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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第七話

 コチョウが連れ込まれた場所は、実験器具が数多く置かれた棚のある小部屋だった。その成り損ないはコチョウを連れて入り、大きな金属製の机の上にコチョウを転がし、部屋に一つしかない扉の内鍵をかけ、さらに扉の内側に四つもある閂をすべて掛けた。閂は金属製の棒か、金属で補強された棒で、見るからに外から力ずくでへし折ろうとしても無駄に終わることは明らかだった。

 部屋に窓はない。完全に密室だ。成り損ないが何をしようとしているにしても、他人に邪魔されることはないということは間違いなさそうだった。

「ねえ」

 と、成り損ないが机の上に戻ってきて、コチョウを見下ろした。にっこりと笑い、

「魂って、何処にあるか、あなた知ってる?」

 そんなことを聞いた。当然、コチョウにも答えようがなかった。

「知らん」

 苦笑いを浮かべようとしたが、コチョウは痛みで顔を引きつらせることしかできなかった。火傷は高熱を発して疼き始めていた。

「そうよねえ。うん、分かってた。でも斬り刻んだらなくなってしまうのよね。不思議だけど、困ってしまうわね」

 成り損ないに魂はない。狂気に据わった目に、何を考えているのかが、コチョウにも理解できた。コチョウの魂を欲しがっているのだ。まるで、コチョウの魂さえ手に入れば、自分がコチョウになれると信じているように。それだけに、コチョウにも、成り損ないに次に聞かれる内容が、分かったような気がした。

「あなたの魂を、私にくれない?」

 と。案の定の問いを、そいつは発した。もし成り損ない共が基本的にはコチョウと同じ力が与えられているとするならば、魂を乗っ取り啜ることも可能だろう。その結果成り損ないがコチョウになるのかと言えば、それはおそらく否だった。

「お前は私になりたいのか?」

 それ以前に。コチョウ自身、十分に自分が碌でもない育ち方をして、碌でもない生き方をしてきた自覚はある。魂を得たからと言って、幸福とは限らないという証明のようなもので、正直自分以外の誰かがコチョウになるのを薦める気にはなれなかった。

「なら、相当にイカレた生き方をすることになる事だけは覚悟しておけ」

 魂を奪われるとしても、仕方がない。抵抗できるだけの力も残っていない。火傷に呻いている自分が死ぬのも、力が足りなかっただけのことで、恨むなら自分を恨むだけのことだ。コチョウは、いつだって力及ばず死ぬ覚悟はできていた。

「くれるの?」

 そう聞かれ。

「盗れるならな。お前が受け止められるとは思えん」

 コチョウの答えは負け惜しみではなかった。本気で不可能だと確信していたのだ。もしコチョウと同じ能力を成り損ないが持っていて、魂を啜れるとしても、あくまでホムンクルスはホムンクルスに過ぎない。失敗作の烙印を押され、魂が入れられなかったのにはそれなりの理由があった筈だ。魂を盗られればコチョウも当然死ぬが、成り損ないも魂を受け入れ切れず自滅するのだろうということは想像に難くなかった。

「なら、あなたを丸ごと頂戴。いいでしょ?」

 しかし、成り損ないも馬鹿ではないようだった。コチョウの存在そのものを啜れば、確かに受け止められるだろう。勿論、コチョウが同意するならば、の話だが。

「嫌だね。私を制する自信があるなら無理やりやってみな」

 おそらくその末路はヌルと同じになる。魔神すらもを平らげたコチョウを、ただの失敗作のホムンクルスが飲み下すことはあり得ない。逆にコチョウに乗っ取られ、吸収されるのが落ちだった。

「嫌よ。それじゃ私が死んじゃうじゃない」

 それは成り損ないも分かっているようだった。だが、表面上は、今、主導権は成り損ないの方にあった。彼女は動けないコチョウの傍を離れると、棚に収められた器具を眺めまわし、一個の拷問器具めいた品を手に取ると戻ってきた。

「いいわ。あなたの体に直接お願いしてあげる」

 と、無邪気に笑う。その手に持った器具は、人間大の生物であれば手を固定する為の板の上にギロチン刃が並んでおり、刃を落とすことで指を一本ずつ切断できる構造になっているあくどい道具のようだった。もっともコチョウの指を切断するには器具が大きすぎる。フェアリーサイズの相手に使おうとしても、手を固定したのでは刃まで指が届かず、手を開いたところでギロチンのひとつひとつに指を置くことも不可能だった。精々一個のギロチンで纏めて指を切り落とすか、手首で手を切り落とすつもりでなければ固定も難しいだろう。いずれにしても、手を落とせない訳ではなく、コチョウにとって幸運な話でもなかったが。

