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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第二一話

 コチョウはスウリュウの吐く冷気を往なしながら、肉薄した。そして、下顎の裏に回り込み、殴り上げる。スウリュウの、巨岩のような鱗は砕けなかった。

「いっ」

 無論、そんなことになれば殴った方が痛い。当然だ。

「ってえ!」

 あまりの硬さに、殴った拳の方が潰れたかと思う程だった。ひょっとしたらヒビでも入ったかもしれない。数多くのモンスターや魔神から奪ってきたコチョウは怪力を持ってはいるが、スウリュウの巨体を揺るがすにも至らなかった。まさしく、現実世界は広い、と痛感させられる思いだった。否応なしに、期待は高まる。

「無茶をするのう」

 スウリュウは笑い、全身を震わせた。それだけでコチョウの小さな翅は風をつかみ損ね、大きく跳ね飛ばされた。

「ああ、思った以上だった」

 コチョウは、体勢を立て直しながら、ライフテイカーを抜く。最初から使えば楽だったのだろうが、相手の頑丈さを確かめたかったのだ。もし素手で砕ける程度だったら、真面目に相手をするだけ時間の無駄だ。

「物理的な備えを無視する魂吸いの剣か。ちと厄介だのう」

 見ただけで、スウリュウはある程度ライフテイカーの性能を見抜いた。全身をまた震わせると、スウリュウの鱗の色が、暗赤色に変わる。全身が即時に色を変える様は、圧巻ですらあった。

「はは、なんてやつだ」

 思わずコチョウも笑いを抑えられなかった。とてつもない相手だ。自分の属性を瞬時に入れ替える相手など、コチョウも初めて見た。スウリュウが自分の全身の鱗を、物理を弾くものから、魔法を弾くものに切り替えたのだと、彼女にも分かった。

「いいな。お前凄くいい」

 それでも、無視してコチョウは斬りかかった。スウリュウは避ける素振りも見せない。コチョウは鱗のないスウリュウの眼球を狙ったが、普通であれば弱点である筈の場所すらも、ライフテイカーの刃を弾き返した。

 スウリュウが姿勢を入れ替える。横転するように身をよじり、直下からコチョウにスウリュウの顎が迫った。並の相手であれば大穴のような喉に飛び込むことをコチョウは選ぶのだが、彼女はそうせずに、迫る大顎から逃れた。直感的に、スウリュウの体内は地獄だと、コチョウも察したのだった。むしろ危険に違いない。

 とはいえ、まさしく攻め手はなかった。なにしろダメージを与える手段が存在しない。久しくなかった圧倒的な純粋な種族としての格差に、コチョウの背筋にぞくぞくと高揚感が走った。

「ははは、はは」

 コチョウは笑った。こみあげる嬉しさを、抑えるつもりもなくなっていた。

「殺す。絶対にお前は殺す」

 そう決めた。その圧倒的な力を諦める気にはなれなかった。

 さて、どうするか。コチョウは、闇雲に効かない攻撃を繰り返す程思考停止もしていなかった。無敵に近い相手を如何にして下すか、そのパズルに夢中になって取り組んだ。

『勝てるのこれ』

 早くもルナは弱気になっている。自分が安全な状況では嗜虐的なくせに、それが崩れると早々に萎れるのはルナの弱点だ。コチョウはその不安を笑い飛ばした。

「建設的な意見がないなら黙ってろ」

 まさしく邪魔だ。頭の中で騒がれると思考の妨げになる。

『みんなもあなたと一蓮托生なんだけど?』

『あなた負けたらみんな消えるんだけど?』

『無理、だよ。逃げるが、勝ち』

 スペル、チャーム、エスプも非難の声を上げる。当然ではあるが、コチョウは無視した。

 再度、スウリュウが体を震わせる。そして、ブレスを吐いた。しかし今回は冷気ではなく、おそろしく高熱の炎だった。

「うおっと」

 先程と同様に受け止めようとしたコチョウが、慌てて避ける。炎は障壁で防げても、漏れ出る熱気によって炙られた空気は、それそのものが危険だ。判断が遅れていれば、取り返しのつかないことになっていたところだった。

 さらにコチョウが避けた先に、頭上から轟雷が降り注ぐ。冷気を操る竜だと勘違いしている相手を絶望させるに足る多彩さだ。おまけとばかりに水泡が四方八方から飛んできて、コチョウを押し流そうとさえしてきた。

