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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第二四話

 深い穴を降りた先は、巨大な空洞になっていた。もともとあったというより、氷の下に埋まっていたものが時間の経過とともに朽ちてしまい、結果空洞を形成したといったような空間だった。

 空洞は底まで暗い。粉微塵に山となって積み上がっている残骸が、今は空洞となっている空間をかつて埋めていたのが、木造の建物だったことを示していた。

「これが旧アシハラか」

 コチョウの視力でもかなり暗く見える空洞を見回し、皮肉っぽく笑う。点々と土台だけ建物の形跡を残しているものもあるが、ほとんどはまっさらな廃墟と化していた。

「スズネやエノハに見せたら卒倒しかねんな」

「まさしく」

 忍者の一人がそんなコチョウの傍に立った。まるでシャリールなどいないかのように、場に不釣り合いなスフィンクスを気にする様子もない。服装こそ他の忍者達と変わったところはないが、横にいても気配と心情をほとんど読ませない振舞いで、探索を取り仕切っている上忍であるとコチョウにも分かった。

「何か変わったものは見つかったか」

 コチョウが聞く。彼女が探すべきものはそれなのだろうと、考えていた。

「実は」

 と、上忍が頷いた。

「アシハラ様式でない建物が、廃墟の向こうに見つかっております」

「どんな様子だ?」

 コチョウが更に問うと、

「地上部分は崩壊。地下への落とし戸までは見つかっております」

 上忍は分かっていることを隠すことなく明らかにした。

「しかし、如何なる手段を用いても開かず、そこから先の調査は進んでおりません」

「ふん」

 如何にも怪しい。コチョウはその報告に満足した。

「見てみよう。案内しろ」

 と、命じた。

「しかし流石だな。スウリュウをやり過ごし、ここまで入り込むのはたいしたものだ」

 とも褒めた。コチョウが本気で感心している証拠だった。

「目も見えぬご老体なれば」

 入り込めた理由は、そういうことらしい。気配を殺すことが本分の忍者達のこと、感覚も鈍っていたスウリュウを出し抜くのは朝飯前だったという訳だ。極寒対策については、コチョウは聞かなかった。それは忍者の秘術を暴くに等しい。

「では、こちらへ」

 上忍とは別の忍者が現れ、案内役を買って出た。忍者達の顔は誰一人として見えない。個人の区別をつける努力は無駄で、上忍の名も、案内役の名も、コチョウは聞かなかった。

 案内役の下忍が先導し、それにコチョウが続く。最後に、ざらざらとした空洞の床面を踏みしめながら、シャリールが続いた。

 忍者は足元が砂礫っぽい場所でも足音を立てない。シャリールの足音だけがあたりに響いた。

「足音が煩い。静かに歩け。でなければ飛べ」

 とコチョウはシャリールに文句を言ったが、その言葉に従いシャリールが飛ぶと、今度は羽ばたき音が更に煩く話にもならなかった。

「やっぱり歩け。逆に煩い」

 コチョウはため息を吐いて匙を投げた。

「ごめんなさい」

 素直に謝るシャリールだったが、

「スフィンクスに隠密行動を要求するのはどうかしていた。悪かった」

 むしろ要求が無茶だったことをコチョウの方が詫びた。その様子に、シャリールにも、実のところ、コチョウに余裕がなくなっているのだということが伝わったようだった。

「緊張しているんですか?」

「柄にもなくな」

 と、コチョウは笑った。どうもいろいろなことがコチョウの魂のもとの持ち主を中心に回っている節がある。つまるところ、それは、今はコチョウの問題と同じことだ。世界の問題を背負い込みたいとはとても思えないが、自分が生きている限り勝手について回るとしたら、どの類の問題なのかを不安がる気持ちくらいは、コチョウにもあった。

「だからと言って知らずにおくのは腹に据えかねる」

 というのも、コチョウの本心ではあった。同一の魂だとしても、コチョウにとっては元の持ち主など、どこの誰なのかも分からない他人だ。そんな他人に引っ掻き回されるだけというのは我慢がならなかった。

