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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一八話

 アシハラの氷原は遠いという朱雀の言葉に間違いはなかった。

 それらしい土地の気配も見つからないまま、日は傾き、地平線の向こうに今にも沈みゆこうとしていた。

 運よく、コチョウは孤島のように浮かぶ、小さな浮遊する陸地を見つけ、そこで夜を明かすことに決めた。眠る必要はないのだが、視界もままならない夜の闇の中を飛べば、前後の感覚どころか、平衡感覚さえ失いかねなく、危険であると判断したからだった。

「やれやれ」

 コチョウが短くため息を吐く。

 浮遊島の広さは、中央からでもすべての方向の島の端が見える程度だった。樹木が数本だけ生えていて、その中央に木の枝を積み上げた、明らかに巣と分かるものがあった。

 その真ん中に陣取ったコチョウは、今し方倒したばかりの、大型の、鳥類のモンスターの生肉に噛り付いている。

「んで?」

 と、聞いた。つまり、彼女は一人ではなかった。

「あの、どいてもらえると嬉しいんですが」

 巣の外に、背に鷲の翼、体は女獅子、頭部から胸部にかけては人間の女性の姿をしたモンスターが縮こまっていた。コチョウが倒した鳥型モンスターと比べると体格は小さく、頼りなげに見える。

「やなこった。巣をこいつから奪ったのは私でお前じゃない」

 巣の真ん中で偉そうに座った小さなフェアリーと、巣の脇で怯えた表情を見せる、それと比べれば明らかに一〇倍の体格はありそうなスフィンクスという対比は、どう見てもちぐはぐだ。

「それとも巣を賭けて、勝負するか?」

 コチョウの声はいつも通り冷たい。今更スフィンクス一体を倒して得られる強さなど足しにもならないことは分かっていて、コチョウからすればまさにどっちでも良かった。

「む、無理です。無理です」

 スフィンクスが浮遊島の地面に臥せる。もう少し前肢が器用に動けば、頭を抱えていたことだろう。スフィンクス本来の勝負フィールドである謎かけ勝負を挑んだところで、コチョウがそれに付き合ってくれる筈もなく、スフィンクスからすれば、無駄に殴り殺されるだけだということも分かっているから、降参の意志を最初から見せる他なかった。

「そりゃそうだ。イワオロペネレプ如きに勝てない奴が、私に勝とうってのが間違ってる」

 言わずもがなだが、コチョウが言うその魔鳥は、今はコチョウの腹の中に順調に収まりつつある。

「死ぬかと思いました」

 スフィンクスは言い、

「死んどいてくれれば私は面倒がなかった」

 コチョウは言い放った。かつてアシハラ諸島国の少数民族の地を脅かしていたというその魔鳥は、巌をも穿つ程の怪力を持ち、その鳴き声には落魂の力があった。そんなものは、どちらもコチョウには意味はないが、スフィンクスを返り討ちにするには十分だった。

 浮遊島で一夜を明かすことにしたコチョウは、成り行き上、スフィンクスと魔鳥の間の、スフィンクスの巣を巡る争奪戦に巻き込まれることになったが、面倒だったので問答無用で魔鳥に殴り掛かったのだ。当然魔鳥はけたたましく鳴き、迎撃しようとした訳だが、それで危うく命を落としかけたのはスフィンクスだけだった。

「ひと晩借りる。明日にはいなくなるから、今日だけ我慢しろ」

 スフィンクスに懇願されたのは確かだが、コチョウは、だから魔鳥を殺し、巣を取り返してやったつもりもない。単に一夜をここで明かすには明らかに魔鳥は邪魔で、今にも襲い掛かってくると分かったから、排除したまでだ。もし魔鳥がコチョウの邪魔をしていなければ、放置していた。