「考える時間はくれんということか」

 そんな暇はなさそうだった。このままでは間違いなく追いつめられる。相手はすべての属性を操る化け物だと認識した方が無難そうだった。しかもそれを組み合わせて同時に操るらしい。

「このままでは儂はまだ逝けんようだなあ」

 とさえ、スウリュウは嘆いた。

「まだそうとは限らんぞ?」

 コチョウは答えたが、逆転の糸口が見つかった訳でもなかった。それも分かったうえで、スウリュウも、

「そうか、そうか」

 また、その言葉を繰り返した。コチョウが自分を倒せるとまだ思っていることを、子供をあやすように愛おしむようなこえではあったが、攻撃の手を緩めることもなかった。それどころか、属性攻撃だけではなく、明らかに魔法と分かる追尾光線を混ぜ始め、自らの巨体や爪、牙を用いた肉弾戦まで混ぜ始める。その密度は留まるところを知らず、コチョウは止まることも許されず、大きく動き回るスウリュウに肉薄することも難しい状況に置かれた。

「うーん」

 コチョウはすれすれを縫い、切れ目なく襲い掛かる攻撃を避けながら唸る。スウリュウは強い。それは確かだ。だが、この決め手に欠く攻撃は何だ。確かにコチョウの機動力が高いだけで、普通の相手であればどれも一撃貰うだけで致命傷は避けられないだろうと分かる。だが、それにしても、とてつもない密度の攻撃を続けながら、コチョウを追い詰めることができないムラは何なのか。まるでこれでは。

「ああ」

 と、漸くコチョウは納得の声を上げた。

「お前、さては見えてないな」

 気配だけで攻撃してきているのだろう。おそらくスウリュウは、コチョウが放つ殺気を頼りに狙っているのだ。

 試しに、コチョウは殺気を殺し、ただ漫然と飛んでみた。スウリュウの攻撃は続いたが、その精度は、明らかに荒く低下した。

「歳を取りすぎたのか」

 哀れなものだ、と、コチョウは柄にもなく感傷を覚えた。もしもっと前にコチョウが訪れていて、スウリュウがまだ年老いていなかった頃に戦えていたのであれば、もっと楽しめていたのだろう。

「やれやれ、もうばれてしもうたか。若いというのは、羨ましいことだよ」

 と、スウリュウも笑った。スウリュウの攻撃はやみ、コチョウはそんなスウリュウの鼻先に、小さな手を置いた。

「私はここだ。分かるか?」

「分かるとも。お前は冷静で、我慢強い。冷たくもあるが、同時に情も理解している」

 スウリュウは答えた。

「どうやらここまでのようだな。分かったからには、お前は、次は私に悟られぬよう攻撃の手段を選ぶのだろう。儂はそれには対処できん」

「そうだな。そうなる」

 コチョウは頷いた。だが。

「だが、私はお前に勝ちたい。だから、そんな無粋なことはしない。構わず全力で来い。私も、全力でお前を超えよう。それが、私がお前に払える、最大限の敬意だ。お前は強い」

 コチョウも、心を無にしてスウリュウを攻撃するような真似はしなかった。ゆっくりと、スウリュウからコチョウが離れる。

「できるかのう」

 スウリュウにはからかうように言われたが、

「できる。簡単な結論だった」

 と、コチョウは力強く答えてみせた。その言葉に。

「ならば」

 と、スウリュウは再び、コチョウを狙い、複数の攻撃方法を同時展開して狙い始めた。

「見せてもらおう!」

 スウリュウの叫びは、更に大きな音で掻き消された。それを打ち消したのは、互いの術がぶつかり合う、熾烈な力のぶつかり合いの音だった。

「おお」

 攻撃を止めずに、スウリュウが感嘆の声を上げた。

「ああ。やっていることはお前と同じだ」

 と、コチョウは認めた。

 原理が分かれば単純だ。様々な属性の能力や魔法を駆使しているように見えて、スウリュウはそれほど複雑なことをしている訳ではない。ただ、無属性の力を軸に、様々な属性を被せているだけだ。コチョウはそれを再現してみせた。そのベースは、吸魂の刃であり、ひとつひとつが、スウリュウの耐性をすり抜ければ、スウリュウの力を奪うことができる刃となるのだ。密度は、コチョウが上回り、スウリュウの体がぐらりと揺れる。

 まさしく、コチョウは正面から突破した。


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