第一二話
すぐに亀裂の上の方で戦闘が始まったのが分かった。自我のない成り損ない如きに負ける程だらしのないことはないとは分かっているが、場合によってはコチョウの力を流し込まれた成り損ないまで倒されてしまうかもしれない。無視できない状況に、コチョウは諦めの境地に達した。
「馬鹿共が」
気配は一人ではなかった。
二人と二体と言ったところだ。コチョウには、その正体もだいたい予想がついていた。
仕方なく亀裂の上に向かって飛び、見えた傍から成り損ない共を蹴散らして進んだ。
その上に、のんびりと浮かぶ大亀のような姿が見えてくる。亀の背中にひとりの少女が乗っている。当然コチョウにも見覚えのある姿だった。
「お前等何しに来た」
倒していいのか追い払うだけにすべきか困っている様子の少女に声を掛ける。かつてアシハラ諸島国と呼ばれた国で女性達が好んで着ていたという民族衣装を纏った少女で、歳は子供と行っていい程に若い。金髪碧眼と尖った耳を見れば、その少女がエルフであることは、誰にでもすぐに理解できる筈だ。
「これ何なの? お師匠の群れにしては弱いし、倒して良いの?」
少女は、名を、エノハと言う。陰陽道と呼ばれる占術を使う娘で、コチョウのことを、お師匠、と呼んでいる。自称弟子のひとりだ。
エノハが乗っている亀には蛇が巻き付いており、ただの亀でないことは一目瞭然だ。エノハの式神と呼ばれる使い魔で、玄武と呼ばれている陰陽道においては神のような存在だった。
さらに、エノハの頭上にも、緑色の体色をした長細い竜が浮いている。それも、エノハの式神で、青龍だった。その上にはやはりアシハラの民族衣装を纏った黒髪と黒い目の、人間の娘がいた。歳はエノハよりも年上に見えるが、実際にはエルフと人間には寿命の差がある為、そちらの娘の方が年下になる。以前にも、四神に乗って現れたことのある、スズネである。侍の家の娘であり、アシハラでは一般的だった打刀と呼ばれる片刃の剣を使う。また、一種の神官術のようなものも得意としており、霊気の弓をつくりだし、魔を退ける術も得意としていた。
「お師匠様、スズネは悲しいです」
スズネも、コチョウをそう呼んだ。そちらも、自称、弟子なのだ。
「このような所においでになるのであれば、スズネにも声を掛けていただきたかったです」
『弟子いるの?』
ルナにも驚かれ、コチョウの顔には最早苦笑も出なかった。それよりも、スズネやエノハがここまで無傷で入り込めたことの方が驚きだった。
「邪魔は入らなかったのか」
「入りましたとも」
スズネは頷き、たおやかに笑った。その微笑みの意味を読み取り、コチョウも納得した。先の話でも言及したが、エノハの式神は四体いる。青龍、玄武のほか、残り二体は朱雀、白虎だ。エノハはその四体を同時に召喚し、使役できる。今二体しか連れていないということから、自ずと答えが出た。
「朱雀、白虎が相手をしているのか」
もとより、直接戦闘においては、青龍、玄武に比べて朱雀、白虎は適性が高い。適所適材ではあった。
「そうだよ。お師匠の所へ行くぞって朱雀様に言われて、危険らしいから、飛んできたの」
エノハに事情を説明され、コチョウにも、二人にこの場所が分かった理由に合点がいった。
とはいえ、まずは邪魔な成り損ない共を掃除するのが先決だ。コチョウが幾らかは倒したが、まだ残っている。遠巻きにして攻めあぐねているらしい態度で今は襲ってきていないが、いつまでも放置という訳にもいかなかった。
「お前達は余計なことをするな。私が片付ける」
そう告げて置き、コチョウは再度成り損ない共に襲い掛かった。ほとんどの成り損ないは特殊な能力を与えられていないようだが、一体だけ妙な動きを見せた。しきりにコチョウの視界に入ろうとしている成り損ないがいたのだ。コチョウはその成り損ないを最優先で狙い、首を飛ばした。そして、そいつが与えられた能力が、石化の視線だったことを知った。それも、コチョウが失った能力のひとつだ。
あとは烏合の衆でしかなかった。コチョウはひたすらに首を斬り、最小の移動で手早く成り損ない共を片付けて行った。一対多でもアラガネから奪った戦闘技術は大いに役に立った。何より無駄がなく楽だと、コチョウは感じた。
「うわ、お師匠またなんか変な強さ奪った?」
