第二五話
コチョウは二冊の本を飛ばし飛ばしに読んだ。まずは魔法人形の開発記録を。それはどちらかといえば、開発技術を纏めた技術書ではなく、失敗までの記録を綴った日誌に近かった。
成り損ないが大量に眠っていた場所があったことから、そうだろうという推測はできていた為、違和感はない。コチョウとなった箱庭世界の人形は、もともと別の目的で開発されたのだ。だからこそ、あれだけの成り損ないが、作られた。
「最終的に疑似人格形成試験は失敗。人形そのものに自律行動能力を持たせようとすると人格が歪に成長することを確認。実験には不適合だが、別の用途での運用が見込める為、破棄は見送る。しかしあの悪意なき残虐性は誰に似たのか、か」
コチョウは最後の方のページを、声に出して読み、僅かに笑い声をあげた。
「これ、たぶん、お前だな」
『失礼ね。私はそんなんじゃないわよ』
ルナが頭の中で答える。コチョウが誰とは言わなかったにもかかわらず答えたあたり、自覚はあったに違いない。
『ってかさ』
チャイルがそれを疑問として示した。
『私達、なんの目的で造られたんだろ』
「分からん。この記録には、少なくとも目的は書いてない」
コチョウは答えた。おそらく、その目的が定まったあとだからこそ、ホムンクルスは開発されていたのであろう。だから、改めて書くまでもなかったのだ。コチョウはそう推測した。
「どうやら、ルナは一回認知機能から記憶まですべてをリセットされているようだな」
そんなことが記録には記されていた。
「目的の為にはここでは効率が悪すぎるとある。アシハラでは入手できる素材の量が少なすぎたらしい。もっと大量生産に向いた地に引っ越すことを決意したようなことが書かれているな」
その先があの浮遊大陸にあった遺跡だったのかもしれない。となると。
「お前達がいた遺跡は、浮遊大陸が空にあげられるよりも前のものであることが確定した」
とはいえ、それも分かっていたことだ。コチョウが壊した箱庭も地上にあった。ということは、箱庭世界が出来上がった時には、まだ地上に都市があったということだ。それより前に開発されただろうホムンクルス達が、浮遊大陸で造られたとしたら、明らかに時系列がおかしい。
「兎に角分かったのは、なんであれ私の魂の持ち主も相当の屑だったってことだな」
『どういうこと?』
ルナにはコチョウの結論が分からなかったようだ。
「間違いなく障壁は私の魂を認識して開いた。ということは、お前達を造ったのもそうだ」
コチョウが答える。
「目的はまだ分からんが、演劇人形を作る為って訳ではないことだけは確かだ」
『演劇人形? なにそれ』
その辺の経緯も、ルナが知っている筈もない。コチョウは面倒臭くなって問答を放り投げた。
「いや、何でもない。さて、環境管理に関する仮設とやらを読んでみるか」
その本に手を伸ばし、コチョウはすぐに手を止めた。しばらく考えてから、改めて手を伸ばす。そして、黙々と、その書籍に記されている内容を読んだ。
『一回手を止めたのなんで?』
チャイルに聞かれたが、
「んー?」
と、コチョウは生返事を返しただけだった。
『分かるわ』
『分かるね』
と、スペルとチャームは言う。
『環境管理、ね』
と、コチョウの代わりに、エスプがチャイルの疑問に答えた。
『仮説立てたの、何でかな。理由がない』
『そっか、確かにそうかも。普通っていうの、私、よく分かんないけど、たぶん、妄想って言われる奴だよね』
チャイルも納得したようだった。何しろ彼女達は、アーティファクトという結果を知らないのだ。
書籍を読みふけるコチョウは答えない。ただひたすらにページを見つめ、書かれている文章を目で追った。記録だけに、読むページはそれほど多くない。だが、そこには想像以上に多くの、コチョウが知らなかった知識が記されていた。ほぼ前半は、書籍に付けられた題名通り仮説にすぎなかったが、後半になるにつれ、その仮説の幾つかを実証する実験や理論の話に移り変わっていった。それは普通の感性であれば驚くべき内容で、しかし、コチョウ自身を驚かせたことは、そこに書かれた内容そのものよりも、その内容が自分に理解できるということだった。
