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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一九話

 シャリールの頭の上で、コチョウは、踏ん反り返るように仰向けに寝転がっていた。

 翌朝、空が白み始める頃に浮遊島を後にしたコチョウは、スフィンクスの羽搏きを聞きながら、スウリュウ氷海とシャリールが呼んだ地への道程は、当のスフィンクス自身に任せた。

 正直に言えば、飛行スピード自体はコチョウ自身で飛んだ方が速かった。だが、場所を正確に知っているという一点において、シャリールに案内された方が確実に早くつけるだろうことも間違いなかった。

「何か見つけたら言え。敵とか、敵とか、敵とか。お前は戦わなくていい。私が殺す」

 と、コチョウはシャリールに手を出さないように告げておいた。

「それは助かりますが、気付かれてなさそうだった場合は、逃げちゃ駄目ですか?」

 シャリールが聞き返す。安全を考えれば、無駄な戦闘は避けるべきというのは定石だ。

「逃げるな。全部殺す」

 コチョウは、だが、それを許可しなかった。

 その言葉の通り、周囲の目視可能範囲を飛んでいるモンスターを見つけると、その度にコチョウはシャリールの頭の上を離れ、それがどのようなモンスターであれ、漏れなく絶命させて戻ってきた。

 一度、シャリールが視界内を飛んでいたモンスターを見逃すことがあったのだが、そのことに気付いたコチョウは烈火の如き怒りをシャリールにぶつけた。

「だってまだ子供ですよ!」

 シャリールはそう言って反論するが、

「関係あるか。お前に選択権はない。殺すか殺さないかは私が決める」

 コチョウはシャリールの勝手な判断を許さなかった。結局その間にシャリールが見逃したモンスターの子供は何処かへ飛んで行ってしまい見えなくなったが、

「結果が同じでも判断理由が違うこともある」

 コチョウはシャリールに探せとは言わなかった。

「全部殺すなんて言うからです。それならそうと先に言ってください」

 シャリールの文句は続く。コチョウは面白くもなさそうに答えた。

「そうじゃない。遠すぎて追いかけるのが面倒だということがあるってだけの話だ」

「そういうことですか……」

 げんなりした声で、シャリールが答え、会話を切った。

『ちゃんと説明してあげるなんて、優しいところあるのね』

 コチョウの頭の中で、ルナがからかうように言う。コチョウは苦笑いを浮かべた。

「はぐらかした方が面倒なんだよ、この手のことは」

 当然、コチョウの声は、シャリールからは突然の独り言に聞こえる。首を捻り、

「え? 怖いんですけど。誰と話しているんですか?」

 と、聞かれた。

「ああ」

 外にはルナたちの声が聞こえないことを、コチョウは忘れていた。

「黄色い吹き出しだ」

 コチョウは半笑いで答えた。シャリールに、そんな答えが通じる訳もなかった。

「何ですか、それ」

 更に聞かれただけだ。コチョウもそれは分かっていたから、笑って返すだけだった。

「気にするな。たわけた冗談だ」

 と言ってから。

「ここにホムンクルス五人分の意識を回収してやってるのさ。人格が消えないようにな」

 コチョウは自分の額を突いてシャリールに答えた。

「時に、あとから魂のない人格を外から取り込んだ場合も、多重人格っていうのかね?」

 ふと、とりとめもなく、そんな疑問をコチョウは抱いた。

「分かりませんよ、私にも」

 と、シャリールは半信半疑の苦い声を返した。頭がおかしいだけかもしれないと、シャリールがコチョウを疑うのも、昨日今日の破天荒ぶりから、無理のないことだった。

「そりゃそうか」

 ただ、コチョウの返答は、予想外に真面目な声で。

「……本当の話、なのですか?」

 漸く、全部が冗談ではないことに、シャリールも気が付いた。

「ここに私以外に五人いる気になってるだけで、単に気が触れているだけかもしれん」

 コチョウは曖昧に答えた。

「ルナ、チャイル、スぺル、チャーム、エスプ。私はそいつらに、名前も付けてはいる」

 それをシャリールに話してどうなるものでもない。まさしく気の迷い以外の何物でもなかった。