 しばらく忍者の案内を受けたのちに、コチョウ達は報告にあった廃墟に辿り着いた。見れば、確かにアシハラ様式ではまず見ない、石組の円形の塔だったことが見て取れた。

 周囲には他の建物の形跡はない。都市の中にあった建物ではなく、荒れ野にぽつんと建っていた塔だったのだろうことも偲ばれた。住民は、かなりの変わり者だったのだろう。

「これか」

 落とし戸はすぐに見つかった。取っ手も何もなく、一見ただの金属板のようだった。コチョウが軽く小突いてみて強度を確かめようとしてみたが、彼女の拳が触れた瞬間、

「うおっとお」

 その板は、跡形もなく消えた。塔の持ち主が誰だったのかも、それで明らかになった。

「これで入らないという選択肢はないな」

 当然のように、コチョウは地下に入ってみることに決めた。

「何人か同行しますか」

 忍者に聞かれたが、

「いや、やめておけ。私以外が入ると危険かもしれん」

 万が一自分以外が入った場合、全力で排除するだろう自覚がコチョウにはある。おそらく、元の魂の持ち主も、同様の気質があったのだろうと予想した。

「え、私はここに置き去りですか?」

 シャリールが青くなった。真っ暗闇の中にひとり残されることは、臆病なシャリールにとっては耐えがたい拷問だ。

「忍者共が周囲にたくさんいる筈だ。守ってもらっておけ」

 そう言い残し、コチョウは地下空洞よりもさらに暗い地下室に飛び込んだ。元はやはり人間大の生物だったのだろう。金属のステップが、井戸のような空間に下へ下へと点々と続いていた。狭い穴の中から下を見下ろすと、底がぼんやりと明るい。どうやら地下はそれ程複雑な構造ではなさそうだった。あるいは地下室だけで行き止まりになっているのかもしれない。

 壁はすべて石壁で、穴の途中には、ところどころに隠された噴射孔のようなものが見える。侵入者除けのトラップだろうことは確実だった。やはり忍者達を同行させなかったのは正解と言えた。流石の忍者共も、この狭い空間で罠に晒されれば進退が窮まる。

 地下室への穴は思ったよりも長く、コチョウが底に辿り着くのにしばらく時間がかかった。何度か遮蔽扉のような金属板で行き止まりになっており、上から見えた光は、その金属板が淡く光っている為のものだった。それらもすべてコチョウの手で触れると消え失せた。

「随分深くに地下室を作ったな」

 ようやく本当の底に辿り着いたコチョウが、ため息を漏らす。余程他人に立ち入られたくなかったと見える。厳重に隠したものだ。

 室内は入るまでは暗かったが、コチョウが飛び込むと自動的に灯りが点いた。壁に埋め込まれた石が発光している。所謂魔法装置の、もっとも単純な類のひとつだ。

 室内は、原型をとどめていないテーブルだったらしい残骸と、棚だったのだろう崩れた何かが目立つものとして残っていた。テーブルの傍にはさらに小さい残骸があり、椅子だったのだろうことが想像できた。

 奥へ続くアーチの他に、その部屋には目を引く物は他にない。コチョウは奥へと進むしかないと、その部屋を無視した。

 奥へのアーチに入ると、すぐに石壁で行き止まりになっている。不自然だが、隠し扉を開ける為の仕掛けも見つからなかった。どう見ても奥に通じているとしか思えないのだが、どうやっても石壁を開ける方法がなかった。コチョウは壁にも触れてみたが、これまでの金属板のようには、壁は消えなかった。

「ふん」

 と、コチョウはアーチを出た。もう一度、部屋を見回す。自分と同レベルで意地が悪いとすれば。コチョウは、そう考えたのだった。

 要するに、アーチはダミーだと断定したのだ。絶対奥があると見せかけて、実はないという引っかけだ。やっとここまで降りてこられた末、明らかに奥があるのに、どうやっても開かなければ、無駄な時間を費やした末に萎える者もいるだろう。コチョウだから作動しないだけで、アーチ内に罠もあるかもしれない。

「これか」

 コチョウは部屋の壁を眺めまわり、本当に辺の変哲もない壁に、隠し扉を見つけた。それに触れると、金属板のように、壁の一部が消える。奥はさらに部屋になっており、どうやら中のものは朽ちずに残っているようだった。

 研究机、椅子、本棚、納められた書籍、机の上の器具など、すべてが現役同様の品質を保っている。明らかに保存魔法で劣化が防がれていた。

「資料とご対面と言う訳だ」

 コチョウは真っ直ぐに本棚に向かった。書籍は当然ながらすべて手書きで、多種多様な研究記録だということも分かった。書かれている文字はコチョウにも読める。彼女は書かれている言語が、箱庭世界の環境管理システムであった、“アーティファクト”と呼ばれていた魔法装置に使われていたものと同じだということにも気付いた。

「そういうことか」

 ある程度の納得と、軽い驚きを、コチョウは感じた。だが、まだ推論の域をでない。コチョウはその疑いを一旦忘れておき、本棚の研究記録から、目ぼしいものを探すことに集中した。

「ふうむ」

 面白そうな題材ばかりだった。多くは魔法に関するもので、幾らかは精神面に関するものだった。そして、コチョウは並んでいる書籍の中から、二冊の本を、抜き出した。

 『環境管理に関する仮設』、『魔法人形の開発』。二冊の記録には、そう記されていた。


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