔神を封じ、捕らえ、力を奪うことができた」
だが、その装置が狂いだした。主な原因は経年劣化だろう。
「こいつは見た目には異常がないように見えるが、その実、おそろしく老朽化している」
だから、世界は元の姿に徐々に戻りつつある。性能が保てていないのだ。
「このままだと、滅ぶ?」
というエスプの問いに、
「誰かが直すか新しいものを造るかしない限り、滅亡は止められんな」
と、コチョウは頷いた。
「コチョウは?」
さらに、エスプはそんな問いを投げかけた。
「ん?」
コチョウが首を捻る。質問の内容が理解できないと、言いたげに。
「コチョウは、直せる?」
エスプは、言い直して聞いた。できる、という答えを期待しているようだった。コチョウの口から、ため息が漏れる。
「やろうと思えばな」
コチョウの答えは、そうだった。間違いなく直せるし、解析すれば、新しく作り直すこともできる自信もあった。
「じゃあ」
「直す理由があれば、そうするさ。今の所、私がやってやる義理がない」
だが、面倒臭い。むしろ、システム異常でコラプスドエニーが滅ぶ前に、コチョウ自身の手で全部滅茶苦茶にしてもいいくらいにしか思っていなかった。
「直して、よ」
その放言に、エスプは泣きそうな声で訴えた。無理もないことだった。エスプからすれば、やっと自由に動けるようになったというのに、世界ごと滅ぶなどというのはあんまりだと言えるだろう。
「やだ。せっかく、動けたのに。死にたく、ない」
「そこまでは知らん」
コチョウはエスプの面倒は見てやっているが、そこまで責任を負うつもりもなかった。気紛れに、無責任に放り出したとして、別に痛むほどの良心も持ち合わせていなかった。
「人を頼るな。そうしたいなら自分でまず何とかしてみろ」
そもそも、最初から頼り切られるのは。御免だった。装置に満足しただけで十分だ。
結局、何も弄らずにコチョウは施設を出た。