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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第二三話

 幾つかの人工的な残骸を見つけながらコチョウは進んだが、ただ点々と続いている、かつてまだ狩りが辛うじてできていたのだろう頃の、狩猟民族の痕跡ばかりで、空振りが続いた。

 やがて夜が来て、コチョウはフェアリーの姿に戻り、シャリールと共にそんな狩猟小屋のひとつに潜り込んだ。

「ごめんなさい」

 と、シャリールが突然詫びたのはそんな時だった。彼女はコチョウが焚いた火のそばで蹲って、ぼんやりと揺らめく炎を眺めていた。

「何のことだ?」

 コチョウには何について謝罪されているのか全く分からず、困惑するしかなかった。コチョウの方は適当に床に転がり、天井を見上げている。

「死にたくないと言ってみたり、死にたいと言ってみたり、迷惑をかけていますよね?」

 シャリールはそのことを気にしたようだった。

「気の迷いがあるのは普通のことだろ」

 自他ともに認める普通ではないコチョウだが、普通が分からないという訳でもない。詫びる必要があることではないと、笑った。

「でも言うことが二転三転している相手を、あなたは怒るんでしょう?」

 シャリールはおっかなびっくりではあれ、コチョウの人柄をほとんど的確に言い当てる。なかなかどうして、よく理解できているようだった。

「それは当然だ」

 シャリールは怒りを買うことが恐ろしいというのだろうが、コチョウはだからどうしたと笑った。

「私が怒ればお前は自分の感情をコントロールできるのか」

 そんなことは不可能だと。

「うう、ええ、まあ。無理ですけど」

 と、シャリールも認めた。

「でもあなたを怒らせるのは怖いです」

「それは私の知ったことじゃない」

 ぱちぱちと爆ぜる音がしている。焚火のもとにしたものがあまりに古びた木切れであり、随分と中が腐っていたのだろう。

「そうは言っても!」

 勢いよく、シャリールが身を起こす。その瞬間、スフィンクスの体が、コチョウの目の前で消え失せた。轟音と、一緒に、だ。

 シャリールが床を踏みしめたせいで、床が抜けたらしい。下が、空洞だったことには、コチョウも驚いた。

 長く高い悲鳴をあげながら、シャリールは落ちていく。すっぽりと、ちょうどシャリールの体の広さだけ、小屋の床はなくなっていた。運がいいのか悪いのか、なんとも奇跡的な偶然だった。

「お前、飛べるだろ」

 小屋の中から下を覗き込み、コチョウが叫ぶ。開いた穴は暗く、底は見えなかった。下が海でないことだけは確かだ。

「いたっ、いたっ、床の破片が、ぶつかって」

 シャリールのか細い答えが返って来た。うまく飛べないらしい。困った奴だとコチョウは苦笑いを浮かべ、自分も穴に飛び込む。

 自由落下よりも速く飛び、コチョウはシャリールが穴の底に叩きつけられる前に追いつくことができた。下に回り、フェアリーの姿のまま持ち上げて支える。がくんと落下の速度が緩んだシャリールは、

「え? あ。え?」

 と、悲鳴を上げるのも忘れ、ひとしきり混乱の声を上げた。一緒に落ちていた床の破片だけが、先に穴の深みへと消えていった。

「ほら、受け止めてやったから。少しは自分で飛べ」

 コチョウに文句を言われ、

「あ、え、あ、はい」

 ようやくシャリールは自分でも羽ばたく。コチョウの手の支えを離れ、上昇をはじめたシャリールに、

「何処へ行く。そっちじゃない」

 コチョウはまた文句を投げつけた。

「ここまで来たんだ。下を見ていくぞ」

 なんとなく、確信めいたものがコチョウにはあった。陸上を探し回っても目ぼしいものが見つからない状況で、深い穴が開いているのだ。何か地下に眠っている可能性は十分に考えられた。

「もし私の探しているものが分厚い氷の層の下に埋まっているとしたら、お前、お手柄だ」

 つまり、アシハラは凍り付いているのではなく、氷の下にあるのかもしれないということだ。海さえも一面凍り付くような極寒の地であれば、十分にあり得ることだった。

「そういうことなら」

 シャリールもゆっくりと下降し始める。頭上に開いた出口こそ狭いが、穴の中は広く、羽ばたきながら降りていくのに支障はなかった。ただ、暗いのだけは如何ともしがたかった。

