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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第九話

 コチョウの問いに、ルナはすぐに答えず、考えこんだようにコチョウの頭の中に唸り声を響かせた。

『んー』

 自信がないのだ。多分こうだろうという予想はしているのだが、彼女自身、その確証を得られるような情報を見たことがある訳ではなかったのだろう。

『多分あなたを作ったひとっていうことではそうなんだと思う。ただそれがあなたの魂のもともとの持ち主かどうかは分からないの。この遺跡の関係者であることは間違いないのよ。でも、あなたの魂の元の持ち主がその中の誰なのかは分からないの。ただあなたの魂の元の持ち主が野心家で、あなたがここに戻り、その結果、自分を取り戻せるように仕組んであったというのは間違いないわ。あなたの様子を見ている限り、そいつの思い通りにはいきそうにないけれどね。お生憎様って所かしら』

 本来であればルナもその想定上で踊らされる役回りだったのだろう。そういう意味では、コチョウに敗れて体を破壊されて漸く自由になれたのかもしれなかった。そんな風に思える笑い方で、彼女は楽しそうにしていた。

『考えてみると、あなたの魂を手に入れて、あなたを乗っ取って、そのあとどうするのかなんて、私は全く考えていなかったわ。多分皆考えていないでしょうね。あなたを出し抜いて、あなたを負かして、あなたに成り代わるのが目的で、でも成り代わって何をしたいのかなんてなんにもないのよ。そんなの空虚なだけなのに、そんなことを考えもしなかったわ。まるであなたに成り代われれば、それだけで幸せになれるみたいに刷り込まれていたみたいだわ。そんな訳ないじゃないね?』

「何度も言うが、正直、碌でもないぞ?」

 コチョウも頷くしかなかった。地上は荒廃しきっていて、緑の自然が残る浮遊大陸は人類が繁栄に失敗した魔境に過ぎない。何処にも救いなどというものはなく、箱庭と大差ないデザートラインの中でしか生きられない人間共が辛うじて生き延びているだけの世界。何処にも夢や希望なんて言葉は見いだせず、そして、そんな世界が心地よいと感じる、もっと碌でもない自分がいる。コチョウが感じている現状は、そんなところだった。普通の感性で考えれば、一〇人が一〇人、極めて地獄的だと言うだろう。

「お前達が私に成り代わって、生き抜けるとも思えないな。いいとこ破滅じゃないか?」

『そうなのね。世界はそんな事になっているのね……あ。え?』

 そう答えて。ふと、ルナは逆に驚いたように、初めて気付いたように、そのことに疑問を示した。

『考えてみれば、そうだわ。私達は、この遺跡の外がどうなっているのか、どんな世界が広がっているのか、全く知らなかったわ。本当にそう。そんな私達が、あなたに成り代わって、生きていける訳ないじゃないの。そんな当たり前のことさえ分からなかったなんて』

 当然だ。ルナはずっと培養液の中で眠っていた筈だ。遺跡の外に出たことがある筈もなく、世界を知る機会はなかっただろう。コチョウはそのこと自体には疑問を覚えなかった。ルナが、かなり歪んだ知識と認識能力しか持たなかったことも、そうだ。

「だから失敗作なんだろ。お前達は」

 とはいえ、その結論ですべてが納得できる訳でもない。コチョウにも疑問を覚えたことはあった。

『だいたい、おかしいわ』

 そのことには、本人も気付いたようだ。ルナは恐ろしくなったように、自分が信じられなくなったような声に変わった。

『何故私はあなたが魔神の力を持っていることを知っているの? 培養液の中にずっといたのに、そんなものをあなたが手に入れたなんて、どうやって知ったのかしら。それが封じられているってことも。作られた時には分かりっこないことで、誰かに教えられなければ知りようがないことだわ。私に……その知識を植え付けたのは、誰?』

「分からん」

 コチョウにもそうとしか答えようがなかった。何となく想像はつく。大方あの人型の差し金だろう。あの人型はコチョウがヌルの魂を持っていることも知っていたし、封じたのもあの人型だ。あの場にはコチョウとそいつ以外には誰もいなかったし、普通に考えれば二人以外に知りようがなかった。魔法で覗いていたという可能性もないではないが、それよりはあの人型が関与していると考えた方が、自然ではあるだろう。だが、コチョウは、あの人型がいったい何者なのか、正体を知らないのだ。

