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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第八話

 成り損ないの自我は、半透明の塊となって、コチョウの外へ弾き出された。魔術の知識が一気に戻ってきたことで、弱まっていた超能力も再び強化された為、他人の自我が頭に入り込んでくることを、テレパシー能力で拒絶することは容易かった。

「私はお前等が望んでいる『人形』じゃない。そいつは既に死んだ。私にお前等も不要だ」

『……でも、それじゃ私はどうしたらいいのよ。そんな。これじゃ、消えちゃう。嫌よ』

 消えれば良い。コチョウは最早興味を失っていた。成り損ないが一度頭に棲みつこうとしたことで、凡そのことは分かったからだった。

 コチョウは、もともと人形劇用の疑似世界に封じられた人形だった。しかし、コチョウの人格は、人形そのものが持ち合わせていたものではない。コチョウという人格は、その人形が、現実世界に帰還する為に、仮の人格として人形自身が作り出したものだったが、コチョウは人形としての自我がどんなものだったのかを覚えていない。そんなものに興味はなかったし、コチョウであるというだけで十分だったから、思い出そうともしなかった。そして、コチョウは人形自身には戻らず、コチョウとして、本物のフェアリーになった。その時点で、人形としての自分は、消滅したに等しい。

 一方で、成り損ないのホムンクルス共は、その人形になれなかった、だが、自我としては人形と同一のものらしい。故に、コチョウにも溶けることはできるようだが、コチョウとしては既に捨てた人格のなりそこないなど欲しくもなかった。

「勝手に消えれば良い。お前達が成ろうとした奴は、既にいない。お前達も同じ所へ行け」

 受け入れたところで、気分が悪いだけだ。コチョウは、自分という人格を好き勝手に作りだした人形の人格には憎悪しかない。すべてなくなってしまえば良いとしか、思えなかった。

『そんな。だってあなたの魂は私達のものなのよ?』

 成り損ないは困惑しきったように言うが。

 元はそうだったのかもしれない、と、コチョウは鼻で笑っただけだった。

「知るか」

 それ以外に言うべきことなどなかった。むしろ消えてくれというのがコチョウの本音ですらあったからだ。誰かの魂を封じられた人形から、巡り巡ってコチョウという存在が生み出されたとして、今は心身も、そして魂もコチョウのものだ。他の誰の物でもなく。

「私は私以外になるつもりはない。お前達の思惑など私は知らん。敵なら殺すだけだ」

『うわお』

 それを聞いた成り損ないは、コチョウの予想とは違う反応をした。

『今の言葉、ズキュンと来たわ。とってもいいわ、あなた。何よ、そっちの方がずっと面白いじゃない。先に言ってくれれば良かったのに。ねえ、やっぱり私も一緒に連れて言って頂戴。魂の持ち主なんてもうどうでもいいわ。私もあなたになりたいわ』

「自分で言うのもなんだが、お前が思っているより碌でもないぞ?」

 コチョウは呆れて思わずため息をついた。まさかそう来るとは。邪魔をしないというのであれば存在を吸収してやっても構わなくはあったが、成り損ないが期待するような結果にはなるまいと予想できた。

『魂もなく、失敗作のまま消えていくよりも最低なことなんてある? 私はないと思うのよ。だから連れて言って頂戴。お願いよ。それで、邪魔する奴は皆ぶっ殺しましょう? 従う奴は吸収していきましょう? きっと綺麗な血で素敵な絵が描けるわ!』

 感性が相当狂っていることだけは確かだ。魂がないからゆえの狂暴な無邪気さか、或いは、もともとのベースとされた人格がそうだったのか。どちらにしてもコチョウにはあまり変わらないことだったが、その狂気は、むしろコチョウには好感が持てた。

「お前も大概屑だな。私と同じくらい屑だ」

 コチョウは声を上げて笑った。こんなに心から愉快な気分で笑ったのはいつ振りだったか。もしかしたら、初めてだったかもしれない。

「それで、お前を吸収して、私に何のメリットがある」

 だが、それだけで受け入れてやる程、コチョウも安くはない。役立たずを吸収しても邪魔なだけだ。もしそれを望むのであれば、せいぜい役に立ってもらわなければならない。

『あなたの中で封じられている魔神の魂の、封印の鍵が少し緩むわ。あとはあなたが力をつければ、自力で解けるのではないかしら。全員を吸収するつもりはないけれど、どれだけ私達の存在を奪いされば解けるかはあなた次第ね。まったく吸収しなくても、力ずくで解いてしまうかもしれないし、逆にどれだけ私達を吸収しても解けないかもしれないわ。どうなるかは、私にも分からないわ。少なくとも封印を解きやすくはなるの』