「死なないように切るから安心してね。だって殺したらあなたの魂がもらえないでしょ?」

 成り損ないの声は明らかに自分がやろうとしていることの非道さを理解していないものだった。コチョウも腕を一本食いちぎられても戦い続けた経験はあり、拳の一つや二つ切り落とされても音を上げない自信はあったが、だからと言って痛くない訳でもない。打つ手がないと油断している成り損ないの不意を打つために、動かない体に鞭打って準備していた。拳を振り逆襲するのは難しいが、昏倒させる手段はまだ他にもある。

 もっとも、状況はそう上手くも否かなかった。

「あ、そうだ」

 コチョウがいるテーブルに器具を置き、成り損ないが棚に戻る。取りだしてきたのは、皮製の皮張りの何かのカバーと金属の塊が二つだ。

「見ていたのに忘れるところだったわ。あなたブレスを吐けるんだったわね」

 そういって、コチョウの顔の上に皮を被せると、金属の塊をその両端に乗せて重りにした。

「これでよし、と。喋れるわよね?」

 最後の抵抗の術を奪ったと、成り損ないは安心したような声を上げる。

「毒でも吐かれたら大変だもの。我慢してね。死なれちゃ困るから、息できるなら返事して」

 その問いに、コチョウは答えなかった。皮のカバー越しにも、成り損ないが困っている雰囲気が分かる。

「大丈夫よね?」

 その問いにも、コチョウは答えない。レザーをのけられてもいいし、顔を近づけようとしてくるだけでもいい。それだけで、形勢を逆転させる自信がコチョウにはあった。

 成り損ないはコチョウが炎や冷気、雷、毒を吐けることは知っている。だが、それ以外に、知らない筈の能力がまだあった。

 実際、コチョウはただ答えなかっただけではなかった。ゆっくりゆっくりと、そのタイミングの為の、仕込みを、じっくりと、じわじわとレザーの裏で進めていたのだ。

「息、してるわよね?」

 しびれを切らせた成り損ないが、コチョウの息の音を確かめる為に、耳を近づけたのが、レザー越しに分かる。その瞬間、コチョウは反撃に出た。

 ほとんど溶けていたレザーに穴を開けながら、噴き出した酸が成り損ないの顔に掛かった。焼け爛れる音がし、

「ぎゃあああ!」

 と大きな悲鳴を上げながら、成り損ないがコチョウの真横で転げまわる。コチョウは身動きがほとんどできない体に鞭打ち寝返りを何とか打つと、その勢いのおかげでかろうじて動いた腕を振り回し、転げまわる成り損ないを打った。その腕は成り損ないの胸元に当たり、その一撃は、成り損ないの胴体を潰した。首以外に当たっても、即死の力ははたらいた。

 コチョウの中に魔法の知識が蘇ってくる。半分はコチョウを運んできた成り損ないに首を刎ねられた奴が持っていた魔術師呪文の知識だ。そして、もう半分は、目の前の成り損ないが持っていたらしい、神官呪文の知識だった。

 好都合だ。コチョウは蘇ってきたヒールの呪文を用いて、自分の火傷を癒した。すぐに体は動くようになり、念の為と、コチョウはすぐ傍の成り損ないの首を刎ねておいた。

 その途端、おそらくそいつが抱えていたのだろう薄ら暗い狂気が頭の中に流れ込んでくる。どうやら、成り損ないの人格ごと、能力を吸い込んだのだということを、コチョウは理解した。

『あーあ、食べられちゃった』

 頭の中で、そいつが囁く。

『でも、他にもまだあなたを食べたい子はいるのよ? あなたは全員食べちゃうのかしら。それとも誰かに食べられちゃうのかしら。とっても楽しみね』

 それだけ告げると、そいつの声は、もう頭の中でも聞こえなくなった。どうやらコチョウの意識の中に溶けて行ってしまったらしい。つまるところ、それはコチョウと名乗った人形になり損ねた同じもので、コチョウがそいつらに殺されるか、或いはコチョウがそいつらを殺すと、一つに溶けあうのだと分かった。

 しかし、それはコチョウの本意ではない。

 コチョウは、成り損ないの自我を、自分の頭から追い出した。


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