表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
113/200

第一三話

 コチョウはスズネとエノハを連れ、地下三階へと向かった。その間も成り損ない共は追ってきたが、もうあまり残っていないのか、数は少なく、コチョウ以外の戦力が増えたことに怖気づいたように襲っては来なかった。

 すぐにコチョウ達が成り損ない共に見つかるようになったのも理由は簡単だった。四神は暗闇の中でも良く見える。淡く発光しているのだ。スズネにとっては頼りになる光源なのだろうが、他に光源のない暗闇の中では、極めて目立った。

 結局、地下四階で成り損ない共は止まり、コチョウ達が更に昇っていくのをただ見送った。

「追って来ませんね」

 不思議そうにスズネはそれを見下ろしていたが、

「どうも地下三階より上には登れないらしい。勝手に発火して燃え尽きるんだとよ」

 コチョウが答えると、納得したようにスズネも興味を失ったようだった。

「それで、これからどうするの?」

 よく状況も把握しないままやって来たエノハが、コチョウに尋ねる。帰れ、と言いたいのがコチョウの本音だったが、そう言って帰る二人ではないことも知っていた。問答になるだけ不毛だ。

「地下四階の書庫を漁りたいが、書籍に鍵がかかっているらしい。鍵を探す」

 力任せに壊して本が燃え尽きたりしては意味がないし、一冊ずつ鍵を壊すのも面倒だ。鍵を探した方が安全だし、楽だろう。コチョウは暴力的な手段に訴えるのは避けることにしていた。最終的にはそういった手段や、魔法に頼ることになるかもしれないが、それは最後の手段だ。なにより、研究者というのは自分の研究の成果を盗み見られるのを嫌う。正規の手段以外での開錠は、リスクと引き換えだと考えて良かった。

「どこにあるか……分かってたら探さないよね」

 分かり切ったことだったと、聞きかけた言葉を、エノハは引っ込めた。失せ物探し物であればエノハは専門だ。青龍の先導により、亀裂で上がれる一番上の階である、地下二階の通路に皆が入ると、エノハは玄武の背から降りて一枚の式札を懐から取り出した。

 エノハが使役する式神には、四神が主な戦力ではあるが、その他に低級の動物霊も複数存在している。亀の札、と書かれた札を人差し指と中指に挟み、エノハはそれを目の前に放った。

「シオサイ」

 とエノハが呼ぶと、玄武と比べればあまりにもささやかな頼りなげな海亀がエノハが差し出した手の上に乗る。亀はじっとエノハを見上げて言葉を発することもないが、エノハは語り合っているように、シオサイと呼んだ海亀をじっと見つめた。

「うん。うん」

 と、時折相槌を打つエノハを、コチョウは待った。間違いなく、エノハに占わせるのが一番早いのは間違いなかった。

『何してるの、あの子?』

 ルナはそのあたりの事情を全く知らない。エノハが亀を見つめているのが余程不思議なようだった。

「無事だったとは驚きだ。てっきり四階から上に登った時に消え失せたかと思っていたぞ」

 コチョウが口の中で呟くように答えると、

「誰とお話されているんです?」

 意外な程に耳聡いスズネに、気付かれた。青龍の背から飛び降りたスズネの目は、コチョウではなくエノハを見ていたが。面倒臭いことになった、と、コチョウは苦い顔をした。

「私にそっくりな連中は、失敗作のホムンクルスだ。魂はないが、人格を持った奴がいる」

 仕方なしに、コチョウは説明しておいた。変な奴だと思われていることに関しては今更だが、精神的に壊れたと思われるのは心外だ。

「連中の人格を吸収することがある。第六世代の人形に成り損なった奴等だからだろう」

 自分の頭を、コチョウは指先で突いてみせた。

「ここにな、住み着いた奴がいるのさ。お前等にはそいつの声は聞こえんだろうが」

「どんな方ですか?」

 スズネはその言葉をすんなり信じたようだった。コチョウがその手の冗談を言うことはないと分かっているからだ。彼女はコチョウの頭の中の人物に、興味を覚えたようにコチョウに横目の視線を向けた。

