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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
破滅の空に蝶は舞う
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第六話

 たとえ、自分と瓜二つの容姿を相手がしていて、それが数多に湧いて出てきたとして、コチョウの意志が揺るぐことはない。必要と思えば自分の首すらこともなげに斬り落とす彼女に、そんな憐憫や躊躇はなかった。

 わらわらと湧いてくる自分自身の姿にも、コチョウは一片の感情の揺らぎも見せなかった。理由を問うても答える筈のない失敗作の集団は、先に倒した一体とは違い、丸腰でコチョウに襲い掛かった。コチョウの手には片方だけのチャクラムがあり、倒した死体がもう一枚を持っている。コチョウが念じただけで手元に戻ってくるのが魔法のチャクラムの利点だ。コチョウが右手にチャクラムをもち、左手を構えて無言でチャクラムを呼ぶと、死体の腰のチャクラムは消え、コチョウの手の中に戻ってきた。

 襲ってきている連中はどうせ失敗作で、強さなど奪いようもない。コチョウは有象無象の成り損ない共を、チャクラムを投擲して打ち倒し始めた。

 多勢に無勢である筈の戦いは、その数の差とは裏腹にコチョウの無双状態で終始展開した。成り損ないは三〇体程いたが、相手にもならなかった。断末魔の叫びすら上げないホムンクルスはただの紛い物に過ぎず、自我すらない連中を正面から打ち破ることは少しも難しいことではなかった。幾ら数がいようと烏合の衆より酷く、ただ細腕で殴りかかってくるだけのフェアリーの打撃が、魔神の力が封じられているとはいえ、身体能力は衰えていないコチョウに効く筈もなかった。

 コチョウは襲ってきた三〇体を倒すのに、一分と掛けなかった。出会い頭にチャクラムを投げつけるだけで失敗作の首は纏めて落ち、動かない肉の塊になると溶けるように崩れ去った。魂の入っていないホムンクルスに自我はないが、頭部にある脳のはたらきによって体が動かされていることは自然の生命と変わりない。首を落とせば死ぬのは同じだ。それどころか、体の組成をコントロールしているのも脳で、その器官を失えば正しく肉体の構造を維持できなくなり崩れ去る分、ホムンクルスの方が自然の生物よりも脆い。コチョウから見れば、自分自身と認識するには、成り損ない達は、あまりにも低次元過ぎた。

「まだ来るか」

 三〇体を蹴散らし、コチョウが独り言ちる。その認識の通り、四体のホムンクルスが更に襲ってきた。

 しかも、その四体は、今までの成り損ないとは異なる動きを見せた。一対はファイアブレスを、一体はアイスブレスを、一体はサンダーブレスを、そして残りの一体はポイズンブレスを吐き散らしたのだ。まるでコチョウがこれまで使えた能力のように。それを見たコチョウは、自分は能力を封じられたのではなく、引っこ抜かれたのだと悟った。それを、あの人型が成り損ないに移植したのだろう。取り戻せというのだ。となればチャクラムで倒すのはまずい。しかしコチョウはローブを着ておらず、チャクラムを腰に吊っておくことができない。仕方なく、コチョウはチャクラムを地面に投げ捨てておくことにした。成り損ない共に拾われるおそれはあったが、それならそれでも良いと割り切った。

 今のコチョウには炎や冷気、雷や毒への耐性はない。炎の熱気は灼け付くようで、冷気にはただでさえ寒い体を総毛立てさせられ、雷が閃けばチリチリと産毛が逆立ち、毒に巻かれかければ息苦しくなった。素手で倒せなければ能力は取り戻せないが、流石に近付くのも難儀する。能力を取り戻すのを諦めチャクラムで倒すか、多少の手傷を覚悟で能力を取り戻すかの選択を、コチョウは迫られた。どちらを選んでも碌な結果ではないが、どちらかを選ばなければ埒が明かない。テレポートの魔術を使えればもっと話は単純であったが、失ったものを悔やんだところで仕方がなかった。

「仕方ない」

 コチョウは一番ましだと思える選択をした。チャクラムは拾わず、コチョウはまず、厄介なサンダーブレスを吐く成り損ないの首を刎ねた。

 ある意味では一番まぐれ当たりが怖い相手であったからだ。電撃は身動きを封じられるリスクが一番高い。そんな状態で集中攻撃を食らえば、流石のコチョウもひとたまりもないと考えた。

 サンダーブレスを取り戻すのに、雷を掠めて飛ぶ必要があった為、皮膚はひどく焼かれ、四肢は強張り痺れがあった。コチョウは速度を保てなくなったが、サンダーブレスと雷への耐性を取り戻せたことで、コチョウは問題ないと状況を判断した。

