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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一四話

 地上階での鍵の回収には、述べるべきことはほとんどなかった。移動中に強敵に遭遇することもなく、警備室は確かにゴーレムに守られていたものの、コチョウが相手をするまでもなく、スズネとエノハに任せても苦戦すらしない程度だった。警備室の壁に取り付けられていた鍵ケースは無事で、中には書庫に鍵束もぶら下がっていた。

 強いて言うことがあるとすれば、そうやって地上階へ出たそのものが、丸々無駄に終わったといった程度だった。コチョウ達が地下四階に戻り、書庫の前へと辿り着くと、扉は焼け落ち、室内は、既に火の海と化していたのだ。

 書籍の中には、貴重な昔の記録も含まれていたのだろう。本来、コチョウが読むべきだった真実が記されていた本もあったことだろう。そのすべては燃え上がり、書庫の室内に足を踏み入れるのも危険な状態になっていた。ひょっとしたらまだ燃えていない書籍はあるのかもしれないが、それを探すのは、例え炎そのものに耐性があるコチョウであっても危険すぎて不可能だった。

 何より、部屋に入ってすぐに、通してくれそうにない奴がいた。赤々と燃えるような翼を広げ、悠然と浮いたその鳥は、コチョウの姿を認めると、老人のような声で告げた。

「おぬしに触れさせてはならぬと、儂等の吉兆に出た。故に、燃やしたまでよ」

 朱雀。エノハの式神の一。白虎の姿は見えないが、そんなことは問題ではなかった。朱雀は両脚で四体程纏めて掴んだ小さな人影を、壊れた人形でも扱うように、コチョウに向かって投げて寄越した。

 コチョウはそれを受け止める代わりに、すべて首を落とした。そのすべてから、人格が流れ込んでくる。コチョウはそれを一旦追い出し、書庫の入り口を挟んで、通路から朱雀を睨んだ。コチョウの周囲でぼんやり浮かんだ四つの人格が、何か文句を喚き散らしたが無視を決め込んだ。それどころではなかった。

「良い度胸じゃないか。読む価値があるかどうかを私に黙って勝手に決めたという訳か」

「おぬしに憚る理由もない。当然であろう」

 朱雀は何を今更、と、歯牙にもかけなかった。そもそもコチョウと四神は敵対関係に近い。四神がコチョウ自身に判断を委ねることはあり得なかった。

「ふん。そうか。まあいい。他所でも調べはつく、ということで間違いないな?」

 知る方法が他にないものを、朱雀が燃やし尽くすとは、コチョウも思ってはいない。そういったあたりは抜け目のない奴だ。今コチョウに知られては世界に危険が及びかねない真実が、何かあるだろうことは、コチョウ自信も朱雀の行動に認識することができた。どうせ碌なことではないのは分かり切っていたが、それならば別の方法で調べるまでだ。忌々しくはあったが、朱雀が先手を打ったということで受け入れる他なかった。

「そ奴等をまずはどうにかせよ」

 朱雀はコチョウの傍で意味のない文句を喚きたてる成り損ない共の精神体を一瞥すると喧しくて構わんといった顔をした。

「ああ、そうだな」

 コチョウもそれには同感だった。何を喚いているのかは、いちいち聞いてなどいなかったが、煩いことには違いない。コチョウは漸く連中に目をくれた。

「で、お前等。鳥如きに纏めてとっ捕まる程度の奴等が良い気になるなよ」

 まともに話を聞くのも馬鹿馬鹿しい。コチョウは脅しに掛かった。どうせ奴等に選択肢は二つに一つしかないのだ。消滅か、服従か。

「一列に並べ。左から順番に選ばせてやる」

 コチョウは互いの都合など話し合うつもりもなかった。不躾に選択だけを突き付ける。

「一番左。選べ」

 と、いきなりすぎる究極の選択を強いる。

「私に従うか?」

「死んでもお断りだ!」

 一番左の運命は決まった。改めて確認など、コチョウはしない。

「次」

 と、そいつにはもう興味も持たない。左から二番目にいる精神体は、コチョウの質問に質問で返した。

「従わなかったら?」

「分かり切ったことを聞くな。馬鹿はいらん」

 そいつの末路も決まった。あまりに一方的な、あまりに非情な切り捨てを、コチョウは眉ひとつ動かすことなく、平然とする。

「つ」

 次、と、言いかけたコチョウに、

「待って。待って。まだ答えてない」

 左から二番目の精神体はやり直しを懇願するが、コチョウは苛立って睨んだだけだった。その一瞥で、その精神体は、消し飛んだ。まだ完全復活とは言えないが、精神体はサイコショックの超能力に対して極めて脆弱だ。今のコチョウの力でも、そのくらいは簡単なことだった。