 そういうことであれば、全くの役立たずという訳ではない。出来るだけ早く魔神の力を取り戻したいのは確かだ。コチョウは納得した。しかし、吸収するにはまだ早い。もう一つ確かめなければならないことがあった。

「それで、お前に引っ張られて元の魂の持ち主の誰かさんに近づくって訳か?」

 そうなっては困るからだ。コチョウはあくまでコチョウでなくてはならない。それ以外の誰かに変貌するのは御免だった。

『それは……ないとは言い切れないけど。私に関しては、あなたを受け入れるから問題ないわ。だって私はあなたの言う、元の誰かさん、に回帰したい訳じゃないもの。私はあなたになりたいの。だからあなたの自我は邪魔しないわ。他の子はどうか分からないけれど、とりあえず、あなたになりたいと言った子だけを吸収すれば安全よ。そうじゃない子を吸収した場合は、多分、あなたと、その子の自我の相対的な強さ次第じゃないかしら。あなたの自我が十分に強ければ相手の自我を抑え込めるでしょうし、そうでなければ影響を受けて、最悪乗っ取られるわ』

 成り損ないの説明は詳しく、コチョウが知るべきことを幾らか知っているのだということを証明しているようだった。その知識を得られるのは悪くない。コチョウは成り損ないの頼みを聞き入れることに決めた。

「お前は思ったよりもこの場所について知っているらしい。その知識は消すには惜しい」

 コチョウがそう認めると、半透明の成り損ないは再びコチョウの体内に吸い込まれるように消えた。

『ありがとう』

 頭の中で再び声がした。

『いつまで自我が保てるかは分からないけど、もし必要な時には、何でも聞いて頂戴』

「ああ、そうしよう」

 自分の頭の中に棲みつかれると、なかなか強烈な個性の人格だということもよく分かる。コチョウが引きずられるような感覚はなかったが、成り損ないの意識もそう簡単には消えそうになった。

「もし他の何らかの魂が乗っ取れるようなら、お前を分離できるかやってみるのもいいな」

 何故か、できるような確信があった。その魂を成り損ないに預けることで、別の存在として傍においておけるような気がしたのだ。

『だったら、ひとつお願いして良いかしら』

 と、頭の中の、魂のない自我が言った。

『私にも、名前を頂戴な』

 確かに、名無しはこれからやっていくのに不便だ。コチョウもそれは認めない訳にはいかなかった。

「よし、お前のことは、ルナと呼ぼう。ルナティックのルナだ。お前も大概狂っている」

 コチョウは彼女にそう名付けた。しばらく彼女は黙り、しばらくしてから、やや不満そうに答えた。

『あなたにルナティックって言われるのは釈然としないけれど。まあ、でもいいわそれで』

 ルナの言い草に、コチョウはまた笑った。

「大層な口を利くじゃないか」

『口なんかないわよ。あなたが私の体を壊したんじゃないの』

「人の手を切り落とそうとした奴が言うな」

『じゃあお互い様ね。似たり寄ったりだわ』

「そういうことだ」

 まるで自分同士で話しているように、会話に淀みもない。内容は完全に言葉のぶつけ合いではあるが、それが妙にコチョウにもしっくり来た。

「とりあえず、今少し聞いておきたいことがある」

 もっとも雑談に花を咲かしていては大事なことを忘れてしまう。コチョウはこの遺跡について、ルナから幾つか情報を得ておいた方が良いだろうと考えた。

「お前達の寿命は短い筈だ。今まで培養液の中で眠っていたのだろう。誰に起こされた」

『あなたが私達を起こしたのよ』

 ルナの答えは、コチョウがこの遺跡に連れてこられた理由とも直結していた。つまり、そうなるように仕組まれていたと言っても良かったのだろう。

『あなたがこの遺跡に入ったら、私達は培養液から出されるように、ずっと昔からセットされていたのよ。元に戻る為だったのだと思うわ』

「つまり、それを仕組んだのは、私のもともとの魂の持ち主ってことか?」

 コチョウの魂の持ち主は、もともとこういう事態になることを、あらかじめ想定していたのかもしれない。コチョウはそう考えた。


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