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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一六話

 娯楽室に着いたコチョウは、室内にいた成り損ない共を、問答無用で襲った。模範的ともいえる程の強襲で、声を上げることもなく部屋に飛び込み、成り損ない共が突然のことに反応しきれないうちに、一方的に蹴散らした。

 娯楽室にはテーブルが並べられており、もともとは読書したり、チェスなどのボードゲームに興じたりということに使われていたのだろうと見受けられる部屋で、幾つかソファも置かれていたことから、談話室としても利用されていたことが見て取れた。

 成り損ない共のほとんどは、ソファや椅子、テーブルの上などで何もせずにぼんやりしていたが、中にはテーブルを囲んで何やら戦場を模した地図の上に駒を置いて遊ぶのだろう戦略めいたゲームを遊んでいた連中もいたようだった。案の定ぼんやりしていた成り損ない共には自我はなく、ボードゲームに興じていた連中(二体いた)だけが人格を備えていたようだった。ほとんどが雑魚で、一体以外はコチョウに敵う相手もいなかった。何より、人格を持った二体は、部屋の隅に逃げ込んで縮こまるばかりで、応戦しようともしなかった。

 人格のない木偶の中に、一体だけやたら頑丈で、高い回復力を備えている成り損ないがいた。コチョウの手刀の一撃にも耐え、反撃は拙いながらも空を切る音は重かった。

 勿論、優れた耐久力を持っているだけでコチョウに勝てる訳でもない。やや梃子摺ったのは事実だが、そいつも最終的にはコチョウの拳によって粉砕される末路を辿った。

 そいつが頑丈だった理由はすぐにコチョウにも納得できた。竜の血の力をそいつは持っていた。やはりコチョウから奪い去られた力のひとつだ。それを取り戻し、コチョウはより一層活力が戻ったことを体感した。

「さて」

 と、部屋の隅を見る。人格を持った二体の成り損ない共が、互いの手を取って震えあがっている。明らかに戦意はなかった。

「見ただけでどう失敗だったのか分かるな」

 コチョウは彼女達に一番近いテーブルの上へ移動し、どっかと腰をおろした。

「そう恐がるな。どの道壊しはするが、選択肢はやる」

 普通なら問答無用で破壊しているところだが、コチョウはその二体を破壊する気もなく話しかけた。

「お前等、来るか?」

 とだけ、コチョウは聞いた。

 コチョウの戦闘中は部屋の外で待機していたスズネとエノハが、コチョウの戦闘が終わったとエノハの式神を引き連れて部屋に入ってくるなり、顔を見合わせている。どういう風の吹き回しかと言いたいようだった。

「お前等は頭の出来にボディの性能が追い付いていない。それで力が出せないでいるな?」

 むしろ、頭脳に性能が偏りすぎてアンバランスになっているとも言えた。高い魔力波動をコチョウにも感じ取れる。だが、肝心のボディが、魔術との親和性が低すぎて魔法出力に耐えられないのだ。彼女達の魔力で魔法を使えば、ボディの中枢が崩壊するのだと知れた。

「お前等の人格は、そのボディには勿体ない。体を捨て私と共に来い。それを与えてやろう」

 勿論、適した魂もだ。二体の魔力を許容するには、それなりに力強い魂が必要だろう。

「魔法が使えるように生まれ変われる?」

「魔法で自壊することに怯えなくなる?」

 二体は同じような怯えた目で、コチョウを眺め返した。まるで双子のようだった。

「そうだ。お前等が私に従うなら、与えてやろう。時間はかかるが、必ずな」

 コチョウが頷くと、二体は顔を見合わせてから、

「実はね」

 と、左の方がまず言った。

「もうひとり、いるの」

 と、右の方が続けた。

 そして、二体は、部屋の奥にある、宝箱を見た。おそらく収納箱として使われていたのだろうそれを一瞥し、コチョウもテーブルからその前に移動する。そして、宝箱に手を伸ばしかけ、止めた。

「ほう」

「どうしたの? お師匠。罠?」

 エノハに聞かれ、コチョウはかぶりを振り、否定した。

「いや、罠でもモンスターでもない。精神波遮断が施されている。魔法じゃないな」

 こっちはこっちで問題児という訳だ。超能力が強すぎるという訳だった。それで、自ら箱の中に閉じこもっているのだろう。

「お前はどうだ? 来るか?」

 宝箱の蓋を開けずに、コチョウは箱の表面に手を触れた。中から身動ぎしたと分かる、ガタッという短い物音が鳴った。精神波遮断されているとはいえ、普通であれば、宝箱に触れるのも危険だ。