「腕を切り落とされかけた。反対に胴を潰してやったが。ありていに言えば、狂っている」

「聞くのではありませんでした」

 それはコチョウも人のことは言えないのではないか、と無言の抗議をするように、スズネが視線をエノハに戻す。コチョウは喉の奥で笑った。違いない。

「うん、ありがとう」

 エノハが、シオサイに頷き、海亀は式札に戻った。どうやら終わったらしい。エノハは札を懐に仕舞うと、コチョウを振り返った。

「お師匠。鍵は地上階にあるって。警備室っていう部屋を、探せばいいみたい」

「ああ、確かにそれが確実かもしれん」

 コチョウも納得した。私兵等、研究所内を護っていた連中がいたとすれば、マスターキー、或いは合鍵を保管していたとして不思議はない。今となっては誰の部屋だったかも分からない私室を一つ一つ検めていては埒も明かない。いずれにせよ、ひとには日光が必要で、それを考えれば地上階が生活エリアだったのだろうということも、想像に難くなかった。

「面倒だが、上を目指すか」

 コチョウは地図を広げ、上階へのルートを確かめた。それを見て、スズネとエノハが首を傾げる。

「来た道を戻るだけで良い筈ですけど」

 スズネの怪訝そうな声に、

「ああ。私は自分で入った訳じゃない。気がついたら地下三階にいたからな。道を知らん」

 正直に、コチョウは確認しなければ道が分からないことを認めた。

「ああ、あの朧ですか」

 合点がいったように、スズネが頷く。

「だから朱雀様と白虎様が注意を引いてくださったんだ」

 と、エノハも腑に落ちた声を上げた。二人も遭遇したらしい。

「襲われたか?」

 コチョウは、二人も進入を妨害されたと言っていたことから、そうなのだと理解した。それで朱雀と白虎が二体掛かりで囮役になったのだ。

「うん。戦って勝てる相手じゃないって。朱雀様と白虎様が注意を引いてくれていた隙に、わたしたち、入って来たんだ」

「そうか。どうせなら朱雀と白虎をくたばらせておいてくれんかな」

 そこまでだらしない式神ではないことは、コチョウも良く知っていた。おそらく朱雀も白虎も無事でいるだろう。逆に、四神の二体が全力で戦ったとして、あの人型が潰えることもないだろうとも、考えていた。

「縁起でもないこと言わないで、お師匠」

 当然、エノハは文句も言う。コチョウの口の悪さは今更でも、やはり許容できないことは許容できないものだ。

『随分歪んだ師弟関係ね』

 ルナも流石にお互いの敬意のなさに呆れたようだった。それはそうだろう。まともな師弟関係であればこんなことにはなっていない。

「私はこいつらの面倒を見る気がないからな。こいつらが勝手に弟子を名乗ってるだけだ」

 ルナに対してコチョウが答えると、

「なんて言われたの?」

 エノハはそれが気になったようだった。コチョウは肩を竦めて笑い、どうでもいいことのように言った。

「イカレた師弟関係だってよ」

『そこまでは言っていないわよ』

 ルナには頭の中で反論されたが、コチョウは当然ながら気にしなかった。エノハは若干気にしたらしく、

「イカレてるのはお師匠だけだよ」

 すぐにそう訂正を入れた。その言葉に、ルナも同意見だと認めた。

『あの子の言葉は多分正しいわね』

「違いない」

 当のコチョウですらも。これだからスズネやエノハに見つかりたくなかったのだ。こうなることは目に見えていた。

「さっさと行くぞ」

 適当に地図を確認すると、コチョウはそれをローブに突っ込み、上階や下階を繋いでいる階段へと向かった。迷宮でもあるまいし、研究所は最上階から最下層まで続く階段で繋がっていた。スズネやエノハは既に階段の位置を把握しているのだろうが、案内の為に先を行かせることはしなかった。出入口の場所は把握しているだろうが、どうせ警備室の場所までは把握していないだろう。

 出入り口横に、確かに守衛室はあるようだが、所謂門番の待機所というだけで、そこは警備室ではない。だいいち、そんな場所に研究所の随所の鍵を集めて置いたら、真っ先に制圧されて鍵を奪われてしまう。そんな愚かな警備もないものだ。考えなくとも、分かる。

「警備室は一階の中央にある。生活エリアとエントランスエリアの間だな」

 それも、コチョウには何となく当然の配置のようにも思えた。生活エリアには来客もあった筈だ。部外者が勝手に研究所エリアに出入りしないよう、見張りは必要だっただろう。

 だが、その警備が人間とは限らないのだが。その予想は、コチョウは敢えて言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