「ひいっ」

 三番目の精神体が悲鳴を上げた。真横で他の精神体が、ただ慈悲を乞うただけで消滅させられたのだ。並の精神であれば、恐怖で震え上がっても不思議はない。だが、コチョウはそれを、

「臆病者はいらん」

 質問すらせずに、切って捨てた。三番目の精神体は、絶望に無言になった。やり直しを要求しても消されるのであれば、もう助かる目はないということだ。

「最後」

「アイツぶん殴ってくれる?」

 そいつは聞いた。

「名前はしらないけど、私達を弄り回したアイツ」

 何かを知っているらしい。コチョウは興味を覚えた。

「どんな奴だ」

「なんか、ぼんやりした奴。みんなアイツのせいでおかしくなった。お前を襲うように」

 自分が消えることにも、コチョウに従うことにも、興味を持っていない声で、一番右の精神体は答えた。他の三体とは違い、まだコチョウに対し若干怒っているようでもあった。

「お前のせいで私殴れなくなっちゃったんだからね。お前、代わりに殴っておいてよ」

 さも、本当は自分で殴ってやらなければ気が済まなかったのに、と文句たらたらな態度だった。コチョウは面白い、と頷く。

「そいつなら私もぶん殴らないといかん理由がある。頼まれなくともそうするさ」

 コチョウが正直に答えると、

「なら私も見たい。大人しくしてればいい?」

 そいつはコチョウに従うことに決めたようだった。コチョウも、大人しくしているならばそれでいいと認めた。

「余計なことをしでかさなければ連れて行ってやる」

「分かった。なら、大人しくする」

 利害は合った。コチョウは一番右にいたその精神体だけを受け入れることにし、そいつもするりと抵抗することなくコチョウの中に、ルナの時と同様に潜り込んで行った。

『一人増えたわね』

 コチョウの頭の中で響くルナの声も幾分嬉しそうだ。

『よろしくね』

 そいつにも名前はなかった。コチョウはそいつにも便宜上の名前を付けた。

「お前はチャイルでいいか」

『何だそれ。どっから来た?』

 コチョウの頭の中に新たに加わった成り損ないが尋ねるが、コチョウは答えなかった。チャイルディッシュのチャイルだ等と答えたらおそらく文句を垂れるだろうことが分かっていたからだった。

「適当だ。いちいち意味など考えていない」

 代わりに、コチョウはあからさまな嘘を答えて置いた。それよりも現状のことだ。

「さて、何処へ行くべきか」

 目的地がなくなってしまった。二人目の成り損ないの人格を取り込み、魔神の力の封印はまた緩んだが、まだ自力では、コチョウには解けそうになかった。他の人格を取り込まねばならない。コチョウは見限ったものの、いまだ傍に浮かんでいる精神体を見た。

「お前は死んでも嫌なんだったな」

 と、一番左にいた奴を消し飛ばす。残った一体をどうするべきか。完全に縮こまっていて、文句の言葉もそいつには出ないようだった。

「お前みたいなのでもいないよりはましか?」

 しかし、どう見てもあてにはならない。

「しかしな。頭の中でいちいち悲鳴を上げられたら喧しくて仕方がないな」

 正直、考えただけで不快だ。コチョウはしばらく考え抜いた結果、

「やはりいらんな」

 そいつも結局、消し飛ばした。

「相変わらずだけど。えげつないなお師匠」

 エノハが何とも納得しきれない顔をした。しかしそれがコチョウなのだということも理解しているようで、非難したところで馬耳東風だということも分かり切っている態度でもあった。

「もう少し成り損ないを襲うか。たまり場みたいな場所があればな。心当たりはあるか?」

 ルナとチャイルに何処へ行けば効率が良さそうかを聞いてみた。行動範囲は限られているのだ。本人達に聞いてみたら案外知っているかもしれない。

『それなら、地下五階に遊戯室あるよ』

 チャイルが答えた。どうやらチェスなどのボードゲームなんかが常備されている部屋らしいことが分かった。他にあてもない。コチョウは行ってみることに決めた。


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