それは予想以上の収穫だった。環境管理。読む前はおそらく仮想世界のアーティファクトに繋がった何かの仮説なのだろうとは思っていた。そしてそれは間違いなく正しかったし、そもそも仮想世界を構築する技術というものは、人形劇をさせる為などという娯楽の為に開発された技術ではなさそうなことも分かった。
というのも、コチョウの魂のもとの持ち主が、それ以前に、現在がそうであるように、世界がいずれ荒廃するだろうという仮説を、まだ世界が清浄であった頃に立てていたことが分かったのだ。それは必然で、必ず起こることとして、書籍には記されていた。生憎その仮説に対する証明や、そう仮説を立てた理由は最後まで記録には残されていなかったが、今の荒廃したコラプスドエニーは、それなりの知識と発想力があった者には予測できたことだということは分かった。書籍の著者はその証拠となるだろう場所についても記していた。ただそれは荒廃する前の地図に基づく情報で、今のコラプスドエニーにおいて、何処を指すのかは、また別の話として探さねばならないのだろうことも理解できた。
「そういうことか」
本を閉じ、コチョウは理解したことを声に出した。
『何が?』
ルナが問う。
「逆なのさ」
コチョウは笑った。
『逆?』
と、チャイルも疑問の声をコチョウの頭の中に響かせた。
「そう、逆だ。そもそもの出発点を、私も逆に考えていた」
兎に角、ここで覚えることはもうないだろう。本棚を眺めまわし、これ以上の発見ができそうな書籍はないことを確認し、コチョウは地下室を折り返した。
隠し扉を抜け、ダミーの地下室から空洞へと穴を上がる。
『分かった?』
『分からない』
スペルとチャームも全く理解できないという声を上げていた。説明すべきか面倒臭いか、コチョウは迷った末に、何となく、この魂を持たない五人の人格にもやってもらうことができそうな気がして、説明しておくことにした。
穴の途中で止まり、上には声が届かないように小声で告げる。
「もし、だ」
と、彼女も仮定から入った。
「コラプスドエニーが、破綻などしていないとしたら?」
『え? でもボロボロじゃない』
ルナは意味が分からないと返答した。それはそうだ。コチョウも、書籍を読むまでは、同じ反応を示しただろう。
「言い方を変えよう。この世界が、そもそも腐れた姿が、本来の姿だとしたら?」
『何を言ってるの?』
ルナは辛うじて聞いたが、他の四人は困惑で声にもならないようだった。コチョウは短く笑い、
「何らかの方法で、もともと荒廃してた世界を、生物が住めるように整えてたってことだ」
という話を、聞かせた。
「だから、環境管理って訳さ」
『じゃあ、今はそれが異常を起こして、うまくいってないってことなの?』
『それを元に戻す為の研究でもしてたのかなあ』
ルナとチャイルはそんな風に想像したが、
「いや、それも多分逆だ」
と、コチョウは答えた。
「環境管理のシステムを止める研究をしてたんだろうよ。何のつもりかは知らん」
だとすれば、自分が造った、おそらくそんな目的ではそもそもなかったのだろう人形に魂を移し替えられて、箱庭世界へと閉じ込められた。しかしそれでも人形になり切らず、諦めもなかったから、箱庭世界ごと、封印された。そう考えれば、コチョウは、経緯にある程度の納得もできそうな気がした。
勿論まだ推論にすぎず、断片的にしか物事は分かっていない。何のつもりで環境管理システムを止める気になったのかなど予想もつかないし、結局、それをしようとした、コチョウの魂のもとの持ち主がどういう人物だったのかの情報もない。
ただ、それだけの頭脳を持った人物であったことだけは分かった。すべての線を、コチョウが自覚した時、その破壊は進むのだろう。