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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第一一話

 戦闘は終わり、コチョウはボロボロになった顔面を、回復呪文を使って癒した。ルナから取り戻した神官系呪文が使えるからこそ、アラガネ相手に無茶な戦い方をしたのであって、全くの考えなしの行動という訳でもなかった。

 アラガネは自我があったにも関わらず、コチョウの能力は何も与えられていなかったようだ。もともとあったコチョウの力を取り戻せはしなかったが、その分、アラガネの強さを奪い取る事ができたコチョウは、自分の頭の中にアラガネが習得していた戦闘技術が流れ込んでくるのを感じた。この為に無茶をしたのだ。それだけの価値と収穫はあった。魔神の力が引き出せない今、純粋な自分の戦闘能力だけが頼りになり、それを向上させることは必須と考えて良かった。

『無茶すぎるわ』

 流石のルナも、コチョウのあまりにも捨て身の戦い方に、何も言わずにはいられなかったようだった。気持ちはコチョウも分かる。だが、アラガネは強く、そして危険だった。コチョウを格下だと侮っていたこんな機会が今後もあるとは限らなかった。だからこそ、今倒しておく必要があった。今撤退していたら、勝算は薄くなっていたと、コチョウは確信していた。

「後になって他の奴と一緒に襲って来てみろ。今、無茶すれば勝てるなら、無茶もするさ」

 事実、かなり危険すぎる橋を渡ったものの、コチョウは命をベットした賭けに勝った。コチョウは新たな戦闘技術を体得し、今後の戦いにもかなりのアドバンテージを得たと言える。アラガネという強敵に警戒する必要もない。これ以上ない結果に、コチョウは満足していた。

「あいつは私を格下だと侮った。だから警戒された時には手遅れの状態まで持って行けた」

 戦い続けていれば、最初から警戒される状況になるだろう。そうなったら、無茶をしても勝てない戦いになるのは目に見えていた。

「油断しているうちに叩いておかないと、ああいう手合いは、必ず厄介の元になるもんだ」

『まあ、それは……そうだったかもしれないけれど。でも、私が言うのも変な話だけど、こんな戦い方を続けていたら、あなた死んじゃうわよ?』

 ルナは分かっているが納得はできないという態度だったが、それ以上言っても不毛だとも理解しているのか、それ以上は言わなかった。その代わりに話を変え、

『それで、アラガネを受け入れるの?』

 そう聞いた。自我がある成り損ないを早速倒したのだ。疑問は当然だった。

「受け入れるも何も、あいつの自我は消えた」

 コチョウは、アラガネの意識が消え失せたことは、問題だとは考えていなかった。正直、どうでも良かった。

『ああ、そう』

 ルナには分からないらしい。意識同士、思考や間隔を共有したり、コチョウの頭の中で互いの存在を認識したり、ということはないらしい。ルナにはアラガネの存在がそうなっているのかは分からないようだった。

『私も、そのうち溶けてなくなるのかしら』

 急に怖くなったらしい。そんな不安を話し始めた。

「知らん」

 コチョウはそれもどうでも良かった。いればいたで知識が役には立つし、いなくなればいなくなったで自分で調べるまでだ。その態度がおかしかったようで、ルナはコチョウの頭の中で笑った。

『本当に他人に興味がないのね。それで十分やっていけるっていう自信があるからかしら』

「自信か。余計な思い込みはいらんな。事実があれば良い」

 理解が欲しいとも思っていない。コチョウは室内を見回し、目ぼしいものがないと見るや、左右の壁に沿って何段にもびっしりと並んだ培養容器を片っ端から破壊して回った。どうせ回復装置も兼ねているのだろう。そのまま放置しておくのも面倒のもとに思えた。

『分かれば分かる程、面白い人ね』

 ルナはコチョウをそう評した。何処が面白いのかコチョウ本人にはさっぱり理解できなかったが、聞き出す気にもなれなかった。ルナから見たコチョウの印象にも、興味が持てなかった。

「そりゃどうも」

 容器をすべて破壊したコチョウは、保管室を出た。部屋を出たところで自我のない成り損ない三体と鉢合わせになり、考えるより先に体が動いて、首をすべて刎ねた。間違いなくアラガネから奪った体術の経験がそうさせたのだ。やはり確実に役に立つ。良いものを得たと、コチョウは再度の手応えを感じた。