 そして、逆に自分がサンダーブレスを吐いて地面をうち、閃光で周囲の三体の目をくらませた。他の三種のブレスが止まる。その間に、次に危険なポイズンブレスを吐いていた奴の首を刎ねた。ポイズンブレス、及び、毒への耐性を取り戻す。

 再びファイアブレスとアイスブレスが吐きかけられる。もう一度地面をサンダーブレスで撃っても効果は薄いだろう。そう判断したコチョウは、今度はポイズンブレスを撒き散らした。直接当てなくても効果はある。むしろ、直接当てれば殺してしまう為、薄く漂わせる為に、わざと周囲にはき散らした。

 ブレスを吐いていれば当然、口を開けておかねばならず、息を吐く為には吸う必要もある。薄い毒度を吸い込み、二体のホムンクルスは苦しみ、咳込んだ。ブレスは当然止まり、そうなれば最早どうにでもなる。コチョウはその間に、二体の首を立て続けに刎ねた。

 四種のブレスを取り戻したコチョウだが、体は熱く、雷に炙られて酷い火傷を負っていた。回復呪文は使えない。どうやらそれも奪われてしまったようだ。コチョウは亀裂の底を飛ぼうとしたが、ひきつるような痛みに、地面にすぐに落ちた。

 さらに悪いことに、そこに火炎の呪文が飛んできた。慌ててコチョウは転がって躱すが、浮くことはもうできなかった。また増援だ。一体成り損ないはどれだけいるのか。コチョウが使えた筈の呪文を使えるらしい成り損ないの姿を見据えようとコチョウが視線を向けると、そいつは瞬時に姿を消した。

 テレポートだ、とコチョウが気付く間もなく。彼女は成り損ないに背後から頭を掴まれて持ち上げられた。さらにもう一人、成り損ないが寄ってくる。そいつはコチョウが捨てたチャクラムを拾い上げながらやって来た。

 コチョウの体が熱に包まれる。コチョウは、背後から呪文で焼かれているのだと気付いた。だが、コチョウの体は燃えない。炎への耐性を取り戻しているからだった。耐性を取り戻す前に負った火傷が消える訳ではないものの、それ以上、炎や冷気、雷や毒でコチョウが傷つくことはない。効果がないということが分からないのか、それでも背後でコチョウを掴んだ成り損ないは、コチョウを焙り続けた。

 目の前の成り損ないがチャクラムを放る。チャクラムが水平に、弧を描いて飛んで来る。首を刈る刃だ。コチョウはその一撃では首を飛ばされることはないだろうが、当たれば痛いのは間違いなかった。

 そして、チャクラムが到達する。その刃はコチョウではなく、背後に立った成り損ないの腕を斬り落とした。コチョウを掴んだ腕が切り離され、コチョウは瞬時に自分が放り出されたことを理解した。

 そして、腕を斬られた成り損ないの首が更に飛んできた。首を刎ねたのは、チャクラムを投げた成り損ないだった。

 コチョウは酷い火傷のせいで体の自由が利かず、それを眺めていただけだった。彼女の体が地面に落ちる前に、チャクラムをもった成り損ないがすぐにやってきて、コチョウの体を抱き留めた。すべてはスローモーションのようで、だが、ほんの数秒の間に起こったことだった。

「こんにちは」

 と、コチョウを抱き留めた成り損ないが笑う。コチョウと同じ顔をしているが、コチョウが絶対にしない、屈託のない笑顔だった。

「同士討ちか。私らしいな」

 コチョウも歪んだ笑いを漏らした。どんな考えをもって殺したのかは分からないものの、ろくな考えではないことは理解できた。それ以上に、今コチョウを抱き留めている成り損ないには、他のホムンクルスとは違い自我があるようだということの方が驚きだった。

「そんな自我がある奴がいるとは思ってなかったが」

「そうね。私はほかのより、ちょっとだけ成功品に近かったのでしょう」

 しかし、瞳はべったりと赤く、やはり成り損ないであることに間違いはなかった。自我はあるものの、魂がない。

「会いたかったわ。コチョウ。ずっとこの時を待っていたの」

 あるのは狂気だけだった。待っていたというその成り損ないも、少なくともコチョウと友情を育む為にという訳ではなさそうだった。

「さあ、行きましょう。私が案内したいところに連れて行ってあげる。今日はいい日よ」

 ホムンクルスは、コチョウと同じ色の翅を広げて、コチョウを抱えたまま宙に浮いた。フェアリータイプのホムンクルスだからと言って飛行能力を持たせるのは極めて難しい。だが、他の成り損ないもそうだったが、その成り損ないも、コチョウがそうであるように、フェアリー同然に飛んだ。

 コチョウは体の火傷が熱を帯び、ひどく傷んだ。そのせいで、成り損ないの腕の中から逃げ出すことも難しかった。

 成り損ないは、ただ朗らかに笑っていた。


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