「真っ暗で怖いですけど。何か危ないものがあったら、ちゃんと教えてくださいね」

 それでなくとも臆病なシャリールは、まさにコチョウに縋るような顔を見せる。当のコチョウは背の翅から光の鱗粉のようなものを振り撒いて淡く発光している。シャリールからコチョウが見えないということにはならず、それだけが彼女の唯一の慰めだった。

「まったく。どこまで怖がりなんだお前は」

 ある意味、そんなシャリールを見捨てない自分にも、コチョウは驚くばかりだった。こんな使えない手下はこれまでいない。苦笑いを浮かべていると、

「助けはいりますか」

 布切れ一枚を貼った凧にへばりついた誰かが、驚いたことに、二人の頭上から降りてきた。凧が白いから見えたが、それにへばりついている何者かは真っ黒であり、それがその何者かが全身に黒一色の衣装を纏っているからだということが分かったのは、コチョウが暗闇でも視力が保てるからだった。

「おう、お前等、こんなとこまで手を広げていたか」

 コチョウが気安く答える。コチョウが箱庭世界から連れ出した者達の一部で、彼等は箱庭の中でも、そして、現実世界に出て来てからも、古くアシハラの地で活動していたという、隠密の業をもって活動している者達だった。コチョウの手下の一派で、忍者だ。

「アシハラであった地なれば当然。我等が探索せぬ由もなし。といったところです」

 忍者は頷いた。

「そうか。考えてみれば、当然だな。お前達が気にならない訳もないか」

 しまったな、とコチョウも思い返す。手下に忍者達がいたのだ。彼等に探らせた方が早かったのだと気付いた。

「お前達がいるということは当たりか。アシハラはこの下か?」

「然り。ここが問題ないのであれば、先に行き、下にいる者達にも報せておきます」

 忍者の提案に、

「そうだな。ああ」

 コチョウは迷わず答えた。忍者は何を、とは言わなかったが、言われなくてもコチョウが来たことを、と考えて間違いない筈だった。

「御意。然らば、お先に御免」

 忍者は凧の角度を調節し、コチョウ達を追い越して降りていった。それを眺めながら、シャリールが首を傾げた。

「上がるときはどうしているんでしょう」

「奴等のことだ。何とでもなるよう工夫しているんだろう」

 としか、コチョウは思わなかった。地表に戻れなくなるような不手際をするような連中ではないことだけは確かだった。

「あいつらみたいな連中は、見たことあるのか?」

 むしろそれが気になって、コチョウはシャリールに聞いてみたが。

「そう言われても」

 と、シャリールは困った顔をしただけだった。

「真っ黒で、全然見えませんでした」

『私、知らないわ。あの人たちは何? コチョウの知り合いなの?』

 コチョウの頭の中のルナが騒いでいる。少なからず興味があるようだった。

「私の手下どもだ。アシハラの流れを汲む諜報集団で、忍者と呼ばれる連中だ」

「何故上から来たんでしょう。上の小屋の中には、私達しかいませんでしたよね?」

 シャリールは納得がいかない様子で首を傾げた。穴の底はまだ見えない。コチョウは退屈紛れに答えてやることにした。

「あいつらのことだ。上の探索もしているのだろう。そういう班の奴に違いない」

 大方、どこかでコチョウ達に問題が起きないか、警戒していたのだ。差し詰め、シャリールが床を踏み抜いて落ちたのを見て追いかけてきた、といったところだろう。

「お前が落ちたところは全部見られてたってことだな。お前の重みで床が抜けたのも」

「そんな!」

 重み、という言葉にシャリールはすぐに反応した。スフィンクスでも、体重はやはり気になるものらしい。

「冗談のつもりだったんだが、お前、体重なんかか気にしてたのか」

 コチョウも驚いた。

「気になりますよ。当たり前じゃないですか」

 シャリールに即座に言い返され、

「スフィンクスの平均体重を、知ってる奴もいないだろうに」

 コチョウは口をへの字に曲げた。

 世の中面倒な奴ばかりだ。気にする理由がまったく理解できなかった。


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