「だから何だって話だけどな」

 コチョウは皮肉っぽく笑い、何処までも高く、青く広がる空に向かって手をかざした。そして、まるで幕でも撫でつけるかのように、掌を滑らせた。

「悪い。ここじゃない世界が見えるっていうくらいのホラ話だ。忘れてくれ」

 そして、与太話として流した。

 しかし、スフィンクスたるシャリールは会話を眉唾とは断じず、真剣な声でコチョウにさらに尋ねた。

「たまに、この世界は今にも壊れてなくなるのだという不安に苛まれることがあります」

 そう前置きしてから、彼女は質問を口にした。

「あなたは感じませんか? 終わりが迫っている気配を」

「生憎終末論には興味はないな」

 と、コチョウは一旦はぐらかしたが、

「どこぞの見知らぬ誰かのせいで滅ぶんなら、私は我慢できないな。私が滅ぼすなら別だが」

 すぐに、自分の考えを濁さずに伝えた。

「世界が滅んだらどうなるのでしょう」

 コチョウの言葉を聞かなかったことにしたように、シャリールはさらにコチョウに聞いた。誰が滅ぼすかなどという話には、むしろ関心はないようだった。

「どういう意味の質問だ? それは」

 コチョウは答えなかった。シャリールがどんな答えを欲しがっているのか、単純に分からなかったのだ。

「誰もいなくなり、何もなくなるのでしょうか。無限の無が残るのでしょうか」

「いや、コラプスドエニーが滅びただけじゃそうはならない」

 コチョウはその答えを知っていた。何故なら、コラプスドエニー以外にも世界はあり、無数に陳列された容器のひとつが、あぶくが消えるようになくなるだけだと知っているからだった。コチョウにはそれが見えるのだ。箱庭世界からコラプスドエニーが見えたように。

 身を起こす。コチョウはシャリールの頭の上を離れ、スフィンクスの視界内に入るように、向き合った。

「中途半端に知恵が回るってのは厄介なもんだ。時々、自分の妄想の迷路で迷子になる」

 後ろ向きに、シャリールの速度に合わせて、コチョウは飛んだ。

「選択は二つしかない。受け入れるか。逃げるか。実体のない迷路に打ち勝つのは無理だ」

「逃げるにはどうしたら?」

 と、シャリールが聞いた。

「逃がしてくれる奴を探せ。自分で逃げられそうにないのならな」

 コチョウは答えた。

「あなたは私を逃がしてはくれないのですか」

 と、さらにシャリールが問いかける。

「私の先にはどうも滅びしかないらしい。それにお前が耐えられるとは思えん」

 コチョウがシャリールの顔に触れる。

「私がお前にくれてやれるものは、死くらいしかない。お前はそれを望むまい」

「それは、まあ」

 シャリールは、コチョウがなぜそんな態度をとっているのか分からないという顔をした。

「当たり前のことだ。死んでもいいと思っているなら、滅びに不安を覚えたりはしない」

 コチョウはただ、無表情で語った。そして。

「私は私の役に立たないものを助けないが、お前には今、案内してもらっている恩がある」

 静かに、諭すような声で語り掛けた。

「私は恩知らずだが、お前みたいな正直者は好きだ。お前は世界が滅んでも生きたいか?」

「生き残る方法があるのであれば」

 シャリールが答えると。

「そうだろうな。正直なのはいい」

 コチョウは頷いた。

「いいだろう。もし世界が滅びると思った時は私を探せ。見つけ出せたら何とかしてやる」

 コチョウはそう約束をし、シャリールの頭の上に戻った。

「だが、覚悟はしておけ。生き残っても、そのあとが平穏だとは思うな」

 とだけは、警告する。コチョウはそこまでお人好しになるつもりはなかった。

「なんとかはしてやるが、そのあとのことは自分でなんとかしろ」

「……あなたに言われると、何故だか、本当に滅びが来るのだなという気がします」

 シャリールは、コチョウの警告には応えなかった。代わりに、この世界が滅ぶのだということを確信したと、コチョウに話した。

「そうだな。滅びは止まらんだろう。早かれ遅かれってとこだ。理由はまだ分からん」

 と、コチョウは答えた。

「私はアシハラにその答えを探しに行く」

 そう言って、また仰向けに寝転んだ。


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