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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第一〇話 実験

 部屋の隅に一列に並べられている火は、左側に竈が二つ、右側に焚火が三つあった。竈には煮えたぎった湯が入った大鍋が置かれており、もうもうと湯気を上げていた。

 天井には円形の回転する金具があり、そこから八方に延びるアームに、檻の上部に取り付けられた鎖の先のフックが掛けられるようになっている。天井の金具ひとつにつき、正反対の位置に二つの檻が吊り下げられ、合計一〇個の檻が並んでいる。うち、妖精の姿が中にあるのは、焚火の上の方の檻は左から二つ、鍋の上にある檻は一番右の檻だけだった。

 檻のフックの根元にはフェアリーやピクシー用のオーブが嵌めこめるパーツがある。その部分は熱を通しにくい樹脂で出来ていて、オーブが過度に熱されて破損しないように工夫されているようだった。

 妖精が閉じ込められた檻には、すべてオーブが嵌っている。空の檻の方はと言うと、一つだけオーブが嵌っているものがあった。

 コチョウが天井の近くでフックの根元のオーブを眺めている間も、焚火の火に晒されている檻の方からは、ゾンビのような呻きが弱々しく上がり続けていた。どちらの檻の中も、いたのは焦げてボロボロになった服を纏ったピクシーだった。既に飛ぶ力は残っておらず、熱せられた金属の檻に体を横たえたまま、体が焼け焦げていくのに抗うこともできない状態だった。

「お願いだから、出してよ」

 一方、鍋の上からは、まだ喋る元気のある若い女の声が上がり続けていた。青と紫のグラデーションが掛かった宝石のような瞳がじっとコチョウを見上げていて、アゲハ蝶のように鮮やかな翅を必死に羽搏かせて、狭い中で檻に触れないよう、飛んでいた。コチョウには見覚えもないフェアリーだった。

 熱せられた湯気に晒され、肌には大量の汗が流れている。虹色の髪も汗でべったりと体に張り付いていた。如何にも可憐なフェアリーといった風の、コチョウとは対照的な華やかな外見なのだろうが、疲労と恐怖で、若々しい筈の顔もやつれているように見える程だった。コチョウよりも一回り程立派な翅も、狭すぎる檻の中では、鉄柵に触れないように羽搏くのを難しくしているだけのようだった。

 コチョウはフェアリーの檻の真上で、オーブを見ていた。

「お前のオーブか? これ」

 悠長に質問する。コチョウにしてみれば、フェアリーやピクシーが何人犠牲になろうが、知ったことではなかった。

「そう。そうなの。それのせいで。死んでもここから出られないの……でもね。でも。ほら、復活してもすぐには動けないでしょ? だから、一度火傷や熱なんかで死んでしまうとね、そっちのふたりにみたいに、みたいに。やだ、やだよ。お願い、だから出してよ」

 檻の中のフェアリーは必死な表情で答える。だが、コチョウの表情は、何一つ動かなかった。

「そうか。そいつらもか。ふん。じゃあ、ちょっと実験してみるか。なかなかない機会だ」

 自分が欲しい答え以外に、コチョウはまるで興味を示さなかった。彼女には、同族に対する仲間意識など、これっぽっちもなかった。

 鍋の上の檻の前を離れ、コチョウが焚火の上の檻の前に移ると、檻のフェアリーは金切声のような悲鳴を上げた。

「お願い! お願い! いかないで! 出して!」

 それでもなお、コチョウは自分の興味を優先した。檻の上の檻の一つに嵌ったオーブを突き、熱くはないことを確かめてから、オーブを摘まみだす。そして、テーブルの方へ持って行くと、手近な金属製のジョッキを抱えて何度も叩きつけた。

「硬いな」

 オーブは砕けなかった。むしろジョッキの方がへこんだ。

「安物が」

 コチョウはジョッキを投げ捨て、オーブを持って竈に戻る。今度は、竈の火の中に放り込んだ。火に放り込まれたオーブは、パキンと高い音をあげて、割れた。

「よし」

 頷き、コチョウはオーブを外した檻の中を眺めた。じゅうじゅうと肉の焼ける音と匂いがしている。

「これじゃ判別がつかないか」

 コチョウは呟き、ファイアブレスを檻の中のピクシーに吹きかけて焼いた。躊躇なくピクシーを焼くコチョウの態度を目の当たりにして、檻の中で、フェアリーがまた甲高い悲鳴を上げた。

 ピクシーの体は焼け焦げ、その場に残った。明らかに息はしていない。オーブを破壊すれば死ねない呪いから解放されるということだ。コチョウはその結果にひとまず満足した。しかし、それは単に彼女が試したいことのとっかかりでしかなく、彼女の非道がそれで終わったという訳ではなかった。

