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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一七話

 魔神の力を取り戻したコチョウは、朱雀達の案内のもと、研究所の遺跡を脱出した。あの人型の襲撃や妨害はなく、研究所の上空に出ると、その建物は木々の間に紛れ、ほとんどただの森と見分けがつかなくなった。

 浮遊大陸の空にコチョウ達が出ると、すぐに白虎も追いついてきた。特に消耗した様子もない。四神達の実力は未だ底の知れないもので、あの人型のことも、戦って勝てるものではないと言いながら、そうでもないのかもしれなかった。

「アシハラは寒いのだろう?」

 コチョウが問うと朱雀は、如何にも、と肯定した。

「そして遠い。生身で向かうのはお勧めせん」

 つまり、移動手段を使え、ということだ。この世界で大陸規模の距離の移動手段と言えばデザートラインと相場が決まっている。コチョウは、良い顔はしなかった。

「私はこのまま向かう」

 そんなものに頼るくらいであれば、途中で野垂れ死にの方がましだ。ただぼんやり車列に揺られる移動など、面白くとも何ともない。

「ではそうするが良かろう。警告はした」

 朱雀の眼が剣呑に光る。どうやらこの世界は“破綻した何か”という名称に違わず危険なものらしい。

「どうやら今以上の力が必要なようだからな。のんびり車内に転がっていては得られまい」

 コチョウは勝手にする、と答えた。現実世界に出て早々に学んだことは、魔神も世界の住人のひとつにすぎず、無敵ではあり得ないということだった。であれば、更に強い力を探すまでだ。物語の中でも魔神の悪しき力は、たいていの場合、人の手によって最後には砕かれるもので、人は魔神の強大さを乗り越えるものだ。そして人というのは、学習し、考え、生み出す小賢しさを備えていて、一握りの選ばれた傑物だけに成し得たその所業を、技術という名の怪物でもって、万人に扱える力として実現していくのだ。魔神が現実に無敵とは程遠かったとしても、コチョウには不思議には思えなかった。

「怪物は、新たな化け物を呼ぶ。人が魔神を乗り越えたとして、そこが頂点でもない筈だ」

 当然のこと、今の時代の、デザートラインに閉じこもる連中に聞いたとて、魔神を超えた脅威など分かりはしないだろう。今の人の世が絶頂期を過ぎ、緩慢に下降線をたどる斜陽期に入っているのは疑う余地もない。

「もしその上などないとしても、それならそれで、いっそ私がその上になろうじゃないか」

「何処までも貪欲なことよ」

 朱雀はそんなコチョウを笑った。まるでコチョウであれば近く必ず辿り着くと確信しているようでもあった。むしろ、そうなってもらわねば話にもならぬと、語っているようですらあった。

「では、行くが良い。儂等はその酔狂には付き合いきれぬ。この後は一人でやるが良い」

「ああ、そうするさ」

 コチョウは頷き、玄武の上に乗るエノハ、青龍に跨るスズネにも視線を向けた。

「お前達も帰れ。お前達には荷が勝ちすぎる話になってきた。ここからはお前達は邪魔だ」

 コチョウは礼など言わない。そして、そういう言い方しか知らない。朱雀の言葉に、コチョウは死の匂いを嗅ぎ取った。連れて行けばエノハやスズネは死ぬだろう。それが分かって、敢えて朱雀はコチョウが選ぶ筈のない選択をちらつかせたのだ。そして、コチョウが一人で行く選択をしたことで、満足して引き留めようともしていない。

「おぬしの往く先が、儂等と交わらねば邪魔はせんが。もし交わるようであれば――」

「そうだな。その時は、決着をつける時なのかもしれん。だが、先のことなど、知らん」

 コチョウが浮遊大陸の彼方の空に視線を向けると、朱雀達は背中合わせに向きを変えた。スズネやエノハは何も言わず、コチョウや朱雀の警告に従うつもりのようだった。コチョウとスズネ達の間に別れの挨拶はない。何故ならコチョウは二人を友とも仲間とも思っていないからだ。二人もそれを理解しているから、コチョウに掛ける言葉を持たなかった。