 通路を進み、亀裂へと向かう。それを上がり、地下三階へ戻る為だ。開発室には入らず、無視をした。ルナも強い口調で、

『開発室には寄らないで』

 と要求したからだ。コチョウも何故か正直気乗りがしなかった。楽しいことになる気がしない予感があり、入る気になれなかった。

 通路を進んでいる間に、何度か成り損ないに遭遇した。自我がある奴はいなかった。すべて返り討ちにして進む。コチョウを止められるような能力を持っている成り損ないはいなかった。

『大量の自分と同じ姿の相手を殺して回っても、気分が悪くならないのね』

 さもそれが不思議なことようにルナは言う。その感覚が、コチョウには分からなかった。

「だが私じゃない」

 それが事実だ。コチョウは、見た目はたいした問題だと思っていなかった。

『じゃあ、あなたは誰? あなたとあなたじゃない私達の区別は何?』

 コチョウの認識の仕方は、ルナには興味深いようだった。極めて簡単な話だ。コチョウにとって辞意分以外のすべてが自分ではないだけだ。

「単純な理屈だ。事実でもある。私には私の顔は鏡で見なきゃ見えない」

『ええと?』

 意味が分からない、と、ルナはコチョウの言葉に疑問しか示さなかった。コチョウは思わず笑い、

「意外に真面目な奴だな。考えると馬鹿になるぞ?」

 ただの言葉遊びだと答えた。

「己の中に我は在る。自分の中だけに私はいる、だ。言葉じゃないのさ」

『全然分からないわ』

 ルナには伝わらなかった。そういう物なのかもしれない。分からなくても仕方がないとコチョウはまた笑った。それで、もっと単純な言葉で、言い切ることにした。

「自分か、自分にそっくりの他人かの区別なんて、人に決めてもらうもんじゃないだろ」

 自分が同一人物だと思うならそれでいい、自分が別人だと考えたならそれでもいい。そんなことは勝手に決めろ、だ。しかしルナはその言葉にも疑問の唸り声を上げた。

『じゃあ、あなたと私が同じ物かどうかも、私が決めて良いってことかしら?』

「お前の認識はお前がそう思っておけばいい。それが私の認識と違っていても、私は知らん」

 勝手にしろ、コチョウに言えることはそれだけだった。人の考えをとやかく言えるような人格者では絶対になく、自分自身が誰かに考え方を強制されそうになっても受け入れる筈がないことも知っていた。

『そう……やっぱりあなた、面白いわ』

 ルナはそれで納得したのか、それ以上は不毛な質問を続けなかった。漸くどうでもいい話に付き合わせることがなくなり、コチョウも安堵のため息をついて、探索の専念に戻ることができた。

 地図を広げ、おそらくの認識で、亀裂がある筈の場所に向かう。途中に部屋を経由する必要はなく、扉を抜ける必要もなさそうだ。通路を進んだだけでルナに運ばれた記憶があるから当然と言えば当然だったが、途中、人格を備えた成り損ないに襲われるような羽目にもならなかった。

 やがて、予想した通りの場所に辿り着くと、やはり通路は途切れていて、亀裂は間違いなくそこにあった。動いている成り損ないの姿はない。コチョウが殺した成り損ない共も、頭部を失い崩壊していた為に、原型を留めていなかった。

『上、何かいるわね』

 しかし、ルナは警告を発した。

 言われるまでもなく、コチョウにも気付けていた。気配がある。つまり、生物だ。コチョウが降りてきた時にはいなかった何かが、亀裂の上の方に浮かんでいた。

 だが。

「さて、嫌な展開になったな」

 敵ではない。コチョウは誰が入り込んだのかすぐに気付いた。何のつもりまでかは分からない。勿論本人に聞けば分かることではあるものの、コチョウは正直、会いたくなかった。

「危険はないから無視して良いのだが、見つかるとまず纏わりつかれる。鬱陶しい」

『え? ……敵じゃないってことなの?』

 ルナに問われ、コチョウは苦笑いした。

「敵じゃない。安心しろ。まあ、状況次第では敵にもなるかもしれんが」

 少なくとも、理由もなく襲ってきたりはしない。そこは信用できた。何をしに来た、と言いたいところではあるが、答えは分かり切っているので聞くのも馬鹿馬鹿しかった。

『でも、よくここが分かったわよね』

 ルナはそれが不思議なようだった。

 コチョウにとってみれば説明も面倒だった。


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