げんなりしたように、エノハが眺めている。エノハもスズネも、コチョウからその能力の一部を分け与えられ、コチョウが敵を倒す度に奪った経験や強さの一部を無理矢理流し込まれ続けた経験がある。それだけに、二人はコチョウが倒した敵の強さを奪うということを、誰よりもよく理解していた。
「便利だが、お前達にはやらん」
コチョウは、動きに着いてこられずまともな抵抗もできずにいる成り損ない共の、最後の一体の首を斬り落とすと、エノハには目もくれずに答えた。
「いらないよ」
エノハも同意する。今ではエノハやスズネに分け与えた力は消滅している。コチョウが敵を倒しても、二人に強さが流れ込むことはない。エノハも、もうこりごりと、その方が有難いという顔をした。
「こんな場所で決着は付けんぞ。まだ吹き飛ばす訳にもいかん」
エノハに言っておけば、おそらく朱雀にも伝わるだろう。これも先の話で言及したが、コチョウと四神と呼ばれる朱雀、青龍、玄武、白虎は、いずれ決着をつけると宣言し合っている敵対関係でもある。その為、いつ一触即発の空気になってもおかしくなかった。そのつもりがないのであれば、宣言しておかなければならない。
『決着って何よ。何なのこの人たち』
ルナがコチョウの頭の中で、状況についていけないとぼやいたが、コチョウは面倒な説明はせず、無視をした。
「えっと。お師匠が吹き飛ばしたくないって、聞き間違いじゃないよね? ここ、何なの?」
むしろ逆なら分かると言いたげに、エノハとスズネは顔を見合わせた。弟子とは思えぬ、たいそうな態度だが、柄でもないのは自分でも分かっている。コチョウは否定しなかった。
「どうやら、人形だった私が造られた場所らしい」
いちいち説明するのは面倒だが、黙っておいて取り返しがつかないことになっても困る。コチョウは先に言っておくことに決めた。必要なことまで黙っておくと碌な結果にならないものだ。
「お師匠様が……というと、“第六世代の人形“が作られた場所ということですか?」
スズネの問いに、コチョウが頷く。
第六世代の人形というのは、そのままの意味だ。コチョウが滅ぼした人形劇の世界には、第一世代から第六世代まで、タイプの違う人形が導入されていたのだ。人形劇の役を演じる人形や、雑多なモブ用の人形のほとんどは第五世代だったが、コチョウのみ、一つ世代が新しい第六世代の人形だったのだ。しかし、その第六世代の人形は、暴走した。あまつさえ、箱庭世界の外を認識する能力さえ備えていた。それが理由で、第六世代の人形を封じておく為に、その箱庭世界は凍結されていた経緯がある。
もっとも、第六世代の人形と、コチョウはイコールではない。というのも、コチョウという存在は、もともと、第六世代の人形によって、勝手に作られた劇世界中の役柄であったからだ。コチョウが存在を食った魔神ヌルに、凍結されていた箱庭世界を差し出した第六世代の人形は、現実の世界へ逃げ出すことを最終的な目的としていたが、自分がただの人形であることも認識しており、魔神の力に抗える程のメンタリティを備えていなかった。それを乗り越える為に、敢えて自分が人形であることを知らないコチョウという存在を作り上げ、魔神に対抗させたのだ。しかし、その結果、コチョウは第六世代の人形の思惑通りには動かなかった。逆にコチョウは第六世代の人形という存在を見限り、コチョウのメンタリティのまま、実在化を果たしたのだ。
「どうもそうらしい。ここには、私の魂が誰のものかという情報が遺されているようだ」
たいして興味も湧かないが、あの人型は、コチョウはそれを知らねばならないと言った。ルーツを探れと。そこに何らかの意味があるというのであれば、いずれ踏み越えなければならない話として、逃げ出すのはコチョウの性分ではなかった。
「私がここでしなければならんのは、その誰かに唾を吐きかけてやることなのだろうな」
「またそういうこと言う」
コチョウの物言いに、エノハがため息をついた。
「お師匠、自分の出自は大事にしようよ」
「知らん」
コチョウはだが、退屈な声を返しただけだった。本気で興味がないことは、スズネやエノハにも伝わったことだろう。
「諦めましょう。こういう人ですから」
スズネも、言うだけ無駄だという顔をした。