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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第二七話

 浮遊大陸に戻ったコチョウは、目立つスウリュウの姿から、フェアリーに戻って木々の間を飛んでいた。結局コチョウはエスプの到着を待ち、彼女を連れて浮遊大陸を探索していた。

「考えてみれば、ここにも環境管理のシステムはある筈だ」

 と気付いたのだ。その設備がある施設を、エスプと一緒に確かめておこうという気になったのだ。

「ふう、ふう」

 木々の間を縫って飛ぶのは、エスプにはかなり気をつかうことのようだった。本来であれば小型竜であればそれ程疲労するようなことではないのだが、コチョウを追うのにエスプは息が上がっていた。

「少し休むか」

 コチョウがエスプを振り返り、木々の間の狭い岩場に降りた。エスプも彼女に従って降りてきた。コチョウは剥き出しの地面に難なく着地したが、エスプは距離感を誤ったのか、もう少しで地面に転がった岩のひとつに突っ込むところだった。

「おっと」

 と、コチョウが受け止めてやる。

「相当消耗してるな。無理をするな」

「ごめん、なさい」

 エスプは半分虚ろな目をしていた。ひどく疲れているのは見るからに明らかだった。

「いい。休んでおけ」

 竜の体でも、翼の付け根など、鱗が薄い、または鱗がない部分もある。コチョウはエスプの背に乗ると、そのあたりを軽く押し、筋が硬くなっていることをたしかめた。

「初めて動けるようになったんだ。限界を理解しなければこうもなる」

 コチョウが軽くエスプの翼の付け根をおしてやると、エスプは抗わずにだらりと翼を広げた。

「自分の力で動けて嬉しいのは分かるが、それで墜落死したら目も当てられないぞ」

 と、コチョウは笑った。

「うん。気を付ける」

 エスプにとってはすべてが初めての経験だ。向かった方角が同じで良かったと、コチョウも思わずにはいられなかった。

「私に心配をさせるとはな。お前、大物だぞ」

 エスプの翼を動かす筋肉を解しながら、コチョウは笑った。実際、普段のコチョウの行動からすれば、自分にメリットがほとんどないにも関わらず、他人のケアをするなどということは考えられないことだった。

「そう、なの?」

 エスプは深くコチョウを知っている訳ではない。不思議そうに聞き返した。あの娯楽室でコチョウと会った時、スペルとチャーム、エスプの三人以外を無慈悲に蹴散らしたことはエスプも知っているが、逆に言えば、その時以外のことは、シャリールを助けたことや、スウリュウに敬意を払ったことなどの記憶が印象に強い。本人が言う程の非情なイメージがなかった。

「私は、むしろ、優しい、と、思った」

「そうか? ……そうか」

 そんなエスプに、コチョウは一瞬驚いた顔をしたが、反論はしなかった。

「私も随分丸くなってきたのかもしれんな」

 と、笑っただけだった。

「だが、私が気紛れなのは一生変わらん。あまり信用しない方が良いぞ?」

 あまり解しすぎても炎症を起こすことがある。コチョウはエスプから降り、岩の上に転がった。

「超能力は使ってみたか?」

 おそらくまだだろうと分かっていながら、コチョウは敢えて聞いた。案の定、エスプは不安そうな顔を見せただけだった。

「まだ」

「ふん」

 エスプが自分の能力を抑え込んでいるのはコチョウにも分かる。そもそもコチョウも同じ超能力者だ。

「余裕があったら、透視か千里眼で、人工物がないか周囲を探しといてくれ」

「でも」

「やれ」

 反論しようとするエスプに、命令として言い直す。

「今ならやれる。逃げるな」

「怖い」

「一生怖がってるつもりか?」

 コチョウは出来ると思うから要求するのだ。エスプは今なら自分の超能力の強力さを活用できると確信しているから、強要した。

「私は不可能なことは要求しない」

「本当に?」

 と、エスプが聞く。

「ああ」

 確信をもって、コチョウは答えた。

「必ず制御できる。肉体が破壊されることもない」

「分かった。やって、みる」

 エスプにとって、コチョウの言葉は信じられるもののようだった。スズネやエノハ、フェリーチェルが聞いたらどんな顔をするだろうか。少し、コチョウ自身にも興味があったが、今は、それは関係ないと、頭の片隅に興味を追いやった。

「ああ。やれ。必ずできる」

「うん」

 エスプが目を閉じる。精神を研ぎ澄ましているのがコチョウにも分かった。やはり肉塊だった頃に、自分で制御するのを諦めていただけに、かなり力の放出の安定化が不得手のようだ。

「円形のトンネルを想像してみろ。そこを通すことをイメージするんだ」

 コチョウは声を掛け、サポートした。

「うん。試して、みる」

 エスプも頷いた。筋がいい。コチョウにも、エスプの力の放出のムラが抑えられていくのがしっかりと分かった。

「トンネルを持って、横に一回転することをイメージしてみろ。今はそれでいい」

「うん」

 一足飛びで超能力を使いこなすには、エスプは明らかに経験が足りていない。コチョウは放出方向を絞った基本からエスプに力の使い方を要求した。

「あ」

 エスプの手応えは、すぐにあったようだった。

「あったか?」

 と、コチョウが問い返すと、

「うん」

 エスプは小さく、自信なさげに頷いた。それを見たコチョウは、対象をエスプが見つけたことよりも、

「できたろ? でかしたぞ」

 超能力が制御できたことを褒めた。

「うん」

 エスプはそれ以外の言葉を忘れてしまったかのように、そう繰り返した。コチョウは、そんなエスプを笑った。

「大袈裟だな。お前はもともとできるやつだ。そんなもんで満足してるんじゃない」

「でも、なんで?」

 と、エスプはコチョウを見る。不思議そうな視線に、コチョウはちらっとだけ、エスプに顔を向けた。

「何がだ?」

 そして、すぐに空を見上げる。質問の内容が、分からなかった訳ではなかった。

「自分で、できた、よね?」

 エスプは、コチョウが自分に頼まなくても、自分で出来ただろうと言いたいのだった。

「面倒臭い」

 コチョウの答えに、

「うそ」

 と、エスプは反論した。絶対違うと、確信している目をしていた。

「やれやれ」

 面倒な奴に基本を教えてしまったかもしれない。コチョウは苦笑した。

「私も超能力が使えるからってだけだ」

 正直なところを、今度は答えた。コチョウ自身、最初から超能力が使いこなせていた訳ではない。最初はほんの弱い力しか使えなかった。今は様々な力が使えるあたり、自分に素質がなかったとは思っていない。だが、いかな素質があろうと、経験を積まないうちは、羽虫の集団にすら勝てないのだ。それはコチョウが、コチョウとして自覚してから初めての実戦の時の話で、そのことを、コチョウはよく覚えていた。

「使いこなせない素質なんてものには、何の意味もない。私は、そういうのは、嫌いだ」

「そう、だね」

 納得できたらしい。エスプも頷いた。

「分かったら休め。あとで案内してもらう時に、動けないなんて泣き言は聞かないからな」

 コチョウの言葉に、

「分かった」

 エスプは答えて蹲った。そして、呟くように、コチョウに言った。

「ありがとう」

 そんなエスプに。

 コチョウは、今まで使ったことがない、そして、自分が口にすることはないと思っていた言葉を、返した。

「どういたしまして、だ」

 おそらく、もう、口にすることはないだろう。それだけ、コチョウにとっても、他の誰かにとっても、珍しいことだった。

 勿論、そんなことはエスプには分からない。だからだろう、

「私、頑張る、よ」

 素直に、そう、約束した。


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