「いずれにせよ、ここで私が造られたのであれば、何らかの手掛かりはあるだろう」

 しかし、何処へ行くべきか。コチョウは自分がまだ地図を持っていることを確かめ、それを開いて眺めた。

「そもそも、この部屋はどれだ」

 まずは現在地を把握することからだ。それすら分からなければ探索にもならない。

『ここは地下六階よ。部屋の位置は、地図の右下の方ね。検査室って名前だったかしら』

 ルナの説明通りに地図を探すと、確かに検査室という名の部屋が載っている。左右に三つ部屋が並んでいるうちの真ん中で、左には開発室、右には保管室と書かれた、他の二つよりも大きな部屋があるらしい。

『隣の保管室に私達が眠っていた培養ケースがあるの。まだだれか残っているかもね。数を減らす為にも強襲を掛けてみる?』

 悪くない提案だ。だが、今はまずこの誰も入れない部屋でルナから聞けることをすべて聞くことが先決だとコチョウは考えた。次に落ち着いて会話できるタイミングが、いつになるか分からない。現状をできる限り把握してから行動に移すべきだ。

「いや、まだだ。この研究所だが、資料室や書斎のような場所はないか?」

 手掛かりがあるとすればそういった部屋だろう。その場所をルナが知っているようであれば、ひとまずの目的地としておきたかった。

『二階上に書庫ならあるわ。鍵がかかってあかない本ばっかりだけれど。読むなら鍵を探さないとね。地下四階より下には、鍵はなかったわ』

「私が入ってから目覚めたという割には、随分探索しているな」

 それも奇妙な事だと言えた。それ程長くコチョウが眠っていたとするならば、とっくに成り損ない共に襲われて、コチョウは殺されていたとしてもおかしくなかった。だが、そう簡単な話ではないという。

『私達は地下四階までしか行けないわ。それより上へ行こうとすると、勝手に体が炎上して燃え尽きてしまうようになっているの』

 成り損ないは行動できる範囲が限定されているのだという。とすると、研究所のメンバーが普段生活していたのはそれより上の階層で、万が一成り損ない共が事故で目覚めたとしても、自分達は襲われないようにしていたということなのかもしれない。

「じゃあ、お前も地下三階より上の構造は知らないんだな? 亀裂で上がっても駄目か?」

 コチョウがルナに確かめ、

『ええ、そう。まったく知らないわ。行けなかったもの。他の子が行こうとして焼け死ぬのも見たわ』

 ルナもそう認めた。ひとまず地下三階まで戻れば成り損ないに襲われるということはない訳だ。貴重な情報だと、コチョウも覚えてい置くことにした。

「そういえば、地下三階で、得体の知れないゲル状のものに襲われた。あれは何だ?」

 と、思い出す。地下四階より下で見かけることはないのかもしれないが、聞いてみる分には無駄にはならない筈だ。

『それは多分ブロブね。基本的には塵掃除用のクリーチャーなんだけど、襲われたの?』

 成り損ない共が襲われることはないと、ルナは言った。人を襲うようには本来できていない筈だと。それも人型の嫌がらせかと、コチョウは疑った。どこまであの人型が手を出しているのか、正直疑惑は尽きなかった。

「そうか。私は襲われるが、まあ、もう問題ない。奴の攻撃は私にはもう効かん」

 コチョウが酸への耐性を得た今となっては危険の内にも入らない。それよりも、最後に聞いておかねばならないことは根本的な事だった。

「私は、姿がはっきりしない人のようなものに連れてこられた。何か心当たりはないか?」

 奴のことを知っているなら、聞いておかなければ損だ。コチョウはルナの答えを待った。

『……分からないわ』

 ルナは考え込んだようだが、諦めた方に答えた。煮え切らない答えは、はぐらかしているというよりも、思い出せないもどかしさ、といった風だった。

『知っているような気がするの。でも、分からないわ。すごくもやもやするけど、思い出せないわ。その、なんていうのかしら。記憶に蓋がされているみたい』

 先に封じられたのだ。間違いなく人型本人のせいだろう。忌々しいことであるが、ずるをせず手掛かりを探せということなのだろうと、コチョウはため息をついた。

「知らないのであればいい。時間の無駄だ」

 あれだけの力の持ち主に封じられたのであれば、考え込んだところで思い出せることはないだろう。手掛かりは必ずある、探した方が早い、と、コチョウは判断した。

 魔法を取り戻したコチョウは、多少の超能力も戻っている。彼女はローブを造り出した。


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