「できたら、隅に寄っていただけたら。私が入っても、あなた、寝られますよね?」

 スフィンクスにとっては、踏んだり蹴ったりだ。魔鳥を退治してくれる助けが現れたと思ったら、より厄介な流れ者が現れたに過ぎなかったのだから、涙目にもなる。

「臭い」

 一言で、コチョウはスフィンクスの頼みを切って捨てた。スフィンクスの顔が一気に歪む。

「く、臭くないっ」

 文句を言いかけたスフィンクスの語気は、

「……です……」

 コチョウにひと睨みされただけで、弱気に萎れていった。コチョウは鼻を鳴らし、

「煩く囀るといい加減殺すぞ?」

 勢いよく魔鳥の骨の欠片を吹いてスフィンクスにぶつけた。

「あっ」

 それはスフィンクスの眉間にクリーンヒットし、それだけでスフィンクスの体がぐらりと大きく傾く。なんとか踏みとどまったものの、間違いなく、スフィンクスは一瞬失神していた。

「お前、名前はあるのか?」

 コチョウが、気の迷いのように聞いた。

「シャリールです……」

 スフィンクスは名乗った。ちゃんと個人の名前を持っているらしい。

「そうか。私はコチョウだ。アシハラの氷原に向かってる。お前、そこまで飛べるか?」

 コチョウも名乗り、シャリールがアシハラまでコチョウを運べるかを聞いてみた。自分で飛ぶのが面倒ということはないのだが、方角が怪しいのが難点だった。

「アシハラ? スウリュウ氷海のことでしょうか。なら、もっとずっと北ですけれど」

 と、シャリールが首を傾げる。それを聞いて、コチョウは軽く舌打ちした。予想して否かで、限りなく最悪の予想に近い事実だった。

「で、飛べるか?」

 まあいい、と、気を取り直してコチョウが聞き直す。シャリールは激しくかぶりを振った。

「いえ、いえ、私が行ったら殺されてしまいます。氷海の名にもなっている、スウリュウという名の、恐ろしいドラゴンが縄張りにしているんですから。私では勝負にすらなりません」

「強いのか?」

 と、コチョウの目が剣呑な光を帯びた。その表情に、シャリールが短い悲鳴を上げる。

「まさか!」

「ああ、そのまさかだろうよ」

 コチョウが頷く。勿論、そんな旨そうな獲物を、見過ごす手はない。ただでさえ、今コチョウには力が必要なのだ。

「氷漬けにされますよ!」

 と、シャリールは甲高く叫んだ。恐れを知らない、といいたげだった。

「ふん、冷気か。耐性の範囲内だな」

 コチョウからすれば、たいした問題ではなかった。魂まで凍てつくような冷気でも、モンスターから奪った耐性を持っているコチョウには、そよ風のようなものだった。

「そんな小さな身では、ばらばらにされますよ?」

 次に、シャリールはドラゴンの怪力に触れた。

「こっちも、イワオロペネレプの首を拳ひとつでへし折る程度の頑丈さと筋力は備えてる」

 コチョウはさらに笑うだけだった。

「……」

 あんぐりと、シャリールは黙り込んだ。型破りすぎる。実際に魔鳥が瞬殺されるのを見ていただけに、言い返す言葉がなかった。

「んで? 北って言うと、どのくらい北寄りに飛べばいい?」

 まあ、とはいえ、シャリールが嫌がるなら足手纏いに乗る必要もない。コチョウは方角だけを尋ねた。

「……あの」

 その質問に、シャリールはおずおずと、コチョウの質問の答えにならない言葉を告げた。

「やっぱり、乗せていっても、良いですか?」

「どういう心境の変化だ」

 どっちでもいい。コチョウはただ、理由は気にした。

「いえ、もしスウリュウが倒されるようなことがあるなら、見たいなって」

 ということらしかった。酔狂な奴だ、と、コチョウは思わず苦笑いする。

「実際に戦う時には、近くをうろちょろするなよ?」

 と、コチョウは釘をさした。別にシャリールの心配などしていない。ただ純粋に邪魔だと言いたいだけだ。

「それは、もちろ」

 頷くシャリールに、

「もしくは戦闘に巻き込まれたら、さっさと死ね」

 コチョウは限りなく冷たい言葉を吐いた。当然、シャリールの表情が凍る。

「ひっ」

 と、彼女の口からは悲鳴が漏れた。

「絶対、絶対、近付きません」

 シャリールは堅く誓った。間違いなく、スウリュウに殺される前に、コチョウの手で排除されると確信して。

「それでいい」

 コチョウは頷いて、巣の上から退いた。

「なら、お前が使え。途中でへばられたら面倒だ」

 それから、手近な木の枝に寝転がった。


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