 コチョウは、隣の檻からも、また、オーブを外し、今度は一番近いテーブルに置いた。テーブルの上に散乱していた皿があったが、床に落としてテーブルの上は空けた。

 やがて、もう一人のピクシーの体が消える。しかし、オーブがあるテーブルではなく、檻の中にすぐにピクシーは復活した。

「ふん。そういうことか」

 オーブがある場所で復活するというよりも、オーブに何らかの方法で登録した場所に復活するというシステムだ、とコチョウは解釈した。この辺りの詳しいシステムは宿でも詳しく教えてくれなかった。だから、詳細を知る為には、人でなしと言われようが試すしかなかったのだ。絶望したのか、もう竃の上の檻の中のフェアリーは何も言葉を発さなくなっていた。どちらにせよ、コチョウは気にもしなかった。

 今度は水を探した。その部屋に井戸などはなかったが、部屋の隅にアーチがあり、奥に倉庫代わりの部屋があることが分かっていた。そこを抜けると、そちらに井戸があった。手桶に水を汲み、コチョウはその水を持って戻ると、焚火を消した。続いて、檻にも水をかけて冷やした。

 十分に檻が冷えたのを確認してから、コチョウは檻を壊し、復活したてで半死半生のピクシーを、オーブを転がしておいたテーブルの上に寝かせた。息があることを確認し、オーブを、まだ火がついている竈に放り込む。

 そのオーブも、程なく、割れた。

 完璧だ。コチョウはテーブルに戻り、まだピクシーに息があるかを改めた。体温もあり、呼吸もしている。オーブを破壊しても、破壊された者が死ぬということもないらしい。コチョウは満足し、ピクシーの首を落としておいた。

「さて」

 最後の実験がまだ残っている。コチョウは、フェアリーの檻からオーブを外した。そして、竈の火を井戸の水を運んで消した。その間、コチョウのすることを、フェアリーは期待半分、恐怖半分でじっと眺めていた。コチョウはその視線に何も答えなかった。

 檻が冷えるのを待つ間に、コチョウは次にピクシーの死体を床に蹴り落としてテーブルを空けた。その様子に、フェアリーは震えあがり、真っ青になった。

 やがて檻が冷えると、コチョウはフェアリーの檻も壊した。ようやく解放されたフェアリーが、疲れ切った翅を痙攣させて、まだ沸騰する鍋に向かって落ちていく。コチョウは彼女を受け止め、テーブルの上に転がした。フェアリーは気絶していた。

 それから、コチョウはフェアリーが入れられていた檻を徹底的に破壊した。粉々に粉砕するまで念入りに壊して、ようやくコチョウが満足する。もっとも、義憤や同情からそんな行動に出た訳でもなかった。

 明らかに粉砕された檻から離れ、テーブルに戻る。だが、テーブルの上で気を失っていた筈のフェアリーがいなかった。

 予想よりも早く起きたらしい。逃げ出したのだ。コチョウは軽く舌打ちすると、フェアリーが抜け穴に向かってよろよろと飛んでいるのを見つけた。必死に進もうとしているが、まったく力は入っていない。今にもまた落ちそうな様子だった。コチョウが追い付くのも容易く、無論、コチョウはそうした。

「逃げろと言った覚えはない」

 声をかけるなり、手刀を加える。コチョウのその一撃は、避ける力などある筈もないフェアリーの首を、遠くへ跳ね飛ばした。だが、コチョウはオーブを破壊していない。おそらく登録されていたのだろう檻を破壊した今、フェアリーが何処で復活するのか、コチョウが最後に試そうとしていたことはそういったことだった。

 登録先が破壊され喪われた結果、オーブからも復帰場所の登録が抹消されたようだった。フェアリーの体はすぐに消え、オーブのすぐ傍、つまり、それを持っていたコチョウの目の前に出現した。それだけ分かれば十分だった。フェアリーを受け止めもせず、コチョウは復活した彼女が床に惨めに転がり落ちるのに任せた。それから、手にしていたオーブを、フェアリーのすぐそばに捨てた。オーブを壊して止めを刺しても良かったのだが、そうしておかなければならない理由もなく、ただただ、面倒臭かった。

 コチョウは並んでいる檻を振り返り、一つだけまだ嵌っているオーブを見た。おそらくそれが自分のオーブではないかと思ったが、今はまだ安全ではなく、試してみる方法がなかった。数日間動けなくなることを考えると、下手に死んでみる訳にもいかなかった。

 コチョウはオーブを外し、嵌っていた檻を粉砕するだけにして、部屋をあとにした。


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