「おぬしの行動如何で世界が滅ぶが、おぬしが選ばれたという訳でもない。努々忘れるな」

 朱雀の警告はそれが最後だった。コチョウが去る前に、四神達はスズネとエノハを乗せて飛び去って行った。

「分かってるさ」

 コチョウは独り言ち、かつてアシハラ諸島国であったとされる、氷原の方角へ向けて飛んだ。

 浮遊大陸の空を飛べば、大陸に生息する翼のあるモンスター達が群がってくる。コチョウは遠慮なく返り討ちにし、力の糧に変えて進んだ。

『うっはあ』

 頭の中でルナが楽しそうに騒いだ。

『おーおー、いいねー。やれ、やれえ』

 と、チャイルも囃し立てている。

『残虐でしょ』

『残酷でしょ』

『冷酷、だよ』

 スペル、チャーム、エスプの三人は、やや引き気味の態度を示した。

「だからどうした」

 鼻で笑い、コチョウは有象無象のモンスターを引き裂きまくった。そして、襲ってくるモンスターがいなくなった頃、眼下には、浮遊大陸ではなく、腐った大地がうっすらと荒れ果てた姿で延々と広がっていた。

「もう少し北か?」

 高空を吹き抜ける風は、何処でも冷たいものだ。眼下には爛れたような湿地帯なども見え、大地がぬかるんでいることを示していた。まだ距離があるとはいえ、地上の気温はどちらかと言えば温暖であるだろうと思えた。気温が低ければ凍土のような景観になるだろうと、コチョウは想像する。アシハラが氷原になっているというのならば、周辺も凍てついた土壌である筈だ。

 コチョウは飛行ルートを北寄りに変える。

『なんだか、怖い』

 と、コチョウの目を通して見える大地に、スペルは感想を漏らした。

『うん。なんだか、想像してたのと違う』

 ルナもそんな風に共感した。

『まるで地獄みたい』

 と言ったのは、チャームだ。

『どこも、こんな?』

 尋ねるエスプの不安そうな思念から、コチョウも、出来損ない達が世界を知らないことを十分に理解できた。

「そうらしい。コラプスドエニーとは、よく言ったもんだ」

 コチョウは侮蔑の笑みを浮かべた。それ自体はどうでもいい。ただ、こんな腐れた世界でも、地べたを這いつくばって生き延びようとしている連中が生き永らえている。その諦めの悪さをコチョウは嗤った。そして、

「それも、どうやら私に隠された何らかのトリガーで全部壊れるらしい。ふざけた話だ」

 それが、何とも皮肉だと思えた。たった一フィートの存在の行動次第で、世界は丸々滅ぶらしい。

『面白くないよ。全然面白くないよ』

 と、スペルは言った。

『全然面白くないよ。面白くないよ』

 と、チャームもスペルの意見に同意する。

『そうかな? じゅうぶん笑える話だと思う』

 面白がるように、チャイルが反論して、

『何処の誰だか分からない奴の思惑で勝手にぐちゃぐちゃにされても気持ちよくないわよ』

 ルナは、むしろ、やるなら自分の意志じゃないと楽しめないという態度をとった。そして、最後に、

『みんな、煩い』

 と、エスプが機嫌を損ねて他の四人に黙れと思念をぶつけた。それはコチョウの精神遮断に阻まれたが、僅かな衝撃は、ルナ、チャイル、スペル、チャームに伝わったようだった。皆、コチョウの頭の中で会話するのをやめて、黙り込んだ。

『それより』

 ルナ達が静かになると、エスプはおそらくコチョウに対してだろう、相変わらずぶつぶつ言葉が切れる話し方で問いかけかけた。

『あれは、何?』

「ん?」

 コチョウは、エスプに聞かれた、あれ、が何なのかを視界に探し、

「ああ」

 と、興味のなさそうな声を出す。

 地上の遥か彼方を、デザートラインが走行してるのが見えた。

 アイアンリバーとは関係のないデザートラインだ。編成数は四。コチョウが知る限り、かなり小規模な集団と言えた。

「あれはデザートラインだ。人間の生き残りが、あの中で暮らしてる。走る村とか都市だ」

 コチョウが答えると、

『あれが、街?』

 エスプは不思議そうに聞き返した。

『あんなの、が?』

「そうだ。あんなのがだ。あんな場所の中でなけりゃ、今じゃ連中は生きていかれんのさ」

 コチョウはどうでも良さげに鼻で笑った。

「寄らんぞ?」

 とも、成り損ないの思念達に言い放つ。

『ちぇ』

 ルナは寄りたそうだったが。

『どっちでも、いい』

 デザートラインについて質問をした、当のエスプの方は、もう、その車列に興味を失ったようだった。

 すぐに、デザートラインは見えなくなった。


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