「安心しろ。この程度の超能力であれば、私は壊れん」

 もっとも、コチョウ自身も超能力者であり、精神波には順応性がある。無防備に浴びるということはなかった。

「壊れない、子、はじめて」

 他の成り損ない共はおそらく耐えられなかったのだろう。箱の中の声色から、そう読み取ることができた。確かに素養自体はコチョウ本人より高いかもしれない。しかし自分の力を恐れるあまり生来の素質以上の成長ができていない。現時点で超能力をぶつけ合った場合、勝つのはコチョウの方だった。

「下がっていろ」

 スズネとエノハには下がらせ、コチョウは宝箱を開けた。中には成り損ないの中でも特に異形の、人型を保つことができなかった何か、が入っていた。精神波遮断が解かれ、部屋中に衝撃波のような目に見えない力が駆け抜ける。短い呻きを上げ、スズネとエノハは部屋をそそくさと出て行った。式神共も一緒だ。おそらく防護に回ったのだろう。

 コチョウは平然と浮いていた。確かに精神波に打たれた感覚はあったが、軽く殴ら程度の衝撃でしかなく、全く耐えられないものでもなかった。

「醜い、よね」

 箱の中のものに問われ、

「どうだかな。少なくとも、もっと見るに堪えん奴はごまんといる」

 コチョウは口元だけを笑みの形にした。面白くとも何ともなく、気休めの為でもなく、ただ、直接精神波を浴びても問題ないことを示しただけだった。

「壊れない、ね」

 と、それも言った。それは笑う顔を持たず、テレパス能力だけで笑っているのだと伝えてきた。不便なものだ。

 コチョウはそれを取り上げ、もう一度聞いた。

「私と来るか?」

「うん」

 とだけ、それは答えた。それで十分であり、それ以上の問答は必要なかった。重要なことは、すべて互いのテレパス能力で、瞬時に共有できた。

 コチョウはそれを持った手に力を込めて潰した。コチョウの中に人格が流れ込んでくる。コチョウはルナやチャイルに影響が出ないよう、一時的にその精神波を頭の中で遮断した。コチョウの中で、カチリ、と音がする。また少し、否、かなり魔神の封印の鍵が緩んだことが分かった。それだけの素養を、その人格は備えていた。

「お前の名は、エスプ、としよう」

 コチョウはその人格に名前を付けた。当然エスパーを略しただけだ。それから、残りの二体を振り返った。

 二体は部屋の逆の隅に避難していた。それはそうだ。エスプの精神波をもろに浴びたら粉々になっていただろう。

「お前達も、いいな?」

 コチョウは二体の傍へ飛んでいき、再度意志を確認する為に短く声を掛けた。二体は非難したものの、体には既にひびが入っていた。勿論、そうなることはコチョウも分かっていた。踏ん切りをつけさせるのには丁度いいだろうと思っただけだ。

「うん」

「うん」

 二体は並んでその時を待った。コチョウにも長く待たせる気はなかった。一思いに、二体纏めて手刀のひと振りで首を飛ばした。

「お前達は、スペルとチャームでいいか」

 あまり思い浮かばなかったから、適当だが、どうせ仮の名前だ、とコチョウは割り切った。二人もそれでいいという。コチョウ以外に五人もの人格が居座ることになったが、思ったほど喧しいとは、コチョウも感じなかった。思考の邪魔にもならず、静かなものだ。

 さらに大幅に、魔神の力の封印が弱まったのが分かる。静かに息を吸い、吐き、もう一度吸った。

 そして、念じる。力強く、自らの内へ。

 ゆっくりと封印の鎖が千切れるイメージが頭に浮かび、コチョウは強大な魂が帰ってくるのを、自覚した。

 焦りはしない。ゆっくりと、それを続ける。一瞬で解けるような半端な封印でないのは明らかで、焦れば仕損じることも理解できていた。目を閉じ、細く、息を吐き続ける。気持ちは穏やかで、焦れるような苛立ちも感じなかった。それから、コチョウは、目を開けた。

 片手を前に突き出し、念じ、呼ぶ。その手のうちに、魔神の剣は戻ってきた。

 コチョウの内の魔神の封印は、解けた。


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